第45話 主人公の正体


「お前さっきから何やってんの?」


 世界が石化した瞬間だった。


 この男、鷺澤義人はエイリーン達だけでなく、ゴルゴン三姉妹ステンノの度肝すら抜いてしまった。


「馬鹿な! 我ら三姉妹の魔眼はアトラス神すら石に変えるのだぞ!! ワタシが本気になれば魔眼や石化耐性などイミは無い!!」


 恐ろしげな顔を歪め激高するステンノに、義人は呆れ顔で返す。


「俺から言わせればその程度の蛇性で俺のオンナを石にしようなんて甘いけどな」

「フザケルな! 何が蛇性だ、貴様がバジリスク使いだったとしてもワタシの眼はバジリスクやコカトリスすら石にするぞ!!」


 義人のこめかみがピクリと反応する。


「バジリスク? コカトリス? てめぇそんな小物と一緒にするなよ、本当にてめぇよう、この俺を、俺らをどこの誰だと思ってやがる!!

 見せてやるよ! これが本物の蛇の眼だ!!!」


 義人が全殺意を乗せてステンノを睨みつける。


 その眼光にステンノが一瞬怯み、体が硬直する。


 ステンノは見たのだろう、義人の背後に潜む大蛇を。


 怯むステンノを睨む義人の右手に、翡翠色の柄と真紅の刀身を持つ刀が顕現する。


「天叢雲(アマノムラクモ)……モード・カタナ」


 ソレは神秘の顕現。


 世界にあまねく聖剣魔剣の中でも最強の一刀。


 ブリテンの地に伝わる聖剣エクスカリバーやアロンダイト、アイルランドのカラドボルグやフランスのデュランダルと比肩してもなお劣る事無き究極兵器。


 世界から神が失われ、伝説の神具宝具がその名の通り伝説の中に掻き消え、威力の劣るレプリカしか存在しないこの世に存在する真の伝説がそこにあった。


 ただ一つ、天叢雲が他の宝具と違うところがある。


 世界にあまねく伝説の武器は剣に限らず、神や天使、精霊や悪魔が与えた物、ただの武器に人々の願いや想いが込めら力を持った物。


 それこそ神剣や聖剣、魔剣に妖剣と言ったところだがこの剣、天叢雲剣だけは怪物、ヤマタノオロチの体内から出てきたという曰くつき。


 怪物の体の一部にしてその後、戦神スサノオや大英雄ヤマトタケルノミコトの手に渡り使用され、神と英雄と守られた民草の想いのこもる世界にただ一つの属性を持った怪物剣、まさしくモンスターソードと言うべき最強の武装である。


「俺に魔眼は効かねえよ、来いよ半端モン、俺が本物の蛇の……バケモノの力ってやつを見せてやる!!」




 エレオ達は自分の目を疑った。


 果たしてこの戦いの凄まじさはなんだろうか?


 もはや召喚術を使う程の霊力は無いが、それでも残った僅かな霊力で限界まで視力を強化しても捉えきれない速度は音速の何倍だろうか。


 義人とゴルゴンの激突から放たれる衝撃波で大地が抉れ、木々が薙ぎ倒され、霊力を使い切る前に倒されたレイラがスカイドラゴンの力を使ったバリアーを張ってくれなければエレオ達もお陀仏だろう。


 義人とエイリーンの戦いも凄かったが、これはあの時より数段上だ。


 霊力を乗せて斬撃を放てば延長上の全てを薙ぎ払い、空に向かったならば嵐の雲が裂けた。


 物理法則を無視し世界に反逆するバケモノに大気が絶叫し大地が悲鳴を上げて空が咆哮する。


 まさしくそれは神話の再現、伝説の英雄達とバケモノの戦いはこうまでも苛烈だったのかと、エレオ達は唖然とした。


 まるで戦争、いやそれ以上の激しさだ。


 この二人に比べれば世界の軍事力など子供だまし、戦争など子供同士の殴り合いに等しい。


 ムラクモとステンノの爪が喰らい合い火花を散らしてまさしく百花繚乱の狂い咲き、蛇のバケモノ同士が牙を剥き出しにして睨み合い、互いを喰い殺さんと肉迫する。


 だがステンノは分かる。


 いや、この強さは常識外れだが元女神で神話の化物たるステンノはまだ分かる。


 だが地上のエレオ達はやはり、義人の異常さに目を奪われる。


 ステンノが距離を取る。


 しかし義人は追いかけずにムラクモをすばやく左手に持ちかえる。


「天叢雲――モード・ロングボウ――」


一瞬で翡翠色の長弓になったムラクモ、義人の右手には真紅の矢が握られて、すかさず放つ。


 一瞬で空間を貫き、かわしきれなかったステンノの左肩を貫通して雷雲に風穴を開けて星の光が差し込む。


 これが天叢雲剣の真骨頂。


 あくまで剣が本来の姿であり最強の剣が正体だが、バケモノの体の一部であるその武器は所有者の意志に合わせて様々な姿を取る。


 肩周辺を根こそぎ抉り取られたステンノは激痛に顔を歪めるが、そこへさらに義人は二射、三射と撃ち込む。


 凄烈な霊力と衝撃波を孕んだ矢は、矢を核として巨大な破壊光線となり実物以上の効果範囲でステンノを狙う。


 オマケに流石は蛇の矢、真紅の矢は大気をうねり、引く尾が蛇を形作るように何度もカーブして、逃げるステンノを追尾し襲い掛かる。


 だがステンノはさらにその矢をかわし、爪の一撃で叩き落とす。


「モード・草薙の剣」


 天叢雲剣はスサノオノミコトからヤマトタケルノミコトへと渡り、燃え盛る草原の草を一撃で薙ぎ払った事から草薙の剣という名に変わった。


 そして、義人が振るった一撃はまさにその一撃。


 矢で狙う必要がある距離を置きながら、ムラクモを刀に戻した義人の横薙ぎの斬撃はステンノまで届く。


 斬撃が飛ぶのも、光の刃がを放つのも召喚術師同士の戦いでは珍しい事ではないが、規模が違う。


 地平線の果てまで続くような刃はステンノの両足を切断しそのまま、同じく地平線の果てまで飛んで行く。


 オロチが強いのも勿論だが、そのオロチの力を受け入れてしまう義人の魂の強さにも驚嘆するものがある。


 戦いは義人優勢、少なくともエレオ達はそう見えているが……


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