第12話 決闘開始

『エイリーン・アバルフィール選手によるジャップ狩りでーす!』


 ジャップ狩り。


 その単語に義人の顔から笑みが引く。


 先程の演武はキマイラ狩りだった。


 今度はジャップ狩り。


 演武という単語の意味をここにきてようやく理解して、義人はあらためて自分の置かれた状況、周囲からの評価を思い知らされた。


 つまり、連中は日本人を人として扱っていないのだ。


 黄色ザルという言葉の通りサルの一種。


 かつて日本には『我が藤原家以外の人間は人間では無い!』などと言った者がいたがそれと同じ。


 黒人や中東人、東洋人を白人の劣化した姿と信じる彼女達からすればこの世に人は白人だけ、その以外の人種は全てサルと変わらぬケダモノ。


 故に、


『遥か東、最果ての海に浮かぶ憲法も存在しない島から連れてきた野生児、イエローモンキーの登場だぁー!』


 一斉に、客席の目が義人へ向けられて、すでに入場している義人へ冷笑が湧きあがる。


『おーっと、まだ選手コールをしていないのにもう入場とは、『待て』ぐらいは犬でもできると思ったのですが、イエローモンキーにはちょっと高度なお願いだったようです』


 嫌味を含んだ、笑いを堪えたようなアナウンスだった。


 義人は選手の入場コールの事など聞いていない。


 ただ係りを名乗る人物からここへ来るよう言われただけだ。


 つまりは全て罠、義人に恥をかかせるようわざと選手入場コールの事を伏せておいたのだろう。


 彼女達の陰湿なやりかたに義人は全身の血液が静かに熱を持つのを感じる。


 日本にも嫌な奴はいた。


 しかし、義人は真っ向から勝負を挑む奴、何度倒しても倒しても性懲りも無く、真剣を使って自分に喧嘩を吹っかけて来る奴は嫌いじゃない。


 例え食事中に襲い掛かられて、それで多少怪我をしても義人は怒らない。


 ご飯を奢らせてすぐ許す。


 しかし裏工作で他人を貶め、辱める行為だけは生理的に受けつけられない。


 証拠は無いが、もしもこれがエイリーンの企みならばと思うと、義人の闘気が鋭さを増していく。


 その間にエイリーンの入場コールが始まって、客席が沸騰する。


 先日入場したばかりの新入生に随分と熱を上げるものだと義人は客席を眺める。


 社交界の話から察するにエイリーンは入学前からの有名人だったのだろう。


 同級生からの憧れ、上級生や教師からの期待、これは皆のそんな気持ちに応える一方的な殺戮ショー。


 ならば、


(あの期待の超新生が下等と嘲笑う日本人に倒されれば、ここにいる者達はさぞ落胆するじゃろうな)


(でも勝てばはそれはそれで余計は反発を買う、下手をすれば学園中を敵に回すかもな)


(じゃが負ければ退学なのじゃろ?)


(誓約書を交わしたわけじゃないし、一生徒にそんな権限無いだろ、恥を忍んで約束破れば……でも約束は約束だよなぁ……)


(お主も面倒な生き方しとるのぉ)


KILL(キル) THE(ザ) JAP(ジャップ)!! KILL(キル) THE(ザ) JAP(ジャップ)!! KILL(キル) THE(ザ) JAP(ジャップ)!! KILL(キル) THE(ザ) JAP(ジャップ)!! 


 会場中から聞こえるコールに義人は舌打ちをする。


(はっ、日本人を殺せって貴族の令嬢が言う言葉かよ)


(ふむ、他にも別の言語で罵っておるのぉ、スペイン語、ポルトガル語、ラテン語、ドイツ語、デンマーク、フィンランド、オランダ、ハンガリー……どうせ分かりはしないとでも思っておるのか、それとも承知の上か……)


(流石に俺はお前見たく全言語はわからねーよ、少なくともフィンランド語やハンガリー語は知らん)


(ここにはヨーロッパ中の貴族が集まっておる、少なくともヨーロッパの言葉ぐらいは覚えといて損はないぞ)


(教えてくれるのか?)


(ハクタクや天狗程ではないが、わしも教えるのは得意じゃぞ、それにここまで言われておるのじゃ、お主も何か言ってはどうじゃ?)


(んじゃ一つ、日本の田吾作(たごさく)、元五郎(げんごろう)、与作(よさく)、お前らの力を借りるぜ!)


