第13話 勝つのは簡単だが
一方で義人は考えていた。
この戦いをどう治めるか。
負ければ退学、勝てば敵が増える。
「アンタ刀くらい抜きなさいよ」
負けて謝るか、互角に戦ってギリギリで勝つ、というのが落とし所か、引き分けに持ち込むのは割りと難しい、相手を倒してしまってから力尽きたフリで騙せるか、少なくとも素手で一方的に殴り倒すのはマズイだろうと、義人は腰の刀を抜いた。
「ようやく抜いたわね、これで…………は?」
西洋剣と日本刀の剣術勝負になったわけだが、それでもエイリーンのイライラは治まっていないようだ。
互いに剣を振り合うが、二人の戦いを見ている客も釈然としない様子だ。
「アンタのその剣なんなのよ! ふわふわしててムカつくわね!」
「そんな事言われても、流派の違いだろ?」
西洋の剣は斬れ味よりも強度を優先した武器で、攻撃と防御両方で使う。
故にかわせるものはかわすが、敵の攻撃は剣で受け止めるのが一般的だし、互いの剣を何度も打ち合わせて正面から激突するのが西洋剣術だ。
しかし細く、その鋭さを武器とする日本刀は敵の攻撃を受けるのには適していない。
そもそも西洋のような重装鎧ではない日本では敵の攻撃は防ぐのではなくかわすのが当たり前だ。
攻撃は相手の剣や鎧を避けて隙間を一太刀で、防御はすべて体捌きでかわす。
エイリーンからすれば、刀を折ったり、刀の防御を貫き斬ってやるという意気込みで振っているのだろうが、義人はその攻撃をのらりくらりとかわし、剣と刀が触れ合いそうになると刀を退いてしまう。
剣と剣の熱いぶつかり合いを重ねてきたエイリーンにとって、振るった剣全てが空ぶりになるのはいら立ってしょうがないのだろうが、義人から言わせれば剣術とは空ぶりが基本である。
刀が触れるのは相手の体だけ、刀が空ぶらず何度も何かに当たるとは相手を滅多斬りにしている状態を指すので、それはもう相手が死んでいるだろう。
「いいから少しは、ヤル気出しなさいよ!」
「こんな風にか?」
「ッ!?」
エイリーンの体をすり抜けるように背後へ周り込み、その首筋に刀の刃を当てる。
ピタリと動きが止まるのを確認して、義人は語りかける。
「人殺した事も無い奴がいっちょまえに殺気なんて見せるな、寿命……縮めるぞ?」
「うるさい!」
振り向きざまに振るわれた剣をバックステップでかわして刀を両手で正眼に構える。
刀の柄を柔らかく握り、目の前の敵に集中する。
「敵に闘気じゃなくて殺気を向けるってのは、こういう事だぞ」
義人の殺気にエイリーンが飛び下がる。
顔面蒼白、剣を持つ手が僅かに震えている。
「何よ今の……なんなのよアンタ!?」
必死の形相で剣を上段に構え、エイリーンが斬りかかる。
「金持ちの道楽剣術で俺が斬れるかよ!」
二人の体が交差する。
エイリーンは上段からの縦斬り、対する義人は横薙ぎの一撃。
金属が斬れる涼しげな音色の後に鳴った金属の落ちる残響がコロシアムに染み込んだ。
「…………」
ブレード部分を失い、柄だけになった自身の剣を注視して、エイリーンがアゴを震わせる。
宙を舞い、フィールドに転がり落ちたブレード部分を見て客席の歓声が止んで、皆に動揺が走る。
「日本刀は硬い物を斬ると刃が欠ける、それは刃に負担がかかるからなんだよな、だから刃に負担をかけない技量があれば斬鉄は可能なんだけど、どうしたエイリーン? 奥歯ががたがた言ってるぞ?」
「ッッ! セカンドサモン!!」
おそらくは高級品であろう、金細工の施された剣の柄と鞘を投げ捨て、その手には一本の槍が握られる。
細長く刃の根基に白い羽飾りのついた槍からは、どこか高潔な空気を感じる。
聖槍、義人の目はその槍の正体を看破してやや警戒を高める。
ファーストサモンの時、エイリーンの斬撃は飛んだし、人間とは思えないスピードで斬り込んできた。
