第4話 主人公無双


「なんだよ急に!」


 反論する間に義人は正門前の敷き石に落とされ着地、四人の取り巻き達は距離を置いて全身に霊力を滾らせる。


「反転結界!」


 後から来た五人目の取り巻きが叫ぶと、義人と取り捲き達がドーム状の結界に包まれる。


 召喚術師用バトルフィールド、内向きに効果を発揮するこの結界の中の攻撃が外部に漏れぬよう防ぎ、強力な攻撃で壊れてもすぐに再生する。

 一部の名家の令嬢にだけ与えられた魔道具が成せる技だった。


「一年C組決闘預かり役、イメール・ネイアードがこの決闘を承認します! それでは、戦闘開始!!」


 入学式にいきなりの召喚バトル。

 校舎からは他のクラスの生徒達もなんの騒ぎだと窓からその様子を観戦する。


「そもそも男が召喚術師ってありえないのよ!」

「貴方の化けの皮を剥いで差し上げるわ!」

「召喚術が使えない事を証明してこの学園から追い出してやる!」

「準備はいいか黄色ザル!」

「(決闘って四対一じゃん、さぁてここはどう治めようかなっと)」


 厳密に言えば、一生徒に義人を退学にする権限など無いのだから、無視するかてきとうに負けたフリをするのが一番穏便なやり方だろうが、ここで義人には一つの欲望が出来ていた。


 校舎の窓からこちらを心配そうに見つめる二人の少女。


 無条件で迫害を受けていたエレオと、その友達と思われるチェリスティーナ。


 日本にも、身分や家柄による虐めはあった。


 これからの学園生活を考えれば、彼女達がどんな扱いを受けるかは明白だ。


「(まっ、男子としては、可愛い女の子の傘になるのも悪くないよなぁ)」

(うむ、それにはわしも賛成じゃぞ)

(おう百合(ゆり)、作戦変更だ、ちょいと暴れるぞ)

(ああ、わしもあの娘は気に入っておるし、逆にこの娘っ子共は気にくわん)

