第14話 主人公のチート能力
「見せてやるよ、これが俺の武器だ!」
義人の手から翡翠色の光が溢れ、槍のように長大な刀を形成する。
その様子にエイリーンを含め、客席の誰もが息を呑んだ。
セカンドサモン、試合開始から初めて、彼女達は義人の召喚術を視認した。
会場がどよめく。
今までの身体能力を見れば明らかではあるが、男の義人が確かに召喚術を使っている。
決してただの剣士がその身体能力を召喚術の賜物と偽り、この学園に潜入したわけではないと分かり、何故男が召喚術を使えるのだと誰もが口々に騒いだ。
「男の分際で召喚術なんて、アンタの持ち霊ってゲイ?」
「むしろレズだ、お前のおっぱいに興奮してたぞ」
「なぁ!」
昨日の事を思い出しているのだろう。
エイリーンは赤面して、わなわなと手を震わせる。
「この変態がー!」
槍を一振りすると、光の斬撃が無数に放たれ、波のように押し寄せる。
しかし義人は慌てず同じように大刀を振るい、そして刀の刃が解(ほつ)れた。
武器の正体は蛇腹剣、長いムチのように伸びた刀が振るわれると空間に爆炎の波が巻き起こり、エイリーンの刃と相殺する。
「炎の波!?」
今までの義人の戦いを見れば、たいていの者は義人の力を絶対的な身体強化能力と推測するだろう。
しかしここにきて第二の属性を見せられ、客も驚きを隠せない。
そしてもう疑いようも無い、鷺澤義人は召喚術を使っている。
「だから何よ、召喚術なんてここじゃ珍しく無いわ、男が使っているのはおかしな話だけどね、それが何だって言うのよ!!」
聖槍を握り直し、エイリーンは義人と対峙する。
義人も緊張感を高めて睨み合い、蛇腹剣を握り込む。
敵はサードサモンを発動させ、戦女神の鎧と槍で武装した一流の戦士、先手必勝、今度は義人から斬りかかる。
「いくぞエイリーン!」
「来なさい黄色ザル!」
二人の剣と槍が火花を散らす。
刃と刃がぶつかり合った。
日本剣術で相手と刃をぶつけ合い、刀が痛むのを覚悟で積極的に責める時はただ一つ、余裕が無い時だ。
余力を残さず、全力で、手を抜かず、次から次へと斬り込んでいく。
二人の戦いはまさに音速を超えた超常の戦い。
人間の兵器など足元にも及ばない。
仮に、今イギリスで研究中の戦車なる重装甲兵器があったとしても、戦いの余波だけで木端微塵だろう。
観客達も霊力で視力を強化してようやくその姿こそ捉えられるが、槍や蛇腹剣の動きまでは見えない。
まるで大人の、プロの召喚術師同士の頂上決戦でも見ているようだった。
義人の蛇腹剣が本物の蛇のように自由自在の動きを見せてその全てをエイリーンの聖槍が弾き、逆に聖槍の突きを義人は全てかわし、時には蛇腹剣で弾き、力を逸らす。
一見すると互角の戦いだがエイリーンの額には焦りから汗が流れる。
何せエイリーンはサードサモンだが義人は未だセカンドサモン、義人がサードサモンを発動させたらと考えれば当然だろう。
だからこそ義人にはまだ算段をする精神的な余裕はあった。
この戦いを引き分けに持ち込むにはサードサモン発動が必須。
いくらか攻撃をわざと受けてからエイリーンを打ち倒し、それから力尽きたフリをして自分も倒れる。
しかし義人には少し気になる点があった。
(なぁ百合、お前は俺に勝ってほしいか?)
先程百合は『真の力を持つ我らの敵ではない』と言った。
それはまるで、これから敵を打ち負かすような言葉だ。
(……お主が負ける姿を、わしが見たいと思うのか?)
(……そうだけどよ)
(前を見ろっ!)
(え?)
