夜の星を見上げて歩こう 3
真壁は、数多くの学生がいる場で見るとやはり雰囲気というか、風格というか、が違う。この前と同じ黒のアンダーリムのメガネをかけ、1つボタンを外した赤のチェックシャツとジーンズという出で立ちなのに爽やかさが跳ね上がる。チラチラと感じる視線からは、異性からのときめきに混ざって、いい面した特権をフル活用してあがる、みたいな怨念を感じる。
いくらイケメンでも、先の質問にはノーだった。響も自分が座っている椅子を彼から遠ざけた。
「つれないな。大事な君たちの将来について忠告しに来たというのに」
真壁は僕たちの反応をものともせず、トレーを置いた席の椅子を引いて腰掛けた。
「そんなもの望んじゃいませんが」
「カリカリするなって」
自分は持ってきたカレーをたっぷりすくって口に運ぶ。皿になみなみ入っているので大盛りだろうか。
真壁は、半分くらい皿が空になったところで水をあおった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
すすっていたうどんをかみ切ったので、つゆがはねた。
「赤いマフラーの女といえば、細かいところは出典によって違うが、だいたいこういう話だ。
ある男性が小学生の時、クラスに少女が転校してくる。その少女はいつも赤いマフラーを首に巻いている。男性がなぜマフラーをしているのかと尋ねると、彼女は中学校に上がったら教える、と答える。
2人は同じ中学校に通う。再びなぜマフラーをしているのかと尋ねると、彼女は高校に上がったら教える、と答える。2人は同じ進路を進み、高校、大学、と進学していっても、彼女は大学に進学してから、就職してから、と返事を先延ばしにする。
彼は就職し、その女性と結婚する。妻となった彼女になぜマフラーをしているのかと再度尋ねると、彼女はマフラーを外す。すると、彼女の頭部が床に転がり落ちる。
以後、2人が住む町では、夫婦で赤いマフラーを巻いている姿が目撃されているそうだ、としめくくられる。
ところがだ」
充分長い真壁の話はまだ続くようだ。僕と響はうんざりするように顔を見合わせた。
「本当にその話通りにいけば、彼女は君たちのどちらかと結婚するまで、あんな姿はさらさなかったはずなんだ。
彼女としてはもう1ステップあったはずなのに、どうして生き急ぐような真似をしたんだ?」
「そんなこと僕たちに聞かれても知りません」
そう返答しながらも、僕は上着のポケットを上からさすった。何でも照らしてくれるという、嘘くさい懐中電灯が入っている。僕が道に立っていた女性が赤井さんかを確かめるためにこの懐中電灯で照らしたがために、自分の姿を晒したとでもいうのだろうか。
「では、君たちと赤いマフラーの女に襲われた時、なぜ君からカシマさんが現れたのかな?」
指名されたように目線を合わさせられた響は、すすっていた釜玉うどんにむせた。
「そんなのオレだって知らないっすよ」
響の口調からは、困惑していることがうかがえた。
真壁は音を立てずにスプーンを皿に置いた。
「ならなおさら考えた方がいい。
君たちは無意識のうちに、都市伝説に遭遇していることになるのだから」
急に真面目くさった顔をして言ったのは、あまりに釣り合わない荒唐無稽な話だった。
「都市伝説?」
「口裂け女だとか人面犬みたいな怖い話ですよね。それを信じろっていうんですか?」
「正確に言うと怖い話というより噂話というべきだが、まあいい。
とにかく、現に2つも遭遇しているじゃないか。赤いマフラーの女とカシマさんと。
でも、例えばカシマさんの方には対処法がある。カは仮の――」
笑みを浮かべる真壁の話を、響が遮った。
「あんたのような得体の知れない人間を信じるほうが危険です。
本当は怪しい宗教勧誘でもしようとしてるんじゃないですか?」
僕の学科の友人たちからそういった忠告があったのは確かだ。でも、まさか本人に向かって言うとは思いもよらなかった。
それはまずいと止めようとしたとき、真壁も真壁で「いかにも」などと言い出した。
「確かに俺は宗教関係者とは言えなくはないが、この件とは全くもって関係がない。というか、怪しい宗教ではないし、勧誘する気もない」
「ならアンタの目的は――」
「怪異、あるいは怪談との遭遇」
2,3秒経ってから、僕と響が「は?」という声がハモった。
「怪談、怪異、妖怪、幽霊、神話、未確認物体。科学では説明しきれないような怪奇現象について古今東西様々な言い伝えがあるが、誰も真実は知らない。
まだ検証されていない現象あるいは存在について、俺は確かめてみたいんだよ、本当にあるのかってのをね!」
うっとりするような笑みを浮かべた真壁は、さらに僕たちに食いつく。
「だから君たちと出会ったとき、彼女のことが視えていた君たちといれば、いくつもの怪奇現象に巡り会えるはずだと確信した。
手を組まないか。もちろん全員生きて、どころか無事に生還できるように」
「冗談じゃない!」
立ち上がって机を叩く音が響いた。あの響が、顔を真っ赤にして怒っている。
「赤井の気持ちを少しでも考えました? アンタが行動することによって傷つく人間が出てしまったら?
ふざけんな。っていうかオレたちを巻き込むんじゃねえ! せめて1人でやってろよ!」
一方的に怒鳴られても、真壁は眉一つ動かさない。むしろ僕の方が、別人だと思うくらいの険しい表情をした響に対して恐怖を覚えた。
真壁は静かにカレーを平らげると、立ち上がった。難癖をつけだすとまずいと思って、動き出した響を制する。
「すぐに信じろって方が無理か。そこは悪かったな。
だが、二度あることは三度あるというように、君たちは再び得体の知れない何かに襲われるかもしれない。次は身の安全が保証されているわけないんだぞ」
真壁は最後に「俺の方はいつでも君たちを歓迎する」と言い残して行ってしまった。
一昨日来あがれ! と叫ぶ響をなだめて席に着かせる。最近あの悪夢を見ることがなくなったと思ったのに、頭痛の種が増えた。
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