第5話 スクープ

 視線を上げると、そこにはサードサモンの力だろう。


 背中から純白の翼を生やし、青と白を基調とした動きやすそうなドレスに身を包んでいる女子がこちらへ向かってくる。


 チェリス同様袖が無く丈の短いスカートのおかげで見える細く均整の取れた手足や細いウエストが目を引くスレンダーな美少女で、髪はショートだが横髪だけが長く胸の上に垂らしている。


「スクープですよー!」


 なおもカメラを回し、義人の写真を取る少女は今、義人以上に人目を引いているが本人は気にする様子も無く、写真を取る。


「カメラか、爺さん達なら魂取られるとか騒ぎそうだ」

「魂? なんの話ですか?」

「いやこっちの話」


 わざわざ自国の恥を晒す必要も無いと義人は答えをはぐらかす。


「それでお前は誰?」

「はい! わたくしは同じC組のアスペルマイヤー伯爵家の四女、ハイディ・アスペルマイヤーでございます」


 明るくバカ丁寧な口調でハイディは自己紹介をする。


「我が家はオーストリアの発行部数ナンバーワンのグリフィス新聞を発行するグリフィス新聞社を経営しておりますが二人の兄と三人の姉が経営幹部なのでわたくしは現場で働くジャーナリストを目指しているんです」

「新聞? ああ瓦版か」

「というわけでさっそくヨシトさんを取材したいのですがよろしいですか?」

「よろしいも何ももう写真取ってるだろ? まぁ写真ぐらいいくらでも取れよ、その代わり質問は」

「サギサワ・ヨシト!」


 怒声の方へ振り向くと、そこには柳眉を逆立てるエイリーンが地面に着地したところだった。


「(この国の女は階段使うのが嫌いなのか?)」


 すると間髪いれずに手にはめた白い手袋を脱ぎ、義人へ投げつけてくる。

 空いた右手で受け止めてから、義人は左腕に座るチェリスを下ろす。


「なんだこれ? くれるのか? でも手袋片方だけあってもなー」

「決闘よ! 召喚術の総本山、サモンアカデミーが! ヨーロッパが極東の島国にナメられてたまるもんですか!」

「決闘ってなんでだよ?」


 怒りのあまり声が震えるエイリーンに、義人はあくまで軽い口調を崩さない。


「黙りなさい! とにかくこの戦いで負けた方は勝った方の言う事を何でも聞くこと! 分かったわね!」


「おお! アジアから来た謎の男性召喚術師VSアヴァリス公爵家のエイリーンさん、これは見モノですよー!」

「おいおい俺はまだ」

「エイリーン様頑張ってー!」

「そんな奴やっつけちゃってくださーい!」

「生意気な東洋人の命もこれまでよ!」

「お姉様素敵ー!」


 校舎から湧き上がる歓声、どうやらもう二人が戦う事が決定しているらしい。

 反論するだけ無駄かと諦めて、義人は息をついてから口を開く。


「ところでさエイリーン」

「人の名前を軽々しく呼ぶんじゃないわよ!」

「そんなのいいだろ別に、それよりも」


 投げた片方の手袋を差し出して義人は目元を緩めた。


「もう片方もくれよ」




「あれ? 俺らって同じ寮なのか?」


 校舎での一騒動を終えて、義人達は同じ建物へと帰ってくる。


 ちなみにエイリーンは違う方向へ帰り、ハイディは早速今日の事を記事にしなくてはと飛び去って行った。


 義人達の目の前に建つ学生寮は校舎の城と違い、古めかしい洋館で義人の目から見れば小城ぐらいの大きさはあるように見える。


「だってわたしは男爵家だしチェリスちゃんは子爵家だし義人くんはその……」

「ここは下等寮だよ」

「下等寮?」

「そうそう、学園の寮は全部で四つ、王族や公爵家の人が住む特等寮、侯爵家の人が住む上等寮、伯爵家の人が住む中等寮、そして子爵家、男爵家、騎士や商人、平民からの特待生の人が住む下等寮だよ」

「俺は正三位で伯爵相当なんすけど?」

「えーっとだからそれは……」


 自分を指差し首を傾げるに義人に、エレオが言いにくそうに口ごもって、チェリスが代わりに答える。


「ま、まぁあれだよ、クラスの人見れば分かると思うけど、基本ここらへんの人って白人至上主義者だから」


 作り笑いで説明するチェリスに義人は得心がいって頷く。


「なるほど、東洋の伯爵家なんて子爵男爵と変わらないって事か、まあいい、さっさと入ろうぜ」


 言って、三人は夕日に染まりながら下等寮の玄関をくぐってロビーへと足を運んだ。

 赤い絨毯が敷き詰められた広い床に革製のソファ、壁には金の装飾が施された柱時計が置かれて、二階へと続く手すりには家具職人が趣向を凝らした細かな細工が施されている。


 日本から来た義人にしてみれば全てが珍しく、日本では舶来モノとして高値がつき大名でないと持っていないような品々に感嘆するばかりだ。


 それでも下等寮というからには、きっとヨーロッパの貴族視点から見ればここは水準よりも遥かに劣る住居なのだろう。


 男爵家と子爵家のご令嬢であるエレオとチェリスの実家がどれほどのお屋敷かは知らないが、果たしてこことどっちが立派なのかと義人は少し気になった。


「(今度ハイディに頼んで中等寮も見せてもらうか)」


 部屋に行く間も三人の会話は続く。


「でもせっかく日本の代表って事で正三位にしてもらったのにこれじゃ損した気分だな」

「してもらった? 出世って事?」


 あまり聞き慣れない言葉にエレオが問うと義人が肯定する。


「そうだな、さっきも言ったけど俺の国はこっちと階級制度違くって位は家じゃなくて武家や公家一人一人に与えられるんだよ」


 不思議そうに首を傾げるエレオとチェリスに義人は『う~ん』と唸って説明を始める。


「まあようするに公家ってのは貴族で武家ってのは軍人家なんだけど、俺の国って軍事国家だからさ、軍人家が貴族並の権力持ってて政治のトップを務める征夷大将軍なんて武家のリーダーだぜ」

「え? 貴族じゃない軍人さんの位なんて准男爵か騎士の位なのに、ヨシトくんの国じゃ政治のトップなの? 王様は?」

「うちじゃ天皇が王様にあたるけど政治の権限は無いな、あくまで国の象徴っていうか、位や新しい名前の授与とかはするけど法律決めたりとかは無いな」

「ちょちょちょっ、ヨシトくん、え? 王様なのに権限無いって……」

「ていうかヨシト、新しい名前の授与って?」


 目が点になっている二人に思わずくすりと笑って、義人は自分の部屋のドアノブに手をかけた。


「後でゆっくり教えるよ」

「うん、じゃあ荷物置いたらすぐ行くから」

「すぐ行っちゃうよー♪」


 と言って二人は義人の部屋の両サイドのドアノブに手をかけた。


「ってお前らの部屋、俺の両隣なんだな」

「……凄い偶然だね」

「まっ、そっちのほうが便利だよ♪」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る