それは、一瞬の油断だった。
いくら実力が上だろうと、一瞬の隙で勝負が決する事は珍しくない。
自分のほうが強いと、勝とうと思えばいつでも勝てるというその気持ち、何よりも、真剣勝負の最中に他人と会話をするなどという愚行まで犯しては必然だったのかもしれない。
聖槍の一撃が義人の腹部に刺さり、内臓まで達した。
「ッッ!」
その機会を逃すエイリーンではない。
戦いとは常に動くモノ、常に駆け引きがあるモノ、突然の出来事に一瞬反応が鈍くなったその瞬間、エイリーンは勝利の予感に溺れる事無く、得意の連続突きを見舞った。
蛇腹剣を操り、急所への直撃は避けるが、突きの一つ一つが義人の着物と体を裂き、闘技場の敷き石の上に真っ赤な花を咲かせた。
青系統色を基調とした着物が真っ赤に染まり、義人は背後へフラついた。
そこへ間髪いれずエイリーンの斬撃が飛んでくる。
光の斬撃は巨大で、今までのソレとは比較にならない。
なんとかムチ状から大刀の状態へ戻して蛇腹剣で受け止めるが、衝撃で義人は背後へ吹き飛ばされて、コロシアムの壁に叩きつけられた。
客席からの歓声が耳をつんざく。
皆が口々にエイリーンを流石だと讃えて、義人をやはりこの程度だと罵る。
「これで決める!」
遠くに立つエイリーンの足元から光が湧きあがり、膨らみ、獣の形を成していく。
フォースサモンでも使うのかと思って、義人はそこで百合の言葉を思い出す。
「(……そういや確か天馬に乗るって)」
「サードサモン――フルウエポンモード――」
予想は的中、光は巨大な白馬となり、エイリーンがその上に飛び乗った。
「やべ……」
痛みに耐えながら、武士である義人は武人が馬に乗った時の戦闘力を思い出す。
変化は馬だけにとどまらず、エイリーンの両腕には手首から肘にかけて金色の紋章が入った白い盾が装備され、聖槍はその穂先が巨大化して柄尻には剣のような刃が生えて名前の通り完全武装となる。
天馬に乗ったエイリーンは空へ駆け上り槍を構えて急降下してくる。
「ヨシトくん!」
「ヨッシー!」
自分を罵倒する客席からの言葉の中で、義人はエレオとチェリスの声を見つけて見上げると、丁度二人の顔が見えた。
どうやら二人は席から離れて最前列まで来たらしい、手すりから身を乗り出して必死に叫んでいる。
「(にしてもやっぱ二人とも可愛いよなぁ)」
こんな時でも義人は二人の可愛さだけで体の痛みが引くほど幸せな気分になれた。
そして思う。
退学になったら二人ともお別れだと。
日本を追い出されて、このヨーロッパで小さくなって生きようと思ったけれど、そこは貴族達による格差社会が広がっていて、この可愛い女の子達が不当な差別を受けるのが嫌で、この子達の傘になってあげたいと思った。
東洋人というだけで迫害してくる他の生徒と違い、この二人は普通にどころか、自分に好意的に接してくれて、それでますます二人の事が可愛く思えて二人を守ってあげたくなった。
自分がいなくなったらこの二人はどうなるか、自分と通じていた事実を元にさらに迫害されるのか……守りたい、この子達を守りたい。
目の前の可愛くも可哀相な女の子達を守りたい、この気持ちはあの日以来、あの雨の日、山の中で百合と会った時以来だ。
あの時、義人は後先のことなど考えず、ただ目の前の女の子を助けてあげたくて百合を救った。
その結果義人は国を追い出されたがその事に後悔は無い。
追放の悲しみより百合を助けられた嬉しさの方が何倍も大きい。
百合とずっと一緒にいられる幸せを手に入れた、自分は何も失っていない、ならば今も成すべきは……
エレオの涙声が聞こえる。
「お願いヨシトくん……もう、ケガしないで!!」
「ッッ!」
(いくぞ百合!)
(任せろ義人!)
急降下したエイリーンが地上で急カーブ、地上スレスレのラインを駆け抜け今までの落下エネルギーと全速力を動員し、霊力を聖槍の先端へと集中、義人を貫きにかかる。
「これで終わりよ!!」
義人の傷が一瞬で塞がる。
着物の上に翡翠色の筒袖鎧(とうしゅうがい)と呼ばれる、表面がウロコ状になった甲冑が顕現する。
そして激突。
天馬に乗った戦乙女の全身全霊の突進はもはや人類の感知できるものではなく、音速の数倍に値する速度で義人にぶつかり、そして、受け止められた。
衝撃で足元の敷き石と背後の壁に蜘蛛の巣状のヒビが入るが、それは音速を超えた結果生じた衝撃波の影響で、義人が壁にめり込んだわけでも義人の体を貫いた槍が突き刺さったわけでもない。
「ようエイリーン」
天馬の顔と槍の柄を掴(つか)む義人の顔を見て、エイリーンが戦慄する。
「勝たせてもらうぜ」
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