「何をぼーっとしている行くぞジャップ!」


 そして四人が同時に声を張り上げる。


『召喚レベル一(ファーストサモン)!』


 次の瞬間、二人の女子が手を突き出し、そこから生まれた風と黒い影が襲い掛かる。


「おっと」

 サイドステップでかわした先には、残る二人の女子生徒が既に周りこんでいる。


 人間の瞬発力では不可能な超速移動。

 肉体強化系の力らしい。


 だが二人の上段突きと下段蹴りをかわし、義人は着物の袴と袖をなびかせ華麗に宙を舞った。


「何!?」

「そんな!?」


 契約した幻想種の属性攻撃呪文を容易くかわす義人へ歯がみし、四人はさらに霊力を捧げる。


『召喚レベル二(セカンドサモン)!』


 女子生徒達の手に光が湧きあがり、それが武器の形を成す。

 ロングソードに、かぎ爪に、二本のショートソードに、黒い鉄扇。

 それぞれの武器を手に再び襲い掛かる女子達、だがそれでも義人は召喚術はおろか腰の刀を抜こうともしない。


「ああもう速いわね!」

「おとなしくやられなさいよ!」


 義人は四人の攻撃全てをかわし続ける。


 彼女達が武器を振るう度に風や実体を持った影が飛び出し、斬撃そのものが飛び出したりもする。


 身体能力も全員上がり、並の人間を遥かに超えた速力で動くがやはり義人を捉えることはできない。


 その様子には校舎の生徒達も驚きを隠せない。


 しかし武に精通する生徒達は理解していた。


 義人は速いのではなく、巧いのだ。


 四人全員の予備動作から次の攻撃を予測し、全筋肉を同時に動かし絶妙な重心移動を動員し、重力落下すら味方につけて、常に安全地帯に身を置いているのだ。


 安全地帯が無ければ作り出す。


 自分の動きで相手を操り、四人の生徒がお互いの動きを邪魔し合うように仕向ける。


「ちょっとあんた邪魔よ!」

「貴方こそワタシの動きを邪魔しないでくれます!?」

「喧嘩してないでさっさとこいつ片付けるわよ!」

「こんの!」


 同時に駆け寄る四人の間を縫うように通り抜け、二人の女子が足を引っ掛けられ転倒、その際に他の二人も巻き込み、四人は無様に敷き石に倒れ込んでドレスが汚れる。

 起き上がった四人は怒り心頭、眉間にシワを寄せた。


『召喚レベル三(サードサモン)!』


 次の瞬間、四人の姿が大きく変わる。


 体から溢れる光が各部位へ集まり人外のパーツを作る。


 一人の女子は猫の耳と尻尾が生え、両手の爪と犬歯が鋭く長く伸びた。


 また一人の女子は背中にコウモリのような羽が生えて、やはり爪が鋭くなり、頭からは二本の捩(ねじ)くれたツノが生える。


 最後の二人はよく似ていて、獣の耳と尻尾が生えて鋭い爪と牙が生えるが、耳の形から義人は片方が犬で片方が狼だと見分けた。


 ちなみに犬耳少女のほうはやや前かがみの姿勢を取っている。


「丸腰はキツイか……」


 言って、ようやく腰の刀を抜いて構える。


 その美しさに結界を張るイメールと、戦いを観戦すべく霊力で視力を強化した学園の生徒達が心を奪われる。


 刀身の切っ先から根元に至るまで白銀に輝き、美しい波紋を描くその刃の魅力は今まで見てきたどんな宝剣よりも勝っていた。


 これが世界で日本刀だけが持つ最大の特徴。


 剣の刃は相手を斬る為に、邪魔なモノは何もつけない。


 その代わり剣を収める鞘や柄にあらゆる装飾を施して剣を豪奢にしていくのだが、日本刀は刃そのものに飾りを、模様をつけているのだ。


 一切斬れ味を落とすことなく美しい模様を刻む精密さ、どんな場所にもワビサビを忘れぬ心配り。


 武器という厳(いか)つい存在でありながら、芸術品のカテゴリーにも身を置き、日本という国の美を象徴する最強のメイドインジャパンである。


 頭に血が上った四人の女子ですら一瞬、闘争本能を削がれたが、そんなモノは関係無いとすぐに闘気を奮い立たせ、獣の咆哮を上げて跳びかかる。


「いい年した女子がはしたない」


 猫耳少女、蝙蝠羽少女、犬耳少女に狼耳少女へ走り込み、再び彼女達をすり抜けるように交差した。


「本体は傷つけて無いぞ」


 振り返り際に告げる義人に、四人は振り向いて睨みつけるが、彼女達の耳や尻尾、羽がポトリと落ちて、自然と顔が引きつってしまう。


「まだやるかい?」


 軽い笑みを浮かべて問う義人、その余裕には悔しさと同じくらい恐怖も感じてしまうが彼女達とて後には退けない。


 それに義人は未だ召喚術を使っていないが、それがもしも使えないのだとしたらどうだろう?


 召喚術は女にしか使えない。

 義人が使える筈がない。


 ならばまだ義人は余力を残しているのではなく、今のが全力でもう限界、さらなる攻撃を撃ち込めば勝てると、四人は最終手段に打って出た。


『召喚レベル四(フォースサモン)!』


 四人のサードサモンが解除され、本来の姿に戻ると全身からそれぞれ違う色の光が足元から立ち昇る。


 横一列に並ぶ彼女達の目の前に、人一人包み込んでしまうような巨大な魔法陣が浮かび上がり、その中から異形の怪物達が姿を現した。


「ケット・シー!」

「ブラックハウンド!」

「ワーウルフ!」

「ガーゴイル!」


 巨大な黒い猫と犬が、二本足で歩く狼と蝙蝠の羽を持った悪魔のような姿の人型の化物が一斉に現れ、義人へ牙を剥く。


「それがお前らの持ち霊か、悪いけど」


 刀を鞘に収め、義人は腰を落とす。

「斬らせてもらうぜ!」


 校舎の方では、その様子を観ていたエレオ達が慌てる。


「ヨ、ヨシトくん武器収めちゃった!」

「うわわ、何やってるんだよヨシト!」

「ふん、観念したんじゃない?」


 上機嫌に鼻を鳴らすエイリーン、しかし義人の顔は諦めていない。


 義人の全身から鋭い闘気が溢れ、笑顔の多い顔は戦士の色を以って本来の精悍な勇ましい顔を取り戻して、明鏡止水の彼方へ意識を落とす。


「天神式(てんじんしき)抜刀術(ばっとうじゅつ)――」


 居合一閃。

 鞘から抜いた横振りの一撃が四体の幻想種を真一文字に斬り裂き、一瞬でその身を雲散霧消させていく。


「森薙ぎ…………」


 世界の時がまた止まった。

 おそらく、この場に生徒達の人生において、今日ほど度肝を抜かれた回数が多い日は無いだろう。


 人を超える幻想種、それを召喚術を使わず刀一本で四体も倒してしまったこの男は、まさか神話や伝説の勇者並の力があるとでも言うのか。


 呆気にとられる四人と決闘預かり役イメールの目の間で結界を丸く斬り裂いて跨ぎ出ると、義人は三階の窓から顔を出すエレオとチェリスティーナに手を振った。


「おーい、勝ったぞー」

「すごい……ヨシトくん本当勝っちゃっ」

「ヨシト♪」


 エレオを置いてチェリスティーナが窓から飛び出して、義人へ跳びかかる。


「って危ない!」


 それをお姫様だっこで受け止めると、チェリスティーナな腕を首に回し甘えて来る。


「あーんヨシトつよーい、かっこいー♪」

「たく、おてんばな姫さんだなぁ」

「チェ、チェリスちゃんそんな危ない事したら、ふえ?」


 その様子にエレオが身を乗り出して、そのまま窓から落ちる。


「ひぇええええええええ!!」


 泣きながらみるみる地面へ近づくエレオに気付いて義人はとんでもない離れ業を始める。


 まずチェリスを上へ放り投げると素早くエレオを抱き止め、すぐ右腕一本の上に座らせ空いた左腕を使い、時間差で落ちてきたチェリスをキャッチ。


 両腕をイスのように、体をイスの背もたれのように使わせて、長身の義人は二人を見事に抱えていた。


 校舎である城からブーイングが上がるが、義人は勇ましい顔つきをすぐに緩める。


「う~ん、こうすると二人のお尻の感触が気持ちいいなぁ」

「はうっ」


 白い顔をリンゴのように赤くしてエレオはすぐに跳び下りるがチェリスは義人の胸板を指で撫でながら猫撫で声を出す。


「あぁんヨシトのえっちぃ」


 パシャ

 フラッシュが三人を襲ったのはその時だった。

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