運命の糸のその先は
運命の糸のその先は 1
首に何かが巻き付いた感覚がして、ぐっ、と引き締められる。
まただ、またあの悪夢がやってくる。
首が絞まる、と我に返った時には講義が終わっていて、桜の開花のように講堂の中が一気に賑やかになったところだった。
「やっと終わったー」
僕の隣の席では、
僕はぼんやりとノートを見返し、黒板と照合する。この先生は黒板派でよかった、と思う。スライド形式だったら、どのくらい授業が進んでしまっているか確かめようがないからだ。今回は幸い、特に新しい内容はなかった。
「
「……みたいだね」
実際寝不足気味である。ここ最近、さっきのような首を絞められる夢を見て、夜中に目が覚めてしまうことが多い。助けて、と思う前に覚めてしまって、いつもたった一瞬だというのに、不安に駆られていると朝になってしまう。
首を絞めてきた人物は、誰かとても親しい人だったように思えるのに、まどろみの中でぼんやりとした記憶のかなたにしかない。
今のところ笑い話にできるような状況でもないし、誰かに打ち明けて不安にさせたり心配されたりするほうが嫌だった。だから話題を打ち切って手早く広げたテキストや筆記用具をカバンに押し込んでいった。
「ねえねえ、お昼一緒に食べない?」
上の段に座っている
「おっ、いいねえ」
「いいよ」
僕たちが返事をすると、別の学生たちとたまたま目が合ってしまった。お互い、気まずい間が流れる。
「じゃあ、下で待ってて」
赤井さんは僕たちの席の近くまで来てささやくと、階段を下りて行った。
響はリュックを肩にかけて立ち上がった。僕も、上着のポケットの感触を確かめてから上着とリュックをつかんで席を立った。
十字路に立っていた、謎の少女からもらった懐中電灯。名前すら聞けなかったというのに、彼女の言いつけを守ってポケットに忍ばせてある。実家から電車で1時間かけて通学している身としては、5限終わりの暗い帰り道には結構役に立っている。
上からちらほらと階段を降りてくる学生たちは、僕たちが出てくるのを気にしてか、視線を送ってくる。お先にどうぞ、と声をかけると、苦笑いしながら彼らは階段を降りていった。
「どこ行く?」
階段を降りて赤井さんと合流すると、響が聞いてきた。
「あ、あたし3限あるからあんま遠くないとこ」
僕が答える前に赤井さんが言ったので、追随するように「学食にする?」と聞いた。
「そういえば、赤井って寒がり?」
響が聞くと、赤井さんは首をかしげた。
「ほら、室内でもマフラーしてるし」
赤井さんはマフラーを手で触って、そうじゃないのよ、と答えた。
「なら、どうしてマフラーしてるの?」
なんでもないこの質問をしたとき、一瞬だけ時が止まって世界が反転したような、気味の悪い間があったように思えた。さっき見た夢のような、嫌な感触の記憶が残った。
「就職したら、教えてあげる」
そう言って赤井さんは微笑んだような気がする。僕はそうか、としか思わなかった。
「でもいいや、ラーメンにしよっか」
「オッケー」
マフラーの端を後ろに回しながら、赤井さんはサインを見せた。
学食でラーメンを食べることが決まったので、何ラーメンが好きかという話が始まり、醤油が好き、やっぱり豚骨、でも大学の学食で一番おいしいのは味噌だ、とか話している。閉まっている扉を響が開けると、何かがぶつかる鈍い音が聞こえた。
「うおっ!」
響が声を上げると同時に、奥で誰かが倒れ込むのが見えた。反射的に隙間をすり抜けて、駆け込む。
「大丈夫ですか?」
扉の向こうにはしりもちをついた小柄な男性がいた。彼が入ろうとしたところで、響が扉を開けたがために、ぶつかって転んでしまったようだ。
「大したことはない。が、少しは考えて行動した方がいい」
手を差し伸べようとすると、彼からぐうの音も出ないほどの正論を言われた。響が「すみませんでした!」と謝ると同時に、すみません、と頭を下げる。が、顔を上げた直後に思わず顔をのぞき込んでしまった。整った顔をしてるな、という場違いにも思ってしまう。
と、同時に、ドクン、と心臓が鳴った。どこが嫌、とは言い切れないのだが、本能的に危ない予感がしたのだ。
彼は彼で、ずれた眼鏡を直して立ち上がった。そのまま、戸口に立っていた赤井さんを目にとめることもなく、講堂に入ろうとした。
「あ――」
僕が注意しようと声を上げたところで、彼はこちらを振り向いた。僕と響を眺め、最後に赤井さんがいる講堂の中を見回した。
赤井さんはすんでのところでよけたものの、おびえたように直立し、肩にかけたバッグの持ち手を握りしめていた。
彼は再び僕の方をじっと見つめた。
「こっち」
僕はすぐさま取り残された赤井さんを手招きして、講堂から引っ張り出す。
「失礼します」
そう言い残すと、赤井さんと響を連れて、その場から立ち去った。
せいぜい僕らを見ていたのは数秒のことだったと思うが、あの男に長い時間観察されたようにも思える。
「なんか、気味悪いな」
立ち止まったところで、響がつぶやいた。
「うん」
「なんだろな……」
響の次の言葉を探す。自分だって赤井さんを押しのけたじゃないか、と言いたくなって、赤井さんの方を見た。赤井さんも心配そうな顔で、僕らを見ている。
なんだか肌寒いな、と気づいて、ようやく僕は持っていた上着を羽織る。上着を来ても、背筋に寒さを覚えた。
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