異世界に昇る 4
「真壁さん、異世界ものって何ですか」
「ぶっとばすぞ。検索エンジンにでも聞け」
怖い話に関係するものじゃないのか。お手を煩わせてしまったことには変わりないので、すみません、と謝った。
「俺だって暇じゃないからな」
「本当にすみません」
真向かいに座る真壁に萎縮しながら、重ね重ね謝っておいた。昼下がりの休憩スペースにはもう周りに人がいないからいいものの、誰かに見られたら何とかハラスメントだと思うだろう。いや、そうではないか? まあ、呼び出したのはこちらだしな……。
「本題はあるんだろうな?」
余計なことを考えていると、真壁がイライラしながら聞いてきた。
「……異世界ってあると思います?」
「さっきの続きなら帰るぞ」
「そういう異世界じゃないところです。
もっと漠然とした、ここではないどこか」
本気で席を立ちそうになっていた真壁は、改めて椅子に座り直した。
四辻の少女に再会した日の夜から、また悪夢に襲われるようになった。
エレベーターが開くと、目の前には真っ暗な空間が広がっていて、ふらふらと外に出てみると急に扉が閉まり、朽ち果てた建物の中に取り残された。廃墟のような場所を歩いていたかと思えば、突然靄がかかった地上に放り出される。悪夢はそこで終わっていた。
今までは何が起こるか予想がついたのに、今回ばかりは全くもって何が起こるのか見当がつかない。
状況から読み取れるのは2つ。エレベーターを使って来たらしい、ということ。緊迫した様子がない、妖怪などに襲われている様子ではないということ。
四辻の少女は、僕はどちらも予見できる、と言った。つまり、あちらの世界へ行く予知という可能性もあるはずだ。
「あると仮定しよう。それで?」
「エレベーターで行くことはできませんか」
真壁は顎に指を当てて、こちらを見た。
「まともな話になってきたな」
こういう返事をするということは、おそらく人々に知られている方法があるのだろう。あちらの世界へエレベーターを使って渡る方法が。
「教えてほしいんです。そのやり方を」
悪夢に見るようになったということは、近日中に僕の周りでエレベーターを使って異世界に行こうとする人間がいるのだろう。もしくは何かしらの理由で僕自身が行くことになるか。
異世界に行く方法を封じろというなら、やはり僕が懐中電灯で照らすことになるだろう。そのためにはまずエレベーターを使った異世界への行き方を知る必要がある。インターネットで調べてもいいのだがガセネタを吟味している間に誰かが向こうへ行ってしまってはまずい。相談したいとこちらがお願いしたばかりだし、意見を聞いてみたいと思ったので真壁を呼び出したのだ。
真壁は顔同士が接触してしまうんじゃないかとヒヤヒヤするくらい近づけて、僕の顔をジロジロ見つめた。顔を背ければぶつかるだろうし、目をつぶれば何されるかわかったものではないしで、鼓動が速くなる心臓を抑えるのに必死だった。
やがておでこに手を当てて1人納得すると、体勢を元に戻した。
「何してたんですか」
「熱はないよな」
熱あったら顔を近づけるの一番ヤバくないっすか。
「不可解な現象から逃げようとしていた君が、異世界に行きたいとはどういう風の吹き回しなのかな」
今更ながら、真壁には四辻の少女から聞いたことを話していなかった。説明不足だったから話をしようとすると、ふと思いとどまった。
四辻の少女の話をしたら、真壁は真っ先に彼女に会いに行くのではないだろうか?
4時44分に十字路に行って、女の子が現れたら話しかけて触ればいいのだ。もし条件を満たせば出現するというなら、絶対に真壁は試してみるだろう。そうなると僕たちの約束は? よほど義理堅い性格でなければ、そんなもの放り出してしまうのではないか。彼女と接触した暁には、彼の望み通り怪異と接触する機会が増えて、僕たちに関わらなくても目的が達成できるのだから。僕と同じく妖怪退治の日々を送り続けるならまだマシかもしれない。でも、そうではないとしたら。
もし異世界に行ってしまうのが真壁だとしたら。
「どうした?」
急に黙りこくったからだろう。真壁が再び顔を覗きこんできた。
「思い出したんですよぅ!」
考えていることを悟られないように、わざと明るく、バカっぽく答えてみた。
「は?」
「いや、だからですねぇ? 思い出したことがありましてえ」
真壁は若干引き気味だ。このくらいでめげていては演技だと見抜かれてしまう。僕はザ・バカを演じ続けた。
「赤井ちゃんに会う前に、なんか変なところにいった記憶があるんです」
「赤井ちゃんってマフラーの女か」
「なんかボロボロ? 廃墟みたいなところでぇ、霧がボヤボヤ出ててぇ、なーんか絶対ヤバいところに来ちゃったなあってことがありましてぇ」
「急にどうした? まさか酔ってんじゃねえだろうな」
酒なんか飲んでないの見りゃわかるだろ。まあ、それに気をとられていればいいけど。
「そん時のこと思い出したんすよお。そーいえばエレベエタアで行ったなあって」
「まさか、くねくねあたりにやられてるんじゃないだろうな」
「何ですかあくねくねって」
「見たらおかしくなるやつ」
真壁は僕の頭をテーブルに押しつけた。ゴホッと大げさに咳き込む。なるほど、響がカシマさんに乗っ取られたから、僕もその手のやつに乗っ取られたと思ったのか。
「うえっ、苦しい」
思わず本音が漏れると、真壁が頭から手を離した。僕はゆっくり起き上がる。
「酔いは覚めたか」
「覚めました」
そんなことで治るのか、と思いつつも答えた。
「んで?」
「んでって?」
「その貧困な想像力丸出しみたいな変なところにエレベエタアとかいう知らない機械で行ったのは」
「エレベーターですよ。きっと舌が回らなかったんですよ」
正気に戻ると恥ずかしくて死にたくなる。二度とやるものかこの手の演技は。真壁だってにやついているから絶対心の中でなじってあがる。
僕はセルフサービスの水をあおった。
「ともかく、僕は赤井さんと会う前に、エレベーターで異世界のような場所に行ったことを思い出したんです。もしかしたら僕が怪談みたいのに巻き込まれるのは、それが原因だったかもしれないんです。
だからもう1回同じ方法を試して、調べてみたいんです」
「で? 何で俺にそのやり方を教えてもらいたいわけ?」
「忘れちゃったんですもん」
「覚えてないのかよ? 日常生活を送る上であんな操作しないぜ?」
じゃあ結構面倒くさ、いや手間のかかるやり方なのか。まあ、そうでなければホイホイ異世界に人が飛ばされてしまう。
「まあいい。それなら一緒にやろう」
「はい、ありがとうございま――」
今、何て言った?
「教えてもらうだけで構わないのですが――」
「一緒に行くに決まってるだろが! おまえ1人で行かせたら無事に帰ってくる気がしねえよ!」
いや、ちゃんと帰ってきますよ。言われなくても。というかこの方法を使えなくするためにやるんですからね?
言いたいのはやまやまだったが、さっきの演技を見せた手前、僕に対する信頼はほぼゼロに等しそうだった。
結局反論もできずに、今週金曜の5限終わりに決行となった。
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