運命の糸のその先は 8
2限が終わると、思わず頭を机に打ち付けてしまった。やっと昼休みになったと、鉛のように重い体を引きずって教室を出ようとしたとき、「ちょっとー」と声をかけられた。
「さすがにドイヒーよ矢代ー」
振り向こうとすると、荻野君が僕の肩をがっしりつかんで、後ろから顔を出してきた。そろそろ暑くなってきて、ほのかに感じる体熱がうっとうしい。
「昨日も忙しそうだったし、今日すごいグロッキー状態っぽいから声かけるのやめといたんだけどさ」
「でも、一応頼んできたのは矢代だし」
荻野君に起こされるように上体を起こすと、梶山君と浦田さんが僕の顔を覗き込んでいた。
「でも、一応。体調は大丈夫なの?」
「平気です」
登校途中の電車で寝落ちしたら、首を絞められたのだ。気づくと、握っていたつり革から手が離れて膝をついてしまっていた。当然、首に絞められた跡はない。例の悪夢の一環である。
3人とも不服そうな顔をしていたが、続きを促すと、しぶしぶ梶山君が先陣を切った。
「結論から言うと、僕は会えなかった」
浦田さんも、「あたしも昨日スペイン語とバドミントンだったから探してみたけど、いなかったわ」と答え、荻野君も「見なかったんだよなあ」とため息をついていた。
僕は深々と頭を下げた。
「ありがとう」
いいのいいの、と荻野君が優しく背中をなでてくれた。
「実は、赤井さんには会えたから伝えたんだ」
立川響も探してみるよと、言いかけて、梶山君が戸惑ったような顔をして、僕から目を背けたのに気づいた。
「どうした?」
「数学基礎で一緒になった、って言ってたよね」
梶山君が確認するように聞くので、うん、と答えた。
「浪人仲間の同期で数学基礎取ってる人がいるから、矢代君たちのこと知ってるか聞いてみたんだ」
「梶山って浪人してたの!?」
荻野君と浦田さんの声がハモる。
「今はそこじゃないでしょ」
「いやいやいや、だって一言もそんな話聞かないし」と荻野君。
「じゃあ年上? 若く見えるっていいわねえ」と浦田さんがため息をついた。
僕はあまり同級生のことを知らないのもあって、2人よりはすんなり受け入れたように思える。
「で、続きだけど。背が高いスポーツマンタイプの男子と、赤いマフラーの女子と……」
「聞いてくれたんだね」
梶山君が僕の顔を見て話を途切れさせたので、続きを促した。
「ってその人に説明したら、知らないって話だった。
念のため、その3人が数学基礎の教室を出たら変な人に待ち伏せされてて絡まれたらしいから気をつけてねって、忠告したんだよね。
そしたら、またかよ、みたいなことを言われた」
「え」
言われてみれば、講義が終わった直後の講堂の外だったわけだから、あの場面の目撃者がいてもおかしくないのだ。
「聞いたら結構大きい部屋なんだってね。
その人の話によると、講義終わって近くでだべってたら、入り口付近で男2人が言いがかりをつけてるのを見たって。感じ悪いなと思ってみてたらすぐにその場を立ち去ったし、こっちに来ることもなかったからよかったって言ってたけど。
まだ3回目なのに物騒だねって話してて、気をつけるわってさ」
あの講堂は入り口が2つある。僕たちはそんなところは見かけなかったから、もしかしたらもう1つの入り口付近ではそんなことが起きていたのかもしれない。真壁以外にも気をつけなくてはいけない。
「そうだ、真壁なんだけど」
僕が息巻いてしゃべり出したせいで、3人は身構えた。
「学生委員会の人に相談してみたら、同じ学科だって。写真まで見せて確認してくれた。
少なくとも、ちゃんと在籍しているみたい」
ここまで言い切ってしまうと、3人は少し緊張を和らげた。口を開いたのは梶山君だった。
「そう。でも――」
「やっぱり2年生ではゼミに所属してるはずはないって。アンケートも、僕たちに近づく口実だと思う。
でも、3人には心配かけてるから、伝えた方がいいと思って」
肩に置かれていた手から腕が伸びて、後ろから抱きしめられた。
「やっぱいい奴だな~」
そういってもらえたのは嬉しかった。だが、さすがに力が強いので苦しいよ、ともがいて腕は外してもらった。もしかして、繰り返し見ていた夢はこれを暗示していたんだろうか。
でも、ぬくもりと優しさは、体にちゃんと残っている。
「さすがにそろそろお昼買ってこないと、お昼抜きになっちゃうよ」
腕時計で時間を確認した浦田さんが、僕たちを誘う。早く早く、とせかされて、リュックと上着をひっつかみ、売店のある方へ走って行った。
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