第37話 主人公無双が止まらない


 四階の講堂の扉を開けると奴はいた。


 階段状の席を見下ろすと一番下のステージの前でしゃがみ、得物の斧を眺めていた。


 レッドキャップという名の通り、血が染み込んだような赤い帽子を被り、枯木のように細くガサガサの体は岩石質で、老人のような顔に刻まれた、切れ込みのような目が怪しく光り、口からは鋭い牙が見えている。


 義人達を見つけるなり気持ち悪いほどに顔を歪めて笑い、口から赤い舌が見える。


 小柄だが手には大きめのバトルアックスを持ち、軽々と片手で持ち上げ両手に構える。


「グゲーゲッゲッゲッゲッゲッ」


 不気味な、狂喜染みた笑い声を上げながらレッドキャップは一気に襲い掛かる。


 重力を感じさせない大跳躍と同時に斧を振りかぶり、


「ハイディ、二人を頼む!」

「はい! サードサモン!」


 グリフォンの翼を顕現させたハイディがエレオとチェリスを抱えて飛び逃げる。


 義人もサイドステップで斧をかわすが一撃で大理石の床が粉々に砕け散って大きく抉れてしまう。


 ランクではエイリーンのヴァルキリーやアヴリルのイフリートには及ばないが、逆に言えばあの二人の持ち霊とワンランクしか違わないのだ。


 しかもあの二人はあくまで召喚術師、幻想種の力の一端を借りたり、本体をほんの僅かな時間、一撃分だけ召喚するにすぎない。


 だが今回は違う。


 戦っているのはレッドキャップを持ち霊にした召喚術師ではなく、紛れも無くBランク幻想種本体。


 人間が敵うべくも無き超高位種族、妖精の中でも随一の凶悪さと狂暴さを持つ最凶の敵だ。


 着地と同時に振るわれた横薙ぎの一撃は空ぶるが衝撃で講堂のイスと机を一〇以上も吹っ飛ばした。


「エレオとチェリスは安全な場所に――」


 講堂の隅で机を盾に籠城(ろうじょう)するチェリス……


「うん、もういいや、とにかくハイディはエレオとチェリスを守りつつサポート頼む」

「了解です!」


 とは言ってもハイディが割り込める様子は無い。


 オロチの力を持つ義人と最凶の妖精レッドキャップの戦いは召喚術師の目から見ても凄まじかった。


 音速に近い斬撃をかわし合い、レッドキャップの一撃一撃で講堂に深い爪痕を残す。


 逆に敵の攻撃を受け流し、弾き、けん制する義人の刀は講堂をそれほど傷つけなかった。


 というよりも自分達の宿なのだからあまりこの城を壊したくないというのが本音だ。


(何故わしの力を使わん? わしならこんな雑魚一撃じゃぞ)

(それはあくまで百合の力であって俺の力じゃないしな)

(また面倒な事ばかり考えおって、しかしどうする? いくらわしの影響で肉体が強くなろうとさすがにこいつに勝つのは難しいぞ)


 レッドキャップは最高位の一歩手前、ヴァルキリーやイフリートとワンランクしか差の無い相手、その力は一個大隊を以ってしても倒す事は不可能、いくら義人が生まれつき霊力が高かろうが、オロチの影響で化物になろうと、未だ発展途上のその体で勝てるのはせいぜいCランクの幻想種までだろう。


 当然一個人が召喚術を使わずにCランク幻想種に勝てる時点でまさしく人外だが、とにもかくにもレッドキャップ相手では厳しい。


(みんなのボーナスがかかっている事だしな)


 義人は刀を鞘に収め、その手に蛇腹剣を具現化させる。


 召喚術師達で言うところのセカンドサモンに当たる状態にさえなればこちらのモノ。


 百合の力を借りて身体能力はさらに上がり武器もムチ状になる能力を備えたオロチの蛇腹剣、ヒヒイロノカネで出来た名刀三日月の連夜の攻撃力は確かだが、蛇腹剣が持つ特性は強力だ。


 一瞬でムチ状へと変えると、義人は刃に火炎をまとわせ操る。


 炎の刃が数珠つなぎに襲い掛かり、レッドキャップも動揺する。


 圧倒的なリーチで遠くからでも絶え間なく攻撃を続け、レッドキャップを近づけさせない。


 戦いは義人優勢で進み、ついに蛇腹剣がレッドキャップの体に巻き突き、刃を食いこませながらその身を焼いていく。


「頼んだ!!」


 レッドキャップをコマ回しのように遥か高い天井へと投げ上げ、体ごと回転しレッドキャップは悲鳴を上げる。


 そこへチェリスの弓矢がわき腹を抉り、ハイディの真空の刃が背中を斬り付け血を流す。


「わたしも!」


 エレオも飛び上がり、死神の鎌で直接斬りつけようとするが行動に移るのが遅かった。


 空中で体勢を立て直したレッドキャップはすばやくエレオのデスサイズを斧で受け止める。


「あっ……」


 エレオの白い顔が青ざめ、目に恐怖が映るが、


「よくやったエレオ!」


 レッドキャップの斧がエレオの鎌に食らいついている間に義人も跳んで、その背後を取っていた。


 何も持たない左の拳を固め、弓を引くように後ろへ大きく拳を下げる。


 こうした突きは予備動作が大きくテレフォンパンチと呼ばれ、威力はあるが遅く実用的ではないが、それは人間での話。


 蛇は締めつけで生き物のを骨をへし折る怪力が特徴だが、刹那の内に敵に襲い掛かるスピードも蛇の象徴的な武器である。


 他の追随を許さぬ圧倒的な怪力と瞬発力を両立させる筋肉が爆発、義人の曲ったヒジと肩が、蛇腹状から獲物に襲い掛かる蛇のように真っ直ぐ伸びて拳を放つ。


 慌てて義人へ振り向いてももう遅い。


 義人の剛腕から打ち出された超音速の拳が生み出した威力はレッドキャップのアバラ骨を粉々に砕きながら内臓を潰しても治まらず、弾丸のように吹っ飛んだ矮躯(わいく)は講堂の壁を突き破って外へ放り出される。


「燃え尽きろ!」


 両手首を縦に合わせて蛇の頭に見立て、壁に空いた巨大な風穴から超ド級の火炎をブチかまそうと狙い。



「フォースサモン! 放てスカイドラゴン!」



 風穴から見える外が炎の壁で覆われて、その中でレッドキャップの影が消滅した。


 やがて、風穴からスカイドラゴンの背に乗ったレイラが姿を現し、義人達を見下ろす。


「私の勝ちだな」


 なんという横取りだろう。


 レイラからすればターゲットであるレッドキャップが壁を突き破り飛び出してきたからドラゴンブレスで殺した。


 ただそれだけなのかもしれないが、義人達は納得できない。


 そして当然のようにボーナスはレイラの一人占め、レイラ曰く。


「貴様らと共闘した覚えはない」


 らしい。


 なんというわがままプリンセス。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る