(逆にそれ以外借りるモノないがな)


「黙れこのカマトト似非(えせ)貴族のイカレポンチ野郎が!! てめぇらみたいな頭湧いた脳足りんのクソ共はさっさと馬糞に頭突っ込んで窒息してから生まれ直せや!!!」


 突然の日本語は意味が分からない以前に、あまりに巨大過ぎる音で万を超す人間が耳の痛みで声も出ず、入場したばかりのエイリーンも顔をしかめて耳をふさいだ。


 一瞬でコロシアムを静寂が包み込む。


(何今の下品な言葉、マジ引くわぁー……)


(ってお前が言ったんだろ、てか口調変わってるぞ! ていうかエレオ達は!?)


 客席を探すと、頭をクラクラさせながら手で押さえるエレオ、チェリス、ハイディの姿があった。


(思い切り巻き込まれ取るのぉ)


(後先考えない自分が憎い……)


 義人は心の中で三人に謝る。


「ちゃ、ちゃんと英語で言いなさいよ、アンタは世界公用語もロクに喋れないの!?」


 いつもと違い、腰に剣を挿したエイリーンが声を張り上げる。


「うるせぇな、耳の穴から手ぇ突っ込んで奥歯がたがた言わすぞ!」


 歯を剥き出しにしていたエイリーンが一瞬で青ざめて両耳を抑える。


(今のはなんじゃ?)

(芝居小屋で主人公の時(とき)次郎(じろう)が言ってた台詞だ)


「なんて下品な言葉なの、これだから東の蛮族は!」

「人種差別で殺せとか言ってくるこの会場の連中も大差ねぇだろ?」

「きぃー! 東洋人の分際でアタシ達を馬鹿にしてるの?」

「今度はコケにしてやろうか?」


 挑戦的な表情にいよいよエイリーンの青筋が切れた。


「いいわサギサワ・ヨシト……殺すわ、アンタはアタシが殺す。だからアタシが勝っても言う事聞かなくていいわよ、だって死人は動けないもの、さぁ行くわよ義人、もう後悔しても遅い、楽しい殺戮ショーの」


 エイリーンの体が淡い光に包まれる。


「始まりよ!!」

『演武開始ぃー!』




「ファーストサモン!」


 エイリーンは鞘から白銀の剣を抜き放ち、横に一閃。


 射程外まで飛んだ白い斬撃を義人は横へ飛んでかわし、二人の視線が交差する。


「ヨシト、せめてアタシにセカンドサモンくらいは出させなさいよ」


 エイリーンが距離を詰める。


 ドレスに合わせたファッション用の靴ではなく、ブーツを履いたエイリーンの踏み込みは素早く、召喚術師である事を差し引いても彼女の剣士としての実力の高さがうかがえる。


 義人は突き、薙ぎ、振り下ろされる全てを闘牛のマタドールのように最小限の動きで華麗にかわして、エイリーンはその動きに翻弄される。


「くっ、ちょこまかと、本当にまるでサルみたいな動きね!」


 憎らしそうに眉間にシワを寄せて、剣を何度振ろうが義人にはかすりもしない。


「エイリーン様がんばってー!」

「何あの日本人、逃げるしかできないの?」

「なんだかエイリーン様の楽勝ペースよね」


 義人を弱者と決めこむ観客達の目には、義人がエイリーンの猛攻に手も足も出ず、逃げ回っているようにしか見えていないようだ。


 しかしそれもいつまでは続かないだろう。


 ここで力の差を見せつけなくてはと、エイリーンは踏み込む。


「フェンシング全国大会覇者ナメんじゃないわよ!」


 渾身の突きが義人の顔面を捉える。


 スピード、角度、重心移動、全てが合わさった最高の一撃。


 エイリーンが『やった!』と確信したそれを、皮膚一枚かすめるギリギリのところで義人は首をひねりながら倒し、同じく体もひねってかわすとそのまま回転して右わき腹に回転後ろ蹴りを放ってきた。


「がはっ!」


 アバラ骨の上は筋肉が薄い。


 おまけにゆったりとした着物のせいで義人の四肢の動きは完全に隠れ、まさかの不意打ちでは筋肉に力を込める余裕も無かった。


 しかし倒れるのはこらえた。


 ぶかぶかの袴のおかげで客席から義人の足がエイリーンに当たったかどうかは判別しにくい。


 すぐに涼しい顔を取り戻して演技をすれば客からは必死の表情と掛け声にしか聞こえないだろうと判断した結果だが、そこでエイリーンは気づいてしまう。


 必死。


 こんな、極東の田舎者に名門アバルフィール家の自分が必死になっているのか?


 その事実に歯がみして、エイリーンはさらに剣を猛らせるが、それでも義人にはかすりもしない。

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