第7話 祝賀会



 夕食時の現在、校舎のパーティー会場では盛大な祝賀会が催され、千人以上の人間を楽に収容できる会場には料理が置かれたテーブルがいくつも置かれて、学園中の生徒達が楽しいひと時に浸る。


 そんな中でも、やはり義人、というよりも義人達は一目を引いた。


「ヨシトくん……よく食べるねぇ…………」


 小皿のパンを小さく千切って食べるエレオは、感心したように義人の食事風景に釘付けになった。


「そりゃ食うぜ、こちとら体力勝負の武士だからな」


 次から次へ、テーブルの上の肉料理が無くなり、その間にワインを挟むがその飲み方たるや尋常ではない。


 なんとテーブル中央に置かれたフルーツ盛りを乗せた巨大な杯(さかずき)をみつけるとすぐにフルーツを平らげ、その盃に並んだグラスのワインを片っ端から注ぎ、五〇〇㏄はあろうかという量を一度に飲んでしまうのだ。


 リスのようにほっぺを膨らませて美味しそうにパスタを食べるチェリスが小食に見えてしまうような光景は人目を集める。


 多くの視線の中で義人はこんなモノでは足りないとばかりにテーブルの上のワイン瓶を開け、直接盃の中に中身をブチ撒ける。

 もはやリットル単位のワインが入る盃を左手に、七面鳥の丸焼きを右手に持って、飲みかっ喰らう。


 それでも下品さを伴わないのは、彼が纏う独特の風格が成せる技だ。


 だがそれは不自然だった。


 確かに義人は長身だが柔道体型ではなく、大柄という単語は当てはまらない。


 確かに彼の体は着物で隠れているが筋肉質で、女性しかいないこの学園においては規格外の体格かもしれないが、彼女達とてここに来る前は父親や兄弟と接してきたのだ。


 たかだか男というだけで、それも“風格”などと呼べるモノがあるはずも無い。


 なのに、何故か義人を見ると獅子や竜などの絶対強者が当然の権利として食事をしているようにしか感じない。


「俺から言わせればエレオが食べなさすぎなんだよ、それっぽっちしか食べないでよくそんなに育ったもんだよな」


 エレオが無言で猫背になって身長をゴマかそうとする。


「そういうの禁止、せっかくの祝賀会なんだからもっと楽しくやろうぜ」

「だ、だけど……」


 義人は七面鳥の丸焼きを平らげ、空いた手でエレオと肩を組む。


 そこへちょうどカメラを持ったハイディが現れてカメラを回す。


「ヨシトさん、明日の決闘は余裕ですかー?」

「明日?」

「はい、日時は明日の正午らしくソレを伝えてくるようエイリーンさんに言われました」

「急だなおい」

「そして自分の勝利写真を綺麗に撮るようにも言われました」

「ちぇっ、もう勝った気でいやがる、まぁいいや、とにかく今日は飲むぞ!」


 盃いっぱいのワインを飲み干すと、今度は一緒に置いてあったウォッカで盃を満たした。


 慌ててエレオが止めようとするが、それも間に合わず、義人は盃いっぱいのウォッカを一息で飲みほして熱い息を吐き出す。


「西洋の酒はキツイなぁおい」


 僅かに頬を赤らむ義人はまだ飲む気らしい、すでにまた別の酒瓶に手を付けている。


 その様子を、エレオ達以外の生徒はひたすら冷たい視線で睨み続けた。







「まったく、あの男はどこまでこの学園の品位を下げれば気が住むのかしら!」


 校舎内に用意された大衆浴場に浸かり自分の金髪をいじりながら、エイリーンは義人への不満を取り捲き達に言って聞かせる。


 神話の神や聖獣の彫像が並ぶ格調高い豪奢な作りで、最新の水道管や排水設備を導入したそこは、貴族の娘達でも誰もが満足できる癒しの空間の筈だが、エイリーンの眉間には義人への怒りで深いシワが刻まれる。


「まぁまぁエイリーン様そんなに怒らないで」

「せっかくの美貌が大無しですわ」

「それに決闘は明日」

「学園中の生徒達の目の前で恥をかかせてやれるじゃないですか」

「アンタらが不甲斐ないからでしょ! フォースサモンをただの剣術に破られるなんて召喚術師の恥晒しもいいところだわ!」


 エイリーンの怒喝に、取り巻き達は小さく悲鳴を上げて体を縮こませる。


「どうせインチキでしょうけど、一応は霊力評価がSだし、明日あいつが少しでもアタシにてこずらせたら許してあげるけど、もしもあいつがアタシに瞬殺されるような事があったらアンタら、分かっているでしょうね?」


 凄みを含んだ脅し声に、湯に浸かる取り捲き達の背筋が震えた。


「ん?」


 その時、エイリーンは背後をこそこそと歩く気配に気づいて、その正体を呼び止める。


「待ちなさい!」


 ビクっと、肩を跳ね上げたのは白髪少女のエレオで、その隣にはチェリスもいた。


「な、なんでしょうエイリーンさん……わたしはもう上がるのですが」


 湯船からザブリと上がり、出口へ向かうエレオと向き合うエイリーン、その青い瞳は怒りの炎に燃え、とてもではないが穏便な事が起きる空気ではなかった。


「アンタ、まさかあのクソジャップに勝って欲しいとか思っていないでしょうね?」

「まま、まさかそんな」

「どうかしら、アンタ、アイツと随分仲がいいみたいだけど、アイツがアタシに勝てばアンタら下等貴族の立場が変わるとか変な期待してるんじゃないの?」


「そんな」


「そうだよエイリ! 誰もボク達は義人がエイリをギッタギタのメッタメタに打ちのめして全校生徒の前でアヴァリス公爵家のお嬢様が日本人に負けたらおもしろそうだなーなんて、ぜーんぜん考えてないんだからね!!」


 世界一のバカは言い切ると『ナイスフォローでしょ?』と言わばんばかりのドヤ顔でエレオを見上げる。


 エレオの全細胞が『余計な事を!』と泣き喚く。


「おーっと決闘前から両陣営激突かー!」


 流石に風呂場でカメラは無いが別の浴槽から上がって来たハイディが司会者のような口調で実況をする。


「エイリって、また人の事を勝手に愛称で呼んで……エレオ、チェリス、アンタらねぇ~! 生意気なのよ!」


 エイリーンが、エレオの胸をわしづかみ、握りつぶそうとする。


 たまらずエレオは悲鳴を上げるがチェリスはエイリーンの取り巻き達に手足を押さえられてしまい助ける者は無く、ハイディもあくまで実況に勤める。


 すると、その争いを割るようにして脱衣所のほうから女子生徒達の悲鳴が聞こえてくる。


 一体何事だとエレオの胸から手を離して、エイリーンがエレオ達と一緒に視線を向けると脱衣所へのドアが開き。


「なんだ、お前らも入ってたのか?」


 全裸の義人が入って来た。

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