手を貸してくれませんか 3

 鬼ごっこの時間が終わると、おやつにしまーす、と号令がかかった。子どもたちに付き添って交代で手を洗いに行きながら、子どもたちが荷物から取り出したレジャーシートを陣地内に広げていく。別の学生たちが、用意したおやつのセットを子どもたちに1つずつ配り歩いていた。

「はい、ゆうすけ君」

 おやつを配り歩く女子の学生が、僕の名札をガン見しておやつセットを渡してきた。全員名札にはひらがなで名前が書いてあるので、呼びかけるのに僕の名前を知りたかったのだろう。

 遠慮しようとすると、君の分だよ、と再度押しつけられた。

「私たちも食べるの。子どもたちだって遠慮するでしょ」

 言われてみれば、逆の立場だったら遠慮するだろう。僕が手を差しだそうとすると、彼女はおやつセットを引っ込めた。

「あ、もしかしてアレルギーとか?」

「特にそういうのはないです」

「じゃあ、呼ばれた子たちのところでもいいし、逆に好きな子のところに行ってもいいから、どこかにお邪魔させてもらって」

 こうして僕はおやつセットを受け取った。レジャーシートを持ってこいと書かれていたのは、こういうことだったのか。

 子どもたちを見回して、まだ大学生が一緒にいない子どもを探そうとすると、1人、ぽつんとレジャーシートを広げる男の子がいた。

 その子に近寄ろうとすると、後ろから上着を引っ張られた。

「せーんせー」

 見ると、学童クラブの中では大きい子たちに入る女子たち、1セット目には鬼ごっこを放棄した5人が群がっていた。

 彼ら彼女らにとっては僕たちは「せんせい」という存在なのだという。ケガや大げんかなど対処しきれない事態には学童の先生を呼ぶことにはなっているが、なるべく子どもたちの前では「せんせい」として振る舞ってほしいと事前通達があった。

 彼女たちにも、せんせいはついていなかった。

「モテモテね」

 すれ違いざまに学童の先生がささやいた。

「あたらしいのに乗り換えたね」

「昔のオトコに飽きちゃったね」

 女性のせんせいがコソコソ話す。振られたらしきせんせいたちが、「よし、今日は男同士だ!」と、男子たちのところへ行った。鬼ごっこで年上相手になめきった態度を見せた男子たちだった。

「ねえ、あの子入れてあげない?」

 依然として、誰も仲間に誘ってもらえない、せんせいすらついていない男の子を指した。

「やだ」

 間髪なく返事が返ってきた。

「たける君はいつも1人がいいんだよ」

「いっつもきげんが悪いんだよ」

「せんせいがいくとかまれちゃうよ」

 最後のはそんなことないとは思うが、やいのやいの言われてたける君を入れることなく、女子5人に引っ張られるままにお邪魔することになった。彼女たちのレジャーシートは、今流行のキャラクターものからシンプルなものまで様々だったが、全員新しくてカラフルなデザインのものだった。

 飲み物は配らないので、子どもたちは自分のリュックサックから、これまたそろいもそろって全員違うキャラクターものの、華やかな水筒を取り出した。お菓子は配るのに飲み物がないのは、基本的に水筒を持ってきているからとか紙コップがもったいないからという理由らしいが、誰かが言っていた重いから、が一番ありそうな説だった。

「みなさーん、いただきます!」

 号令の後でいただきます! と復唱があり、おやつの時間が始まった。めいめい好きなお菓子から食べ始めた。僕が上品にゆっくり味わっている間に、大きい子たちだから、彼女たちの口にはすぐにすべてのお菓子が収まってしまった。包み紙をひねってあるだけのチョコレートを頬張り、個包装になっているビスケットはもう片方の上着のポケットに忍ばせた。

「せんせのすいとう、かわいくないね」

 まおさんが、僕の黒のシンプルな水筒を見て言った。まおさんが持っている人気のキャラクターの水筒をチラ見しながら、そうだね、と答えた。せんせいがかわいい水筒を使っていたらおそらく奇怪の目で見られる。

「せんせい足おそいよねー」

 テーマパークのキャラクターの水筒の中身を飲んでいたるりさんが、同調を集めるように友達を見回す。せめて僕に言うだけにして、仲間に同意を求めないでくれ。

「せんせい彼女いるの?」

 いない。チクッと、胸が痛んだ。

「彼氏は?」

 その年齢で男性に彼氏の有無を聞いてくるとは思わなかったので、一瞬固まってしまった。時代が違う。

 質問してきたひまりさんがふっふっふ、と笑った。彼女の手には、ピンクのハートが敷き詰められた模様の水筒が握られていた。

「どうしたの?」

「いるでしょ、彼氏」

 いないから!

「でも彼氏の方がありそう。せんせいイケメンじゃないし」

 るりさんまでとんでもないことを言い出した。っていうか見た目で判断しないで。

 叫びたくなったが、顔は関係ないよ、と言う程度に留めた。子どもたちの手前というのもあるけれど、真壁のことが頭をよぎったのだ。自分こそ真壁に対して容姿で判断していた部分があると思う。

 動物の柄の水筒を持ったゆめさんが、せんせー、と声をかけてくる。

「怖い本知ってる?」

「いや」

「おもしろいよ。学童にもあるし。今度見せてあげる」

 4人がねー、と声をそろえた。

「ええと、りんかさんも怖い本好きなの?」

 最後の1人、りんかさんに話を振ってみた。彼女の水筒もキャラクターものだったが、こちらは僕が幼いころから知っているキャラクターで、デザインも少しレトロチックだった。

 りんかさんはこの話題にものすごく食いついてきた。

「大好きー!」

「りんかはこの話止まんないもんね」

 るりさんの言うとおり、りんかさんのマシンガントークが始まった。

「怖い本いっぱいあるんですけどね、ウデババアが一番怖いんですよ」

「そうそう」

「怖いあれ」

「ウデババアっていうのは腕を求めてさまよい歩くって言われているおばあさんで、出会った子どもに腕をくれっていうんです。で正しい答えをいわないと腕を持ってかれちゃうんですけど、その正しい答えっていうのが腕をくれって聞かれたら今使ってます、足をくれって聞かれたら今必要です、その話を誰から聞いたって聞かれたらウデババア! って叫ぶんです。

 正しい答えを言えれば助かるんですけど言えなかったらあの世にひきずりこまれちゃうんです」

 ほぼ息継ぎなしでここまでしゃべっても、まだ彼女はいい足りないようで、他の4人にもうその話を読んだか聞いていた。

「何の話してんのー?」

 隣のグループの男の子たちが話しかけてきた。なんと隣にいたのは、僕に失礼な態度を取った男子たちのグループだった。

 女子たちは「怖い本」「ウデババアの話」と答えた。このグループの間で、あれ怖いよなー、とか、えーオレはテケテケの方が怖かった、などと盛り上がっていた。

 男子のグループについていた学生たちは、聞き飽きたと言わんばかりに身内での話に花を咲かせていた。

 たった1人、子どもたちの様子を見ていた響と目が合ってしまった。なんとなく気まずくなり、僕たちは目を逸らした。

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