手を貸してくれませんか 10
僕らはあすなろ公園の隅っこで、青空をぼーっと眺めていた。あるとはいえない体力を使い果たし、情報洪水にあった僕は、力尽きて響と2人分のレジャーシートの上で寝そべっていた。
「あいつの力使っちゃうとさ、まじでしばらく動けなくなんの」
冗談でも言うように、響はヘラヘラとしゃべった。
「最初のころはマジで何もできなくってさ、これマジでやばいなって思ったわけ」
僕は相づちも打たずに聞いていた。
「ホントにリハビリの先生とか、理学療法士の先生とかすごいいい人だったよ。でもさ、熱心に励まされるとかえっていろいろ思っちゃうんだよな。普通の生活に戻ることすら命がけで頑張らなきゃいけないんだろうなとか、水泳部に戻れなかったら申し訳ないな、とか。親だってかなりの治療費払ってくれてるはずだし。
それでいて同級生骨折させるとか、何だよって」
響の乾いた笑いに変わると、静寂が一層強まった気がした。
「こんなに話したの夕介だけだと思う」
寝そべったまま体勢を横に向けた。響と目があった。
「僕でよかったのかな」
「他の誰かに話せるチャンスはないと思う」
響は再び仰向けの姿勢に戻った。
「正直、呪われたことよりも、それをまともに聞いてくれないことの方が苦しかったんだと思う」
青空を向いて、響は言った。
しばらく無言の時間が続き、さすがにこのまま寝そべって休日を潰すのもどうかと思った。
「お昼でも食べる?」
時間的にはランチタイムのピークを過ぎているだろう。付近は学生街だから、飲食店も選べるほどあるはずだ。
「でも、あんまりお腹空いてないんだよな」
言い出しっぺだが、実は僕もそうなのだ。疲れ過ぎたせいか、かえって胃が空腹を感じていない。
懐中電灯を入れてある側とは逆のポケットを漁った。おやつの時間に渡されたものの、食べきれなかったクッキーが出てきた。ちょうど2枚入っている。
「1枚食べる?」
「いいの?」
響が手を差し出してきた。
「手を洗ってから」
交代で手を洗いに行き、クッキーの小袋を破る。口が開くと、両方とも割れていて小袋の底に沈んでいった。
響に小袋を持っててもらい、ティッシュを取り出した。敷いたティッシュの上にクッキーのかけらを空けてもらった。
お互い、いただきますと言ってクッキーをつまむ。
「いっつも悪いな」
なぜか響に謝られた。
「夕介の分をもらったのにティッシュまで出してもらって、しかもクッキーが割れたのだってオレのせいだし」
「クッキーが割れたのはポケットに入れっぱなしにしたせいだよ」
このクッキー、買ってきた直後に開けても割れてることがあるし。
「オレ、やっぱり教師向いてないのかなあ」
クッキーをつまむ手が止まった。
「夕介の方が、教育者として正しい気がする。
怖がらせた子どもたちを介抱するところとか見てて、いいなって思った」
僕は首を振った。
「たまたまだよ」
事情を知ったのは、例の懐中電灯で彼ら彼女らのことを照らしたからだ。
このまま戻ってもあの子たちの間でしこりが残るだろう。プライバシーに踏み入るような真似で申し訳ない。本当に悪いと思っている。
彼女たちは学童クラブというつながりの中で団結して、自分たちを守った。たける君を避けるようになったのも、その一環なのだろう。
「彼に君は生きていかなきゃならないんだよ、って声かけていたのも」
「たける君から聞いたんだ。ちょっと」
響を無理矢理納得させた。
さらにいけないのが、担任の先生と折り合いがつかなかったことだ。同じクラスの子たちは武君と先生との取っ組み合いに怯えるようになった。先生は半ば強制的に
学童クラブの中で唯一近づけたのは、他3人の男子と違うクラスの
あの年齢でも、大なり小なり抱えるものがあって、やるせなくなってしまった。言葉をかけられたのも、たける君だけだった。
「僕だって、響のことを全然知らなかった」
本来なら、競泳選手として華々しい活躍をしていたかもしれないこと。
カシマさんに襲われて大変な思いをしてきたこと。
友人にも家族にも、本当の意味で理解されなかったこと。
教師になることも、最初から目指していたわけではなかったこと。
「別にオレのことは」
「これからなっていけばいいでしょ?」
響がこのサークルに入りたいと思ったのは、少しでも他の学生に追いつきたかったのではないか。幼い頃から教師に憧れて勉強してきた人たちと、肩を並べられるようになりたいと願ったんじゃないだろうか。
「だからさ」
残ったクッキーのかけらを差し出した。
「これを食べたらついてきて欲しいところがあるんだ」
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