第32話 主人公のヒミツ


「じゃあヨシトくん、またね」

「またねーヨッシー♪」

「ほんならな、ダーリン」


 あれから服屋で義人の採寸を済ませ、燕尾服はシルフ杯までには間に合うらしく服の問題は解決した。


 エレオ達も自分の部屋へ帰り、寮の自室に着いたこれからは二人っきりの時間である。


「百合」


 湧き立つ翡翠色の光から顕現する和服姿の小さな少女、鷺澤義人の持ち霊、という設定になっているがその正体は……


「窮屈な思いをさせて悪いな」

「気にするな、幻想種と会話をするなど西洋の連中に知れたらそれこそ追放されかねん」

「この国でそれは異端すぎるからな」


 アヴリルに抱きつかれていた時とはうって変わって、二人の顔は寂しげで、涼やかな空気をまとい、このシーンだけを切り取れば、ミステリアスな麗人と言った佇まいだ。


「ここに来てずっと変な感じだよ、学園の中にも学園街にも幻想種がいない、姿を見られるのは生徒が召喚した時だけ、家事妖精っていうのが学園の掃除や修理やっているらしいけど、誰もいない夜に人目を忍んでこっそりやってるとかわけわかんねえよ、しかも神様呼ぶのに面倒な儀式して、それで神託だのお告げだのを聞けるって、魔導書読んだ時は何かの冗談かと思ったぜ」


「しかたあるまい、日本以外の国は神秘が廃れた。人が我らを崇めるか迫害するかで対等に見る事をしないからの」


 言って、百合は義人の手を取って見る。


「アヴリルと手を組んだ時の火傷は……もう痕も残っとらんか」


 アヴリルのおうし座彗星(タウロ・コメタ)を手で受け、確かに火傷を負った筈の手はかすり傷ひとつ負っていない。


 医務室で治癒呪文をかけてもらったわけではない。


 この短時間で自然に治癒したのだ。


「再生時間じゃが……また早くなったな」

「ああ」

「眠気は?」

「寝ようと思えば寝れるけど、眠気ってのは無いな」

「戦乙女(ヴァルキリー)や炎の魔神(イフリート)と戦って疲れは?」

「特に無いな」


 短いやり取りの後に、百合は義人の手に額を当てる。


「すまん、全てわしのせいじゃ……」

「百合は悪くないよ、逆に俺のせいでお前は一生俺から離れられなくなったんだ、謝るのはこっちだよ、ごめんな百合」


 しかし百合は引き下がらない。


「何を言う、無理矢理封印を解き、死にかかっていたわしを、自らの体を依り代にする事で救ってくれたではないか」

「あれは依り代って言うよりも融合に近い、お前は俺の魂を触媒にして助かった代わりに、もう一生俺から離れる事ができなくなった、そんな牢屋か監視生活みたいな人生にしたのは俺だ」

「じゃがわしを助ける為に融合したせいで、お主の体は日に日に人から離れて行く、もうお主は一生、人としては生きてゆけぬ」

「俺は元々人間と幻想種の中間を行ったりきたりの生活だ、今更存在自体中間の存在になっても問題ないさ」

「それを言うならば、わしとてお主から離れられなくなっても、それはつまりずっとお主と一緒にいられるという事じゃから……わしは別に……」


 気まずい沈黙が流れる。


 この二人は、つまりはそういう関係なのだ。


 義人は百合の命を助けたせいで化物にされてしまった代わりに、百合を一生不自由な体にしてしまった。


 百合は命を助けられた代わりに一生不自由にされてしまったが、義人を化物にしてしまった。


 互いが互いに謝る関係になってからもう随分経つ。


 二人の言う通り、義人は元から妖怪や神々と親交の深い人間で、人外への偏見は無く、むしろより強くなる事が出来て喜んでいるくらいだ。


 百合も、はっきりとは述べないものの、自身を犠牲にしてまで助けてくれた義人とずっと一緒にいられるし、遠くへは離れられないとは言っても、現にこうして実体化し自由に動けるのだから不自由は無く、むしろ義人と一緒にいられる事を喜んでいるくらいだ。


 それでも、割り切れないのが感情の難しいところ。


 どんなに相手が気にするなと言っても罪の意識は拭えない、じゃあお互いに相手に悪い事をしたという事で五分五分、水に流そう……というわけにも行かないのだ。


 誤って人を殺してしまった人が、被害者の子供に自分の親を殺してもらったところで罪の意識が消えないのと同じだ。


 不意に、義人は小さな百合の体を抱き上げてベッドに座った。


 可愛い体をきゅっと抱くと、百合は頭を肩に顔をうずめてくる。


「なぁ百合、俺って年取るのか?」


「不老のわしがいる限りお主も年を取る事はないじゃろう、千年、二千年、お主はこれから無限の時間を生きる。

 死ぬ事も容易ではないだろう、不死殺しの武器で心臓や頭を貫けば分からんがな、それでも並の不死殺しではわしの不死性は殺せまい」


 酷く弱々しい少女を守るように抱き締めて、義人は少しおどけてみる。


「そっかー、俺年取らないのか、じゃあ何千年でも可愛い女の子と一緒にいられるな」


「……安心しろ、わしとお主の魂は部分的に融合しているせいでお主は化物になったが、それはあくまでわしの影響、お主は人の娘と子を成せるし、お主の子は綺麗な人間じゃ、わしはお主の魂と融合したのであってお主の子の魂とはなんの関係もないからな」


「じゃあ妖怪との間に子供作ったら半妖が生まれるのか?」

「うむ、そうじゃな」

「お前との間に作ってもか?」

「なぁっ……!?」


 不意打ちに一瞬驚き、いつもの余裕を失い顔を真っ赤にするが自分を取り戻す百合。


「…………ま、待っていろ、すぐ成年体に、しかしそうか、お主もようやくわしの魅力に」

「おやすみー」


 寝巻に着替えて、ベッドインする義人。


 すでに目をつぶって、静かに寝息を立てている。


「むぅ……わしとしたことが騙されるとは」


 幼年体とはいえ、年上の余裕を保てなかった事に歯ぎしりをして、百合もベッドの中に入る。


 そこで、先程までの重たい空気や気持ちが蹴散らされている事に気づいて、百合はまた顔が赤くなる。

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