異世界に昇る 11

 閉じてしまった扉を漫然と見ていた僕は、腕の中で動くものを感じた。抱き合うようにかばった真壁が、気がついたようだ。

 真壁は僕の腕をほどいて立ち上がると、大丈夫か、と僕の顔をのぞき込む。あ、はい、まあとはっきりしない返事を返すと、真壁は操作盤の方に行ってしまった。

 立ち上がって後ろからのぞき込んで見ると、扉を開けるボタンを何回か押していた。が、扉が開く様子は全くない。だめだと思ったのか真壁はボタンを押すのをやめて1歩後ろに下がると、操作盤を上から下まで眺め回した。

「何だこのエレベーター! 非常用の呼び出しボタンがついてねえじゃねえか!」

 急に怒りだしたので僕も操作盤を上から下までじっくり眺めてみると、1から10までの数字ボタンと扉の開閉用のボタンしか見当たらなかった。後で調べたら、エレベーターには電話の受話器などが描かれた非常用の呼び出しボタンが必ずついていて、急に動かなくなったとか不審者がいるといったような非常事態が発生した時に外部に異常を知らせたり連絡が取れるようにしなければならないらしい。つまり、このエレベーターは存在してはいけない代物なのである。

「わっ!」

 後ろを向いて目に入ったものに、思わず大声を出してのけぞってしまった。

 奥の壁には姿見くらいの大きな鏡が貼り付いていて、僕たちの姿を映していた。真壁は肩をビクッと震わせ手を耳に当てていた。驚かせてしまったようだ。

「何だよ」

「何でこんなところに鏡があるんですか」

「車椅子の使用者がエレベーターから降りる時に後ろを確認するためだ。頭から突っ込んでバックするしかないからな。

 っていうか珍しいもんじゃないだろ」

 思い返せば、普段僕が使っている場所のエレベーターにはほぼついていた。なるほど、今いるこのエレベーターはそんなに広くない。車椅子は旋回できないからか。

「しかしまあ、あながち間違ってない反応なのかもしれん。鏡がついていながら、車椅子で操作できるボタンは見当たらないからな。

 ……ちっ、防犯カメラもないときてる」

 真壁はかごの中を上下左右にキョロキョロ見回していた。車椅子使用者のことを考えるなら、手が届く位置に操作盤がなければ意味がないような気がする。普通、壁の側面の低い位置にボタンがついているはずだよなあ。

 僕も天井付近を見上げてみたが、照明以外のものが設置されている様子はなかった。それだけではなく、階数を表示する表示板や液晶も抜け落ちている。まるで体裁だけ整えたドラマ撮影用のセットみたいだ。

 ここまでおかしな点が散見するようなエレベーターは、当然、大学に設置されたものではないはずだ。既にここは四辻の少女が言う異世界で、悪夢の予知通り僕たちはあちらの世界に来てしまったのだろうか。

 エレベーター内の鏡に必要以上に驚いてしまったのも、彼女の忠告が引っかかっていたからだろう。僕が持つ懐中電灯の光は、決して鏡に当ててはならない。当てれば反転して、この世のものではなくなったりあちらの世界に連れて行かれたりするという。二度と戻れない、という言葉が重くのしかかる。懐中電灯で軽々しくあちこちを照らして調べるわけにはいかなかった。

 扉を拳でノックしてみる。ゴンゴンゴン、と扉を叩く音がするだけだった。扉と扉の隙間に指を入れて、こじ開けてみようとした。

「やめとけ。ケガするかもしれないし、壊れたら出られなくなる」

「上から出られたりしませんか?」

「素人ができるわけないだろ。天井を開けて外に出られたとしても、万一にも吊っているロープが切れたりしたら、カゴごと真っ逆さまに落ちるだけだぞ」

 それは怖すぎる。万策尽きて床にへたり込んだ。

「じゃあ、どうしろって言うんですか……?」

 外に出られないとすると、助けが来るまで待つしかない。でも、それはいつになるというのだ? 真壁の母以外は僕たちはキャンプに行っていると思っているから、丸1日くらい連絡がとれなくても誰も気にしないだろう。不幸中の幸いとしては、トイレに行ってきたばかりだから一刻を争う事態ではないというくらいか。でも、気をつけていてもその時は絶対に来る。そういえば酸素は足りるのか? 僕たちが発する音以外何も聞こえないから、換気システムが稼働しているとも思えない。もしここが異世界だとするなら、そもそも助けは来てくれるのか?

 異世界に行くのだから不測の事態は覚悟はしていたが、まさかこんな密室に閉じ込められて行き詰まるとは思ってもみなかった。

 決して彼のせいではないのに、恨みのこもった目で真壁を見ると、自分の荷物から何やら取り出して広げ始めた。僕を扉の方に追いやると、真壁はどうやらレジャーシートを敷いたらしく、ほどんどの床が覆われ、代わりに企業のロゴマークが現れた。

 自分は靴を脱いでレジャーシートに上がると、左側にスペースを空けてあぐらをかき始めた。

「休憩だ。おまえも靴を脱いでここに座れ。おやつの時間にするぞ」

 こんな時におやつ? 休憩している場合か?

 僕は真壁ののんきさに失望した。

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