手を貸してくれませんか 11

 社殿を前にすると、どちらからともなく、おー、という声が上がる。長い石段を登ってきてよかったな、という気分にはなった。

 あすなろ公園から歩いて5分、加賀嶺かがみね神社という石碑を確認し、鳥居をくぐると、たいそう立派な石段が伸びていた。休憩してからきたとはいえ、急な階段を登りきると、足が子鹿のようにガクガク震えていた。土曜の昼下がり、人っ子一人いないので情けない姿を見られないのが救いだった。

 神社に来たからには、本来の目的ではないが、やはりお参りしていこうという気になる。手水舎で手を清めておいてよかった。

 賽銭を入れ、二拝二拍手一拝と作法に則ってお参りをする。

 頭を上げると、宮司さんだろうか、緑の装束姿の男性が社殿の脇から歩いてきた。掃除をしに来たのか、ホウキを持っている。

「すみません」

 宮司さんははい、とこちらにそろそろ歩いてきた。

「真壁脩士郎さんはいらっしゃいますか」

 宮司さんは、こちら、と案内してくれた。

 神社の裏では、白い装束に青い袴を着た真壁が地面を掃いていた。

「お客さんだ」

 宮司さんが言うと、真壁は建物の中に案内してくれた。

「さっきの方は」

禰宜ねぎ

「宮司さんに敬称つけなくていいんですか」

「宮司じゃない。そういう役職」

 神社にいる装束を着た男性はみんな宮司さんだと思っていたが、どうやら違うらしかった。

「っていうか、本当にここの人、なんですね」

 袴姿が様になっているし、さっきの方に呼ばれたところを見ると、真壁は本当に関係者なのだと実感する。

「家がここの人って聞きましたが、やっぱり継ぐんですか」

「祖父は若い男がいるだけ欲しいと思っているようだが、伯父は追い出したいようだな」

 じゃあ、と二の句が継げないうちに狭い畳の部屋に案内された。なんとなく崩して座るのは気まずくて、2人とも正座して待っていた。

 真壁はなぜか缶のお茶を出してきた。仕方ねえだろ突然来るんだから、と本人は言う。黙ってありがたくいただくことにした。

「で、おまえら何しに来た」

 和装が様になるきれいな正座なのに、言葉遣いは汚かった。いつでも待っている的なことを言っておいて何しに来た、はひどいが、重ね重ね突撃訪問したのだからそこには目をつぶった。

「真壁さん、以前響のことをカシマさんと呼んでいましたよね」

 真壁は響に目を向けたが、すぐに僕に続きを促した。

「今日、学童の子どもたちと遊ぶサークルに行って、響からカシマさんが現れました」

 単刀直入すぎたのか、響はぎょっとするような目を向けた。

「どうやら響にはカシマさんが取り憑いているようです。

 祓っていただくことはできませんか」

 響を連れてきたのは、もちろん真壁がここの人間か確かめたかったというのもあるが、そうだとして、カシマさんを除霊してもらえないか相談に来たのだ。

「百万」

「高っか!」

「ぼったくりじゃないですか!」

 口々にいうと、真壁はあきれたようにつぶやいた。

「本当に困ってたらそのくらいポンと出すさ」

 真壁め、足下を見てくるとは。悔しいが反論もできなかった。

「まずだが、お祓いは本人の心が一番必要だ。信じてないのにご祈祷したって全く意味がない」

 真壁は響を見た。僕としたことが、響の気持ちを忘れていた。

 響の方を見ると、申し訳なさそうに切り出した。

「確かにオレは、ここまで戻るのにもすごい苦労したし、今後もカシマさんが出てくるのは、正直怖い。

 でもな夕介、実は両親に連れられて何度かやってもらったことがあるんだ」

「えっ!」

 考えてみれば、所詮若者の浅知恵だ。通常では考えられないほどの体力低下、しかも現代医療も通用しないとなれば、お祓いを頼むことを考えるだろう。まさに手は尽くした状態だったのだ。

