手を貸してくれませんか 4

 おやつの休憩が終わると、次は大なわとびになった。

 学年ごとに分かれ、1・2年生は全員で郵便屋さん、3年生は八の字飛びを行うことになった。大学生たちは各学年に割り振られ、僕は3年生のグループにつくことになった。

「目標は何回?」

「100回!」

 縄を回す係になった、たくやという学生が聞くと、元気のいい返事が返ってきた。やってみよう、と爽やかに学生が励ました。

 3年生は10人、これまた見知った顔の子たちで、僕がおやつタイムにお邪魔した女子たちと例の生意気な男子4人、そして未だに誰とも仲がよさそうなそぶりもないたける君だった。

 トップバッターのかい君、彼は鬼ごっこで大学生が束になっても唯一捕まえられなかった子だった、から、るりさん、ひまりさん、と順々に飛んでいって、9まで数え終わると、数字のかけ声が止まった。最後に並んだたける君が、なかなか飛ぼうとしない。前に出ようとすらしないのだ。

 たける君は、顔をしかめて下を向いていた。

 ひゅん、と空を切る縄の音と、地面にたたきつけられる音だけが続く。たくやさんの顔が、だんだん引きつっていった。

「たけるさん、怖くないよー」

「飛べるよー」

 学生たちが励ます。向かいから列に並んで順番を待っている子どもたちは、縄に入れるタイミングで、ハイ! とかけ声を入れ始めた。僕たち待機組の学生も、子どもたちにつられるように、ハイ、ハイ、と一丸となって声をかけ始める。

 下を向いたままのたける君は、かけ声から外れたタイミングで縄に向かって走って行って、縄が止まってしまった。

 あーあ、とかい君たち男子が大げさに落ち込んで見せ、女子たちもつまらなそうにたける君のことを見ていた。

「大丈夫、まだ1回目だから。

 気を取り直していこう!」

 たくやさんが励ますと、子どもたちは「おおー!」と再び元気な声を上げた。

「たけるだって行けるから」

 とぼとぼ歩いて後ろに並んだたける君に、前にいるりゅうせい君が声をかける。たける君は返事をしなかったけれど、おとなしくりゅうせい君の後についていった。

 りんかさん、りゅうせい君と飛んで、いよいよたける君の番が回ってきたとき、またもやたける君は縄に入るタイミングを逃してしまった。ふたたびハイ、ハイ、の大合唱が起こるも、たける君は縄を素通りして、縄が止まってしまった。

 見かねたたけるさんが、りゅうせいさん、と呼びかけた。

「たけるさんの後ろに回って声かけてもらえる?」

 オレはいいけど、とりゅうせい君がしぶしぶ返事する。ブーイングの声を上げたのは女子たちだった。

「りんか、かわいそう」

 まおさんがはっきりと言った。他の女子たちも彼女に同意見のようで、りんかさんを守るように腕を回している。りんかさんは、たける君を避けるように前の女子たちの集団に加わった。たける君も、彼女たちから顔を背けてしまった。

「仕方ないなあ」

 たくやさんはかい君を見て、「かいさん声かけてもらえる?」と聞いた。かい君はあからさまに嫌そうな顔をした。

 わーっと向こうの方から歓声が上がる。2年生たちのグループが、続けて20回続けることができたらしい。小学生も大学生も、手に手を取り合って喜びを分かち合っていた。

「じゃあオレ入る?」

 たくやさんの提案に、「やったー!」と無邪気な声が上がる。かい君の後ろに並んでいた残りの男子たち、こたろう君とさくや君だった。

「じゃ、君……ゆうすけさん、代わって」

 たくやさんが僕に縄の持ち手を渡す。僕が交代すると、もう一方で回していた学生も交代することになった。

 交代で縄を持っていたのは響だった。

「縄、回せる?」

 対面するなり、響が声を張り上げた。数えるほどだが小学生のころにやったはずだ。

 響は待機組に代わった学生の方を伺った。

「タイミングとかも見たいから少し回してみて」

 彼がそう言うので、タイミングを計って縄を回し始める。なるほど、縄はおかしな幾何学模様のようにおかしな軌道を描いて回り始めた。

「今のままだとうまい子しか入れないし、向こうは身長もあるから、結構大回りに回さないとだめだよ」

 こっちに来てささやくようにアドバイスされた僕は、膝を屈伸させ全身で縄を回すようにすると、確かに入るタイミングに余裕のある回り方になった。

「よーし、連続100回跳ぶぞー!」

 たくやさんに調子づけられて、おー! と威勢のいい声が上がる。

 僕たちは大きく円を描くように、縄を回し始めた。ヒュン、ヒュン、と縄が空を切る。

 先頭のかい君がスタートダッシュを切り、1、というかけ声とともに、縄を飛び跳ねる。後の子たちがどんどん続いて、りゅうせい君が跳んで9、のかけごえとともに、いけっという声がした。たくやさんがたける君の入るタイミングを見計らって声をかけたのだ。

 たける君が回り続ける縄に飛び込んでくることはなく、再び子どもたちの列が止まった。

 僕たちは縄を回し続け、はいっ、はいっ、とかけ声がかかり、たくやさんもたける君の肩をたたいて合図を送り続ける。それでもたける君は前に出ようとすることはなかった。

 僕の膝と腕が限界に近づいてきた。

 気合いでなんとか回し続けるものの、早くたける君が入ってくれなければ倒れてしまいそうだ。このペースでは100回跳ぶまで持ちこたえられそうにない。

 「たーけーるー!」と男の子の怒鳴る声が聞こえる。入ろうともしないたける君に不満が募ってきた子どもたちがイライラしてきたようだ。これでは集中力も切れてしまう。100回連続など夢のまた夢だ。

 せめて2巡目まで続けたいな、と淡い期待を胸に縄を回し続けていると、パシン、と縄が引っかかる音がした。終わった、と気が抜けて僕は膝をついてしまった。

 直後に、今度は別の方角からけたたましいほどの歓声が聞こえてきた。手を叩いて喜ぶ数人の大学生の周りで、子どもたちがぴょこぴょこ飛び跳ねている。今度は1年生が目標の回数分だけ跳ぶことができたらしい。

 たける君は、縄の中心で立ちすくんでいた。列の方を見ると、たくやさんが手のひらを前に突き出している。どうやら、たける君の背中を押して無理矢理縄に入れようとしたらしい。

「3年生はどうですかー!」

 島津さんが腕時計を見ながらこちらにかけてくる。そろそろ時間なのか、3年生の様子を見に来たようだ。

「終わりにしよっか」

 たくやさんが後ろに並んだ子どもたちに声をかける。子どもたちは下を向いて、しゅんとうなだれている。悔しさとふがいなさがにじみ出ているたくやさんの顔を直視できなかった。

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