第27話 ショッピング

それは、義人が生徒会に連行された日の夜に起こった。


「へ? シルフ杯の後ってダンスパーティーやるのか?」

「ヨシトくんワルツとか踊れる?」

「敦盛(あつもり)なら歌って踊れるぞ」

「じゃ、じゃあわたしが教えてあげるね」

「それも大事だけどヨッシー衣装は?」

「俺がいつも着てる着物は正装用だぞ」

「チェリスちゃん」

「エレオちゃん」

「「買いに行こう……」」


 こうして今週の土曜日は街へ出かける事になった。





 月曜の夜から金曜の夜までみっちりとダンスレッスンをした義人は土曜の昼頃、校舎の外に広がる学園街を目指しバス停へ来ていた。


 蒸気バスに揺られる事一五分、広すぎる校舎の敷地を抜けて中世時代の街並みを色濃く残すアカデミーの学園街へ出て、さらに一〇分程乗ってからバス停で降りる。


「やっぱいつ見てもすっげー!」

「付いたよ学園がーい!!」


 義人と一緒にチェリスもテンションマックスで叫ぶ。


「なんつうか西洋の家って洒落てんのな、日本家屋は落ち着き合っていいけど俺はこういうのもかっこよくて好きだなー」

「じゃあ遊ぶよ騒ぐよ飲むよ食べるよだって街だもの!!」

「二人とももっと静かにしようよ」


 唯一の常識人? であるエレオが冷静に二人を止めようとするがそんな事で止まるようなら苦労は無い。


「じゃあお腹も空いて来たしあそこのピザハウスへGOだ!」

「よし行くぞチェリス!」


 そのまま信号無視で道路を横断し、向かいの歩道へと走り去る二人。


 エレオは息を切らせながら信号機を探すハメになる。


「うぅ、ふたりともまってよ~」





 義人は知らない事だが、当然このピザハウスも庶民のソレとは大きく逸脱していた。


 広い店内は大理石の床に白いテーブルクロスで覆われた丸いテーブルがいくつも置かれ、小さなステージの上ではピアノとバイオリン奏者によるクラシックが演奏されている。


 さらにはそこかしこにメイドが居並び、客がベルを鳴らすと静かに、だが素早く駆けつけて迅速に対応している。


 教育の行き届いているメイド達は男で着物姿の義人を見て嫌そうな顔をしたり、ヒソヒソ話などはしないが、目の奥に隠した蔑む色だけは隠せていなかった。


 きっと義人一人ならば穏便に入店拒否だったことだろう。


「三名様でよろしいですか?」


 とチェリスに聞いて「うん三人♪」と返されメイドは頭を下げる。


 左右からエレオとチェリスに挟まれ、まるで二人のレディをエスコートする紳士のような空気を演出して三人はテーブルについてメニューの一覧表を手に取った。


 それでも周囲の客の視線がどうしても集まって、ヒソヒソ話が聞こえて来る。


 するとメイドが近づいたところで、


「お嬢様方、ご注文をお決まりでしょうか?」


 エレオがタイミングを見計り、口を開いた。


「悩みますね、それで、ヨシト・サギサワ伯爵は決まりましたか?」


 大きめの声で急にそんな事を言った。


 義人は朝廷から正三位の地位を貰っているので三等貴族である伯爵並の地位にいるのは事実だが、これは明らかに周囲への示威(しい)行為である。


「う~ん迷うな」

「そうですよね、ですが伯爵、残念ながらヨーロッパは日本と違って金(きん)が乏しく金箔入りのピザは無いんですよ、食器も銀食器ですが我慢してくださいね」


 意図が分かってチェリスも以前義人から聞いた日本の話を思い出しながら乗っかる。


「ところでヨシト伯爵はいつもはどのようなお酒を? メニュー表によると三〇年物のワインならご用意できますが」


 三〇年物という単語から年代物は何年物を飲んでいるかという意味かと思ったのだろう。


「それだと基本一〇〇年物(仙人or神様・作)とかだけど、てかメニューだけど名前見ても良くわからないな、エレオ選んでくれよ」

「そんな、伯爵の舌に私のような下級貴族の好みが合うかどうか」

「じゃあこれで」


 てきとうに指差したメニューを見てまたエレオがやや大きな声でわざとらしく、


「さすが伯爵お目が高い、では私もソレを」

「じゃあボクもソレを、やっぱり伯爵と同じ物を頂きたいので」

「かしこまりました」


 そしてここでトドメの一発。


「じゃあこれ、少ないけど」

「ボクも」


 注文のメモを取るメイドへ、エレオとチェリスがチップとして何枚か紙幣を渡す。


「そういえばチップっての払うんだっけか? えーっと金(かね)、金(かね)」


 ふところを漁ってから何かをつかみ、義人が出したのは。


「ほい」


 小判だった。


 その輝き、大きさに教育が行き届いている筈のメイドの目の色が変わり、周囲のテーブルからガタリと音がする。


 全てエレオの計算通りだ。


「あれ? 砂金の方が良かったか?」


 続いてふところから手に収まるくらいの袋を取り出し、口のヒモを解き開けると中には大粒の砂金がパンパンに入っている。


 メイドの顔が引きつり、他のメイド達も仕事を忘れて魅入り、貴族である他のテーブルの生徒までが釘付けだった。

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