夜の星を見上げて歩こう 4

 学生委員会サポート部会の新入生歓迎会は、大学近くの居酒屋で和気あいあいと進んだ。

「そういえば君、あんまり見ない顔だね」

 2杯目のジンジャーエールに口をつけようとしたとき、先輩の1人に話しかけられた。グラスを近づけられたので、軽くグラス同士を打ち合わせた。

「2回目です」

「ほうほう」

 ビールのグラスを持ったその先輩は、一口ビールを飲んだ。

 僕が1回目に来たのは、赤井さんが大学の運営に関わる活動もしてみたい、と言っていたことがきっかけだった。僕が興味を持ったのは学生サポート部会、一人暮らしのサポートやボランティア、国際交流などの、生協部が金にならないと判断した企画、そして学生たちの相談会などを行っているらしい。一言で言えば、学生サポート何でも屋だ。

「大祭やオーキャンに比べると地味だからあんまり人来ないけどさ、でもやってみると楽しいもんだよ」

 大祭、大学祭の実行委員会やオーキャン、オープンキャンパスの企画・運営の部もあるようだが、僕には荷が重いし、前者が体育会系、後者はバラ色の青春組、という感じがして加わりづらいとも思ったのだ。

「最初は就活の時に有利になるかなって軽い気持ちで入ったんだけどね」

「そうなんですか」

「ゲームサークルじゃあな」

 テレビゲームか携帯ゲームを極めるサークルだろうか。本当にたくさんのサークルがあるものだなあ、としみじみ感じながら、勧められたフライドポテトをつまんだ。

「よう」

 僕たちの卓に現れたのは、中里さんだった。彼はコーラらしき飲み物を持って、腰を下ろしてきた。

「元気かい?」

「そりゃまあ」

「顔出さないから心配してたんだぞ」

 中里さんは笑っていたが、申し訳ないことをした。真壁のことを相談した手前、一回連絡をすればよかった。せっかく連絡先も交換したことだし。すみません、と謝った。

「そんなことないよ。で? どうなった?」

「今日学食で絡まれました」

 中里さんはハハハと豪快に笑った。

「何かあったの?」

 先に僕に話しかけてきた先輩が聞くと、うちの学科の同級生のことなんだけどさ、と中里さんが答えた。

「この子が友達と一緒に悪さしたから、学部も違うのにそいつに目をつけられたらしいよ」

「はあ?」

「人がいるのに気づかずに扉を開けて、彼を扉に打ち付けて転ばせてしまったんです」

 即座に中里さんの言葉を訂正した。

「本当にそれだけかあ?」

 ビールの先輩が僕の顔をジロジロ見てくる。

 真壁にとってはそうではないらしいが、僕まで不審者扱いされてしまってはたまらないので、本当にそうです、と言ってジンジャーエールをすすった。

 というか、本当に起きた出来事だったんだろうか。夢や幻じゃなかったんだろうか。いっそのこと、赤井さんのことすら長い長い夢を見ていたと思いたいのに。

「やーべえやつだな」

 いいかげん名前を聞きたいが、ビールの先輩はビールをあおって1人でしゃべり始めた。

「なんか毎年ストーカーされたとか変な宗教に追われたとかそういう相談も来るけど、んな扉にぶつけて絡んでくるってそーとーやーべーやつじゃん。

 なー、なーかーざーとー」

 中里さんに肩を組んで、ビールの先輩はコークハイを注文する。コークハイの発音も怪しかったので、完全にできあがってしまっていそうだ。

 中里さんは「どっちかっていうとあいつストーカーされる側だよね」とささやく。僕ストーカーされたんですけど、とは言えなかった。

 ジンジャーエールを飲み干したところで、はっと気づいた。タイミングが悪かったので気管に入ってむせる。「大丈夫かー」と中里さんに心配された。

「真壁さんって怪しい宗教の人とかじゃないですよね?」

 呼吸を整えてから聞くと、中里さんもコークハイの先輩も目をきょとんとさせていた。学食で絡まれたときに宗教関係者だと名乗っていた、という話をした。

「真壁ってあの?」

 隣の卓にいた女子の先輩が声をかけてきた。

「もぎ、何か知ってんの」とコークハイの先輩が聞いた。隣の卓に座っている人たちが揃ってこちらを見ているので、もしかしたら意外と声が響いたのかもしれない。

「ほら、あすなろ公園の先にある神社の」

「カガミネ神社?」

「たぶんそれ。

 課題で行ったとき、そこの子が同じ学科にいるって友達が言ってた。

 確か真壁って名字じゃなかったかなあ」

 神社の家の子どもなら、宗教関係者というのは間違っていない。大学生にもなれば手伝いくらいはしているだろうし。

「よかったな、怪しい宗教とかじゃなくて」 

 中里さんに肩を軽く叩かれた。完全に懸念がなくなったというわけではないが、万が一出くわしたとしても穏便に対処できるだろう。心にゆとりができるのはありがたかった。

 もぎ、と呼ばれた先輩に呼ばれたのをきっかけに、他の先輩に挨拶したり同級生たちのところへ顔を出していると、あっという間にお開きの時間になってしまった。

 お会計になると、幹事の先輩が新入生はタダだとアナウンスのように声を張り上げていた。先輩たちに全額おごってもらうのは気が引けるので、いくらか出そうとしたが、先輩たちに止められた。

「来年、新一年生におごってあげてよ」

 茂木もぎと書くらしい先輩に促されて、僕は一層、ごちそうさまでした、と頭を下げた。

「じゃあ、君は一次会で帰るんだっけ」

「はい。遠いですし、明日も早いですから」

「気をつけてね」

 先輩方に明るく送り出されて、挨拶していつもの道の方角へ行く。

「ああ、ちょっと」

 茂木先輩に呼び止められた。

「駅はあっち方向だよ。他にも帰る子いるから一緒に行ったら? 男子とはいえ、夜道は危ないだろうし」

「あっち、ものすごく暗いはずだけど?」

 コークハイの先輩、後で聞いたら鎗田やりたさんというらしい、も寄ってきて助言してくれたが、僕は丁重に断った。

「お気遣いありがとうございます。ですが、少し寄るところがあるので」

「そう?」

「なら余計気をつけてね」

「ありがとうございます」

 気を遣わせてしまったのは申し訳ないが、僕は少しだけ寄り道をしたいところがあるのだ。それでも、僕は軽い足取りで夜道を歩いて行った。

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