運命の糸のその先は 6

 学科の仲間に頼み事をした以上、僕自身も2人を探す必要がある。そこで、ボランティア系のサークルに行ってみることにした。今のところは人脈に頼るのでは難しそうだし、何より活動拠点が学生会館の近くに固まっているので、赤井がどの団体に見学に行っていても会えそうな気がしたからだ。

 昨日廊下で倒れて迷惑をかけたことを詫び、体調は回復したことを学科の仲間たちに伝えると、昼休みに学生会館に向かった。

 学生会館はとにかく人であふれていて、ジャグリングやチアリーディングなどのサークル団体のパフォーマンスや見物に来た学生たち、留学支援や寄付のお願いを呼びかける人たちでいっぱいだった。

 脱いだ上着代わりのネルシャツが迷子にならないように握りしめて人混みをかき分ける。建物に入って案内図を見ると、どうやら、手前にホールがあるようだった。ホールの場所に行くと扉が開放されていたので、覗いてみた。地元の公民館の大部屋よりもかなり広いホールで、奥行きが感じられた。

「新入生ですか?」

 入り口付近に立っていた女性に声をかけられたので、はい、と答える。彼女の胸元には名札がついていて、生協運営部会と書かれていた。

「学生委員会の案内はすべてここでやってるんです。初めてですか?」

 再び、はい、と気の抜けた返事をした。少しだけ彼女の目に活気が宿ってきた。

「興味のある部会はありますか?」

 興味があるも、まず何をやっているのかすらわからない。何も返事しないでいると、彼女はパンフレットを持ってきて熱く説明してくれた。内容を要約すると、こうだ。学生委員会は、学生生協や学生支援の運営をしているらしい。生協運営、オープンキャンパス、大学祭、学生サポート、の4つの部会と呼ばれるグループで活動しているらしい。彼女が所属しているのもあってか、生協運営部会がえこひいきされていた説明だった。

「どこにしますう?」

 獲物を待つかのような彼女の態度に反して、1つずつ回ってみます、と恐る恐る伝えた。彼女はやや事務的にそれぞれの場所を教えてくれた。壁際にそってブースが開かれていて、それぞれの担当者が案内してくれるとのことだった。

 まずは、一応最後まで丁寧に教えてくれた恩もあるので、生協運営部会のブースに行く。ちゃんと話を聞こうと向き合っているのだが、入り口の方から感じる熱い視線のせいで説明が全く頭に入ってこない。かろうじてわかったのは、生協で運営している学食やコンビニなどに学生の意見を反映させるために頑張っているらしい、ということだった。オープンキャンパス部会は文字通りオープンキャンパス、大学の見学会だ、の運営、大学祭部会は大学祭の運営を行っていると説明を受けた。

 最後に行ったのは、学生サポート部会だった。今回は赤井さんを探すのが目的でもあるけれど、もし会えなかったとしても、赤井さんに伝えられるものがあればいい。そう思って、勧められた椅子に座った。

「新入生セミナーの時にこちらを配布して、あと、簡単な紹介をさせてもらったんですけど、覚えてくれたりする? っていっても地味だしよくわかんないから忘れてるよね! アハハ」

 説明役の男子学生がやや自虐的に話し始める。どんな反応をしたらいいかわからなかった。

「学生サポート部会は、ほかの3つの部会の学生支援以外大体全部、つまり何でも屋さんって感じです。

 例えば、一人暮らしの学生のために教室を行ったり、ボランティアの斡旋をしたり、留学生との交流会を開いたり。パソコン関係や資格取得みたいな金が入る活動はほとんど生協がかっさらっていっちゃうし、オーキャンや大祭みたいに花形でもない。むしろ縁の下。

