第16話 お前の切り札は効かない

「フォースサモン!!! ヴァルキリー!!!!」


 目の前に展開された召喚陣からエイリーンと同じ武装をした絶世の美女が白い天馬に乗って召喚される。


 北欧神話の主神オーディンに仕える戦乙女が誇る絶対の美と力に、観客の誰がも息を呑み見守った。


 この世にこれほど美しく力強い幻想種がいるのかと、精霊や妖精、まして天使よりもさらに高位の半神、これぞ世界にあまねく神秘そのもの。


 神話の一ページから抜き出たようなヴァルキリーの存在に、学園中の女性がさすがはエイリーンだと彼女を見直すのだが、これが彼女の最後だった。



 こちらへ向かってくる戦乙女を前に、義人の表情は変わらない。


 義人の中にあるのはエイリーンが自分ごとエレオ達を狙った事実だけだった。


 エイリーン最大のミスは、義人を慕うエレオ達に手を出した事に他ならない。


「あれがエサだ、喰らえ百合!」



 ジシャアアアアアアアアアアアアアア!!!



 その時、観客の誰もが度肝を抜かれた。


 蛇武装をする義人の背後から突如現れた大蛇の頭、家の二、三件は一口で飲み込みそうなほど巨大な口の中にヴァルキリーが収まり、フィールドの端から端までを埋め尽くすほど大きな蛇の口はそのままヴァルキリーの背後の術者にまで届いて、


「へ?」


 バクンッ!

 呑んだ、飲み込んだ。


 信じられないほど巨大な蛇が突然現れて、ヴァルキリーごとエイリーンを口の中に収めた。


 オブラートに包まず言えば、喰われてしまった。


 会場が静寂に包まれ誰一人として何も言わない中、大蛇は何度も舌を出し入れしながら口の中をもごもごと動かし、喉を鳴らし、その身を揺らしくねらせる。


「百合、そろそろ出してやれ」

『ジシャアアアア』


 小さく、とは言っても地の底からすすり上がるような声で鳴いてから、大蛇は首を縦に振り、また喉と口の中を動かすと大きく開けた口から滝のようなヨダレが流れ出した。


 流れ出したヨダレや胃液がなだらかに広がる中、中央部に何か固形物のような物が残っている。


 エイリーンだ。


 大蛇のヨダレと胃液まみれになって全身びちゃびちゃのぐちょぐちょ、煌びやかなドレスは溶けてボロボロで、顔は失神寸前でだらしなく口を半開きにして白目を剥きかけている。


 学園中に醜態を晒すエイリーンへ、人間の姿に戻った義人が歩みより、腰の刀を突きつける。


「おい公爵家の女、もう下級貴族いじめんなよ」

「そん……な……」


 意識を失い動かなくエイリーン、義人が選手退場口から帰ろうとすると拡声機越しに躊躇いがちな声が放送される。


『えーっと、演武……終了です…………』


 義人の勝ちと言わない辺りから、せめてもの抵抗とフォローが窺えるがそんな事はどうでもいい。


 これが原因でさらに敵が増えても、どうすればいいかはその時になってから考えようと、義人は気軽に考えてから客席のエレオとチェリスに手を振り。


「いるんだろハイディ!」

「はいはい、いるですよいますですよヨシトさん!」


 背中からグリフォンの翼を生やしたハイディがどこからともなく飛んできて、まずはエイリーンの醜態を散々カメラに収めてから義人の元へ飛んでくる。


「お前何気にやることはやるな」

「そりゃもうエイリーンさんのあんな姿滅多に拝めませんから」

「お前長生きするわ」

「はっはっはっ、一〇〇歳まで生きて見せますよ、それではヨシトさん、この勝利をまず誰に伝えたいですか?」


 メモ帳とペンを片手に尋ねるハイディに義人は笑顔で答える。


「そりゃやっぱ、この学園に来てできた友達三人かな」

「三人ですか?」

「そう三人」


 ハイディの肩に手を置きウィンクする。


「お前も友達だぞ」


 ハイディの顔がパッと明るくなって、嬉しそうにメモを取った。

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