斬撃能力と身体強化、おそらくエイリーンの持ち霊は騎士に由来する幻想種。
クラス代表や公爵家である事、Aランク評価の霊力を持つ事を考えると、武神かその眷属だろうか。
「はぁあああああ!」
気を昂(たか)ぶらせ、エイリーンは一気に攻め込む。
身体能力は今まで以上、そしてその槍捌きは先程の剣捌きよりもさらに巧みだ。
「どうかしら? アタシが本当に得意なのは槍術、剣が槍に勝つには三倍の実力が必要って知ってるかしら?」
「二流以下の戦いならそうだな」
今度は槍を優雅にかわしながら義人は流す。
「生意気な……!」
「射程が長い武器ほど近接戦に弱くなるし振るのに時間がかかる、射程の長さと総合的な強さに因果関係は無いんだよ」
「ムッキィー! そんなへらず口がきけないようにしてやるわ!!」
子供っぽく怒るが言うだけの事はある。
超高速の連続突きは巷(ちまた)で噂の最新鋭武器のガトリング砲にも迫る連射速度で放たれ、威力に至ってはその一発一発が軍艦正式採用のアームストロング砲を遥かに凌駕する。
セカンドサモンでこの戦闘力、召喚術師が一人で一個中隊並の戦力があると言われるのも頷ける。
それでもエイリーンの槍は義人に届かないが義人にも余裕が無くなる。
表向きは変わらないが、内心はさすがにこのままでは勝てないと確信した。
「こんの!」
やけくそ気味に放たれた大ぶりな一撃を義人がかわすと、エイリーンは攻撃の手を止めて大きく息を吐き出した。
「くっそ、なんなのよその速さ……何と契約してるか知らないけど、とりあえずスピードだけは褒めてあげるわ」
「そりゃどうも」
「けどね、いつまでもファーストサモンで防げると思ったら……大間違いよ!」
槍を構え、彼女の体から霊力が溢れだす。
「サードサモン!!!」
エイリーンの体から白い光が立ち昇り、光が彼女の頭や胸部、腕や腰を覆って鎧の形を成していく。
頭に左右に白い羽飾りのついた兜を被り、ドレスの上から各所に鎧を着たドレスアーマー姿を見て百合が気付く。
(あれはヴァルキリーの鎧じゃな)
(ヴァルキリー?)
(うむ、北欧の主神に使える戦乙女で天使や天女みたいなもんじゃ)
(強いのか?)
(強いぞ、仮にも戦をつかさどる半神の女神として崇められる事もある。天使や天女よりもさらに神に近い超高等種族、天馬に乗り空を駆けて聖武器を操る力は折り紙つきじゃ)
(それは強そうだな)
(とはいえ、束になってもわしには勝てんがな)
(大した自信だな)
(無論、それにあいつはヴァルキリーではない、ただヴァルキリーの力を借りているだけの人間の娘に過ぎん)
(ああ)
百合の声に熱が入る。
(幻想種を敬う? 笑わせるな、幻想種に霊力を供物として捧げ僅かな力を借り受けるなどという一方的な物になんの力がある? 臆するなよ義人、この国の召喚術はその名の通り、ただの召喚に過ぎぬ、真の力を持つ我らの敵ではない)
(……そうだな、じゃあ使わせてもらうぞ、お前の力)
戦乙女ヴァルキリーの力を得たエイリーンが渾身の突きを放つ。
上級生とて防げるのは何人もいないであろう女神の一撃を、義人は左手一本で無造作につかみ取った。
「なんですって!?」
押しても引いても時間が止まったように動かない槍に動揺し、エイリーンは全身の力を使い、なんとか槍を引き抜く。
「とんでもない馬鹿力ね」
「力だけじゃないさ」
とは言え今の少しまずかった。
渾身の力でなんとか拮抗したが、サードサモンのエイリーンは想像以上に強い、このままでは流石に負ける。
そう確信して、義人は右手の刀を鞘に収めた。
「見せてやるよ、これが俺の武器だ!」
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