運命の糸のその先は 13

「響?」

 呼びかけても微動だにしない響の近くでひざまずく。息をしている様子もなかった。

「響? 響!」

 体を揺すっても、全く反応がない。左手首にかけた懐中電灯が揺れるのに合わせて、不安定なスポットライトのように、懐中電灯が放つ光は地面と響を交互に照らしていた。

 少し離れて、懐中電灯の光を響に向ける。起き上がることはなかった。

 響はもう……、と立ち尽くしていると、マフラーの隙間から湯気のように何かが湧き上がってきた。

 だんだん糸を引いたものが現れて行くと、糸の束は人間の髪を思わせるように徐々に黒くなっていった。そして、髪の束の中から人間の手が出てきたかと思うと、腕、肩、首筋から人間の胴体、顔も半分より下が現れた。

「手を寄越せ」

 女体を模したそれは、そう言った。

 僕が何も答えないでいると、そいつは響の体にマフラーを巻き付けた主の方を向いた。そして、空気を裂くような轟音とともに、躊躇なく豪快にマフラーを引きちぎった。生首が悲痛な叫び声を上げた。

 響から出現した女の幽霊のような化け物は自分を邪魔するマフラーを破り終わると、今度は上半身を目一杯動かし、いつの間にやら指から生えた鋭い爪でバリバリバリバリとマフラーを引き裂いていく。響の体の周りには、マフラーの残骸が散らばっていた。

 赤いマフラーで絞め殺そうとした化け物が、絞めた人間から出てきた化け物に返り討ちに遭っている。マフラーの化け物は、マフラーをムチのようにしならせて攻防を繰り返しているが、幽霊の方は負けじとマフラーをつかもうとして、腕や上体を伸ばす。この2体のバトルは僕の頭で理解できる範疇を超えていて、ただただ化け物同士の戦いを眺めていた。

 右肩に重力と吐息がかかって、思わず身をよじる。自分の体を僕に預けるように、真壁が背中に寄りかかってきたのだ。耳や背中に生ぬるい体温が伝わってくる。心臓の鼓動がわかるほど密着されて、思わず振り払いたくなった。

 真壁がいたはずの場所を見ると、マフラーの残骸が散らばっていた。真壁の右手にナイフらしきものが握られている。響ばかり気にしていたが、真壁は心配せずとも、どさくさに紛れてマフラーをナイフでかっ裂き自力で脱出したのだろう。僕の脳は化け物同士の対決と密着しにきた真壁にやられて、わーすごーい、と、やっぱり危ない人じゃないか、の2つの感想しか思い浮かばなかった。

「逃げるか?」

 意味のある単語を耳元でささやかれて、はっと気づいた。このまま化け物同士の戦いを見ている場合ではない。

 このまま背中を向けて帰るのか、それとも、助からないとわかっていて響を助けに飛び込むのか。手のひらを見ると、血でべっとりと汚れていた。

 いいわけがない。

 左手首にぶら下げた懐中電灯を、スナップを利かせて手首を回し、左手に握らせる。

 響をお願いします、と真壁に伝えた。

 だったら照らしてくれ。僕が選ぶべき道を。

 暗闇でも真実でも、何でも照らしてくれるんだろう?

 生首は、まだ赤井さんの声で泣き叫んでいる。

 そのまま懐中電灯の光を、赤いマフラーの女に向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る