第15話 勝たせてもらうぜ


 「勝たせてもらうぜ」


 エレオのような鮮血の赤(ブラッディ・レッド)の眼は瞳が縦に割れてまるで蛇のソレ、口からは二本の鋭く長い犬歯が伸びて、うっすらと開いた口から先が二股に分かれた舌が顔を出す。


 蛇、ヘビである。


 知恵の象徴、悪魔の化身、ルシファーの正体、不老にして不死、人類の敵、魔術や神話、伝説、およそ神秘においてこれほど人類と密接に関わる生物もいないだろう。


 悪魔王ルシファーは恐れられ、蛇神ナーガは崇められ、魔術の生贄や使い魔に使われ、およそ全世界の神秘と密接に繋がる生物は、しかしこのヨーロッパでは畏怖の意味が強い。


 本能的な悪寒にエイリーンの背筋が震える。


 だが次の瞬間には蛇の眼に射抜かれて動けなくなり、背筋の震えすら止まってしまう。


「ほらよ!」


 義人のボディブロウが鎧を貫く。


 戦乙女の力で砲弾すら弾く肉体強度を持ったエイリーンが吐血しながら馬上からぶっ飛んで、反対側の壁に激突してから敷き石の上をのたうちまわる。


 主の意志なのか天馬は慌ててエイリーンの元へ駆けつけようとする。


「ヨシトくん」

「ヨッシーすごーい♪」


 背後からの嬉しそうな呼びかけに振り返ると、流石の二人も一瞬顔が強張る。


 女の子には少しショックが強いかと自嘲した。


「怖いか?」


 聞かれて、エレオは一度うつむいてから恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「その眼なんだけどね……わたしとおそろいになったね」


 同じく鮮血の赤(ブラッディ・レッド)の眼差しを交差させてくるエレオに微笑を浮かべてやると、チェリスが続く。


「怖いっていうかむしろカッコイイよ、ヨッシー♪」

「なんだよそのよっしーて?」

「あだ名、さっき考えたの、可愛いでしょ♪」

「お前が気にいったならそう呼んでくれ」




 笑みをかわし合う三人に周囲の観客がブーイングを飛ばしてくるが義人達は気にしない。そして立ち直って馬上に戻ったエイリーンも、その姿を見て額に立てた青筋が切れる。


 自分は世界最強の召喚術大国アヴァリス国公爵家エイリーン・アバルフィール。


 相手はたかだか極東の島国に住む下等な東洋人、そして戦いのさ中、仲良く談笑するのは低俗な下等貴族の娘達。


 有り得ない、下等な存在が高等な存在に牙を剥き、事実勝っている。


 公爵家の令嬢としてのプライドがエイリーンに灼熱の怒りを滾らせて、全身の霊力を聖槍に注ぎ込む。


 槍から迸る白銀の光りは会場を眩く照らし観客を魅了する。


 果たしてこれが入学したばかりの一年生の霊力だろうか?


 彼女なら今すぐにでもアヴァリスが誇る召喚術師部隊の幹部になれるだろう。


 前の演武でD組代表のアヴリルが戦ったキマイラなど、この槍の一撃を受ければ群れで来たとしても全て殺し尽くせるに違い無かった。


 槍を覆う光がさらに膨れ上がり、槍を核とした巨大な光の槍が完成する。


「こんの! 下等生物どもがぁあああああああああ!!」


 馬上から投げられた一投が絶大な霊力を迸らせ、光の矢となり飛んで行く。


 突如飛来する光の矢に義人は気づき振り返る。


 だがそれは義人だけに投げられた物ではない。


 槍の威力、効果範囲を考えれば、ソレは確実に義人と背後のエレオやチェリスを巻き込む物であった。


「あんの野郎」


 エイリーンのやり方に拳を震わせて大刀を構え上段から一気に振り下ろす義人。


 噴き上がる爆炎。

 放たれる熱の波。

 万象一切を灰塵(かいじん)へと帰す地獄の業火が光の聖槍を灰にしても止まらず、エイリーンに襲い掛かる。


 咄嗟に天馬が主を守らんと飛翔するが間に合わず、背中のエイリーンだけは守ったが天馬は胸から下を焼き尽くされてその身を空気中にほつれさせて掻き消える。


 業火の治まったフィールドに着地して、エイリーンの眼が驚愕に揺れる。


 義人とエイリーンを繋ぐ敷き石は溶けて無くなり、巨大なわだちを作り、その周辺の敷き石も溶けてマグマのように赤々と光っている。


 火山の噴火後のように灰が降り注ぐ先に立つ義人の姿に恐怖し、エイリーンが一歩、二歩とあとずさる。


 勝負にならない、圧倒的な力量差に、それでも公爵家のプライドが彼女に敗北宣言だけは認めない。


 もはや他に方法は無いと、まさか入学早々使うハメになるとは思わなかったが仕方が無い、怒りにまかせてエイリーンは声高らかにその名を叫ぶ。


「フォースサモン!!! ヴァルキリー!!!!」

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