「というわけで、神社仏閣その他あらゆる宗教はそこまで万能ではない」

「嘘でしょう?」

「逆に絶対に祓えますというならヤラセを疑うべきだろ」

 そりゃあ、そうか。どんな怪談も神社やお寺で祓って解決できる、まさに地獄の沙汰も金次第という理屈ができてしまう。そういうことで納得するしかない。

「じゃあ、真壁さんはなぜ僕たちを誘うんです?」

 自分のところの神社でご祈祷してもらって稼ぐ、という仮説もちらりと思い浮かんだが、今の話でそれも消えた。

「だからだよ」

 真壁は言った。

「神社でもお寺さんでもそういった類いの対処は全くできない。

 君たちが遭遇するような都市伝説の怪異に対処するには、同じく伝聞で広まる対処を取るしか方法はないと思っている。だから俺は、今まで古今東西の怪談話を収集してきた。

 2回、いや、3回か、も怪異に遭遇している君たちと、ある程度なら怪異に対処できる俺の3人で手を組めば、どんな怪異にも太刀打ちできるのではないかと考えている」

 真壁が熱弁するのを、僕たちはじっと聞いていた。

「どうする?」

 真壁に聞かれて、僕たちは目を合わせた。

「真壁さんは、怪談を収集しているといいましたよね」

「ああ」

「僕たちが遭遇した事例も収集した怪談の中にあった」

「どちらかというと都市伝説だけどな」

 僕は居住まいを正した。

「真壁さん、あなた個人に、そういった類いの相談をする、ということは頼めませんか」

 真壁はいったん目をつぶって、ゆっくり見開いた。

「遭遇してからじゃ遅くないか」

「あなたが死ぬよりマシです」

 僕たちと関わったために犠牲になってしまうことだけは、あってはならない。無関係の人を巻き込みたくはないのだ。

「やめとけ」

 男性の声がした。入り口の近くには、さっきの禰宜と紹介された方が立っていた。

「父親の影でも追っているのか」

 真壁に向かって問いただすような口調だった。真壁は黙っていた。

「おまえはそこらへんの大学生みたいに勉強してサークルに入ってアルバイトでもボランティアでもしてればいいんだ。

 その後は真面目に就職して心置きなく母親を連れてこの家から出ろ。うちの子どもたちが後を継ぐから充分だ」

 ぶしつけな態度をとるこの男性に、嫌悪感がわいてきた。一応、僕たちというお客さんがいる前なのに。もしかして、この人が真壁を追い出したいという伯父さんだろうか。

「この神社に雇い先まで厄介になるつもりはない。安心しろ」

 男性は顔をゆがめた。生意気な真壁の言葉遣いが、今はかえって清々する。

「君たち」

 今度は僕たちに向かって話しかけてきた。

「うちはそういうことはやってない。普通の参拝やご祈祷なら歓迎する。もちろん良心的な初穂料で」

 男性は奥の方に行ってしまった。お邪魔しているとはいえ、盗み聞きされていたとは。

 真壁は改めて僕たちに向き合って、すまないな、と詫びた。

「話を続けよう。

 君は立川といったな」

 響が声をかけられ、ああ、はい、と返事をしていた。

「立川君、カシマさん以前に怪異に遭遇することはなかったか?」

「え、えっと、怖い体験とか特になかったような。オカルトとかも信じてなかった、ですし。

 そういえば赤井と話すようになったのもカシマさんが憑いてからだ」

「なら、カシマさんが取り憑いた経緯を聞かせてくれ」

 響は面食らっていたようだが、やがて僕が辿った記憶とほぼ同じ過去を話した。

「その場にいたほかの友人は無事だったみたいなんですよね」

 響が不思議そうに言うと、「当然必ず現れるという話でもないからな」と真壁が締めくくった。

「で、夕介君」

「なんで下の名前なんですか」

「その前に名字教えろよ」

 矢代です、と答えると、改めて矢代君、と尋ねた。

「君は都市伝説の類いに遭遇するきっかけなどなかったのかな」

 え、と言ったきり、言葉に詰まった。

「物心つく頃からそうだ、というなら話は別だが、君にも何かある気がしてね。

 最初に遭ったのはマフラーの女性かな」

 オカルトや怪談の類いに遭遇したのは、赤井さんの件が初めてのはずだ。はい、と答えた。

「なら、彼女が現れる前に変わったことはしなかったか。

 例えば心霊スポットと称して事件現場に立ち入るとか、勝手にものを持ち出すとか」

 考えて見るも、思い当たることはなかった。僕もオカルトとは無縁の生活を送っていたし、罰当たりなことをしようとも考えたことはない。

「すぐじゃなくていい。ひとまず連絡が取れるようにしておこう。いちいちここに来るのもご足労だろう」

 真壁と連絡先を交換して、僕たちは神社から出て解散した。

 予定外だったが、日が沈む前に自宅の最寄り駅に着いてしまった。

 夕日に照らされる帰り道を歩きながら、日が伸びたなあ、などとのんきなことを考えていた。

 何か大事なことを見落としているんじゃ、不安が僕の頭をかすめて消えていった。

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