夜の星を見上げて歩こう 5

 満たされた気分でいつもの通り道を行くと、建物から大学生らしき集団が出てきた。一本締めをする集団の中で見知った顔を見つけたので、散り散りになったタイミングで声をかけてみた。

「響?」

 振り向いた顔で、「おお、夕介!」と返事された。

 帰るところか聞かれたので、そう、と返事した。

「オレも。明日1限あるから早引きしようと思って」

 どうやら響の借りているアパートと方向が同じだというので、途中まで一緒に帰ることにした。

「悪いな、駅だと遠回りじゃない?」

「こっち方面に用事があってね」

「今から? 時間大丈夫か?」

「平気。乗る電車も余裕あるし」

 ならいいけどさ、と響がうなずく。

 響はもう半袖のTシャツを着ていて、二の腕をさすっていた。

「やっぱ夜は冷えるな」

 そして僕の方を見て、「オレも上着とか持ってきた方がいいな」とつぶやいた。

 僕の場合、この上着は例の懐中電灯入れと兼用しているのでほぼ毎日持ってきているだけなのだ。だが、夜遅いと冷え込むので、重宝している。

「そうそう、よかったら友達も誘っててさ」

 歩きながら、響は1枚のチラシをよこした。バンビという子どもと遊ぶサークルで、子どもとの顔合わせ会のお知らせだった。今週の土曜日、あすなろ公園でレクリエーションを行うらしい。小さく地図が描いてあったので見てみると、あすなろ公園は大学からそう遠くはないらしい。

 あすなろ公園の先にあるという、カガミネ神社。この地図に描かれていないのでどこにあるのかはわからないが、子どもと顔合わせの会で神社には行かないだろう。このことは黙っていることにした。

「どんなサークルなの?」

「学童の子どもたちと遊ぶんだって。基本的に週1以上参加。1年生のうちは放課後の時間に講義が入っているだろうから、毎週土曜日に来てってさ。

 飲み会も月1でやるし、夏と冬の2回みんなで旅行とか行くって」

 どうやら活動的なサークルのようだ。たぶん掛け持ちしなくても、ついて行ける気がしなかった。

「で、入会したい人は絶対にこの日参加してくださいってことだから。ここに書いてある三千円は、5月分の会費だから絶対持ってきてってさ」

 どうやら、この会に参加し会費を払うことで、バンビの入会を認められるらしい。今週の日曜日の予定はないので、新歓の一環ということなら覗いてみるだけという手もある。しかし、入会の申し込みも兼ねているなら暇だからといって参加するのもどうかと思う。おそらく参加しないとは思うが、突き返すのも悪いと思ってチラシは持って帰ることにした。

「夕介はどこ入るの?」

「学生委員会、やってみようと思って」

 何をやるかも聞かずに、「へー、すごいじゃん!」と響は言った。

「でも、そしたらバンビは無理だな。掛け持ちできるだろうけれど、忙しいんじゃない?」

 そうだね、と答える。学生サポート部会も掛け持ちしている人が多いとはいえ、僕の通学時間その他もろもろを考えると厳しいかもしれない。

「数学基礎が終わったら、お互い会わなくなるかもね」

 ただでさえ違う学部なのに、別のサークルに入ったらほぼ接点はないに等しい。

「えー、飲みに行ったり遊びに行ったりしようよ。せっかく連絡先も交換したんだし。こっちも声かけるだろうけれど、よかったら誘ってよ。

 大学入ったら飲んで遊んで彼女つくるって決めてたんだから」

 赤井さんの前でそれ言わなくてよかったな。

 でも、響が明るい声でそう言ってくれるのを見ると、友人として認められた気分になって、嬉しかったりする。

 ちょうど曲がるところだったらしく、響は「じゃあオレこっちだから」と右を指さす。また来週の講義で、と言い合って別れた。

 街灯がまばらにあるだけの道を行くと、唯一光を放っているコンビニが見えてきた。以前はもう少し光が漏れていたような気がする。振り返ってみてみると、張り紙が増えていることに気づいた。このコンビニには特に利用する気はないので、先に進む。2,3軒過ぎると、やはり明かりの漏れている2階建ての家の前にたどり着いた。

 2階の部屋を見上げると、今日も1人の女性が夜空を見上げている。いつも物思いにふけっているように、窓から外を眺めているのだ。それでもすぐに彼女は僕に気づいて、手を振ってくる。僕も彼女に小さく手を振り返す。

 最初は何かの間違いかと思ったが、そういったことが続くので、最近はこの道を通って最寄り駅へ行くことが多くなった。少し遠回りでも、たかだか数秒手を振るだけなのに、僕にとってはささやかな楽しみになっていた。

 駅に着くと僕ももう1度空を見上げていた。明日も会えるだろうか、と期待を膨らませていた。

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