夜の星を見上げて歩こう 6

 呼び出された休憩スペースには、先に響が到着していた。丸テーブルについていた彼は、手を振ってくれたので、すぐに見つけることができた。

 お待たせ、と席につくなり、僕は数学基礎の講義で配られた資料が入ったクリアファイルとノートをとっているルーズリーフを、リュックサックから取り出す。

「え?」

 目を丸くする響に、一言。

「小テスト」

 僕はクリアファイルから講義の資料のコピー、もちろん自腹でとってきたものをテーブルに並べる。

「欠席した分があるから、取り戻さなきゃならない、でしょ?」

 さすがにすごんで追い打ちをかけた僕の圧に負けたのか、響は渋々自分のリュックから筆記用具を取り出した。

 呼び出したのは響のくせに、やる気がなかったことに対して咎めたくもなったが、まあいい。空き時間があるとわかった以上、小テスト対策くらいこっちが尻をたたいてでもやってあげなくては。

 昨日の真夜中、といっても、日付は変わっていたので、実質今日のことだ。変な夢を見ていた自体は覚えているのだが、急に目が覚めてしまった。スマホに着信があることに気づいたことで、原因はこれだろうか、とげんなりしながらも、着信は確認しておくことにした。

 開いてみると、響からのメッセージだった。今日空いた時間に会えないか、ということだった。お互い2限が空いていたので、こうして休憩スペースで落ち合うことにしたのだ。

 僕たちが今いる休憩スペースは、学部を問わず利用することができる。周囲にはスマホをいじったり飲み物片手にだべっている学生もいるし、学習のためなら電源を使えるのでパソコンやタブレットも使えるし、横に給湯室もついているので食事もできる。図書館は私語を慎むよう貼り紙はしてあるから、学部の違う僕たちが構内で勉強を教え合えるのはここぐらいしかない。

 薄々感じてはいたが、響は数学はあまり得意ではないらしい。特に得意不得意がなくて学部選びにすら苦労した経済学部の僕の方がマシなようだ。小学校教諭の免許の取得を目指している響は、数学基礎の単位くらい落とさないでほしい。小テストくらい乗り越えてもらわねばならない。

 復習も交えながら響が欠席した分までの授業を教え込むと、もうお昼時になっていた。響はエネルギーを使い果たしたのか机に突っ伏していた。

「何か飲みたいものある?」

「さすがに自分で買ってくるわ」

 むくっと起き上がった響が入り口にある自販機に行くと、響は缶コーヒーを買ってきた。入れ替わるように自販機に向かい、僕はペットボトルのミルクティーを買った。

 ペットボトルの蓋を開けていると、響が話しかけてきた。

「昨日、夕介と2人で歩いて帰ったじゃん?」

「うん」

「あっちって、オレほぼ行かないんだけどさ、コンビニくらいしかなかった覚えがあるんだよな」

 缶コーヒーのプルタブを開く音がした。響はちらりと僕の方を伺って、開け口に目を落とした。

「コンビニだったら駅前にもあるじゃん? だからさ……。

 答えたくないならいいんだけど、あんな遅い時間に寄り道する用事って、何?」

 響が開けたプルタブに指をかけたまま、視線を落としている。僕が一口だけミルクティーを飲むと、響もならってコーヒーを口にした。

 ゆっくりとペットボトルを机に置いた。

「……知り合いの家があるんだ」

 2階から手を振り返してくれる女性の家があるんだ、と言えば盛大な誤解をされるだろう。僕はぼやかして答えた。

「あいつ、じゃないよな」

 缶コーヒーを握る手が真っ青になっている。

「もしかして真壁さんのこと?」

「マカベサン?」

「昨日学食で会った人だよ。ほら」

 僕たちが扉にぶつけて転ばせた人とか講義の後にアンケートしてくれって言ってきた人などと説明すると、響は、へー、といいながらも、僕から目をそらした。

「そんな名前だっけ。まあいいや。

 その真壁に、会いに行ったわけじゃないんだよな?」

 缶コーヒーを持つ手が、小刻みに震えていた。

 もしかして、響は僕が真壁に会いに行ったかもしれないと心配して、呼び出したのだろうか?

「知り合いっていうのは真壁さんのことじゃないよ。ちょっとその人の様子を見に行っただけ。

 それに、真壁さんは、神社の家の人だって聞いた。全然方向も違う」

「なんでそんなこと知ってんの?」

 響は、缶コーヒーを握りしめて、身を乗りださんばかりに僕に顔を近づけた。

「……ごめん」

「昨日、学生サポート部会の人の中に、たまたま彼の家のことを知っている人がいた。その人からそうじゃないかって言われて」

「疑うわけじゃないんだけどな。もし本当にじゃあ、その真壁の実家がそういうお家だったとしてもさ。

 アンケートって嘘ついてまでオレらに近づいてくる目的って何だよ?」

 そこを突かれると、僕も何も言えなくなってしまった。怪談やら何やらが実在するのか確かめてみたいと言っていたような気がする。お遊び程度なら僕たちを巻き込む筋合いはないし、僕たちが化け物を引き寄せると本気で信じているのなら、たとえ後ろ盾がどれだけしっかりしていようとまともな人間かどうかは怪しくなってくる。

「だから」

 響は缶コーヒーをあおった。

「助けてくれた恩はあるけど、オレはあいつは危険だと思ってる」

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