 それでも、少しでも学生の助けになればいいと創意工夫しながら楽しくやっています。ついでにいうと、他のサークルとかと掛け持ちしている人も多いから敷居も低いですよ」

 男性は流暢、かつ要点的に話を進めていった。

「入会するしないに関わらず、使えるもんは使い倒してください。単位ください以外なら学生相談もやっているので」

 再び男性はハハハと笑う。

「学生相談、ですか?」

「簡単な相談なら相手になるよってこと。悩みを聞いてほしいっていうだけじゃなくて、この講義受けてみたいけどどうよとか、おすすめのご飯の店教えてとか、違う学部の情報がほしいとか、そういうのでオッケー。サポ会の暇人が2階のカフェスペースで相手してくれるよ。こっちもシフトで入ってるわけじゃないからいないときもあるけど」

 違う学部の情報、という部分が耳に残る。

 僕は周囲を確認して、学生サポート部会のブースで待っている新入生がいないことを確認した。

「その相談、少し乗ってもらっていいですか」

「ん、ちょっと待ってて」

 男性がブースを抜けて、ホールの外に出る。数分経たないうちに、別の男子学生を連れてきた。椅子から立ち上がって会釈すると、向こうも返してくれた。

「相談したいっていう方ですよね?」

「経済学部経済学科の矢代と申します」

「学部関係じゃなければ、相談に乗ることはできますけど」

 連れてこられた学生は横目で説明係の男性を見ながら、「今、経済学部の人いないんだけど」と彼に耳打ちしていた。

「相談したいのは、文学部にいる人のことなんです」

 2人は同時に僕の方を見た。

中里なかざと

「力になれますかね」

 中里と呼ばれた男性が、「2階へどうぞ」と案内してくれた。中里さんの代わりに、連れてきた男子学生が案内係に入ったようだ。

 階段を上がってすぐに、開放的なカフェスペースがあった。2人ほどスツールに座って談笑していた学生が、こちらによってくる。

 カフェのカウンターに近い丸テーブルの席に案内されると、中里さんが2つのコーヒーカップを持ってきた。突然運ばれてきたコーヒーに戸惑ったものの、サービスだということで、ありがたくカップを受け取った。

「名乗ってなかったね。中里はじめ。文学部は今日は俺だけしか来てないから力になれるかわからないけど、相談したいことって何かな」

 改めて中里さんに名乗ってから、単刀直入に言った。

「文学部人類文化学科の真壁さんって、ご存じですか」

 中里さんは、ん、と考えるそぶりをして、「あいつか」とつぶやいた。

「真壁脩士郎しゅうしろう。顔見知りって程度だけど、同じ学科だからね」

 中里さんはスマホを操作して、僕に見せてきた。飲み会か何かの1コマの写真で、端の方に写っていた人物を拡大して見せてくれた。

「コイツ」

「そうです!」

 中里さんが指さした人物は、間違いなく僕たちに近づいてきた真壁本人だった。

 椅子から立ち上がってしまっていたので、座り直した。

「真壁がどうしたって?」

「……どういう方なのかな、と思いまして」

 スツールに座っている学生たちがのぞき見に来て、意味ありげな目で僕たちを見守っている。中里さんがシッ、シッと追い払った。

「いえ、ただ、僕らが悪いのもありますが、目をつけられたようでして……」

 内心冷や汗をかきながら言葉を選ぶ。実在するというなら同じ学科の人に明け透けに伝えるのも悪いだろうし、スツールに戻って僕らの観察を続ける学生たちのように変な誤解をされてもたまらない。どう伝わっているのだろうか。

 中里さんの様子をうかがうと、腕を組んで考え込んでいた。僕の視線に気づいたところで、腕をほどいた。

「さっきも言ったように、俺は彼のことをよく知らない」

 中里さんは、ハッキリそう言った。

「ただ……君のことも然りだから、答えは出さないでおく。

 ただ、彼に連絡を取って君と会わせるくらいだったらできる。どうする?」

「……時間をください」

 今から会っても、正しい話はできないだろう。でも、いつかはけりをつけなければならない。そのいつかのために、中里さんからの助言もあって、連絡先を交換した。

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