第28話 黄金の国ジパングふたたび


 無論貴族の娘である彼女達にとって金(きん)など珍しくないが、それでも金が高価な貴金属であるという認識はあるし、店で物を紙幣ではなく、札束の価値がある金の塊をポンと出してしまう神経はさすがに理解できなかったのだろう。


 それに、厳密に言えば貴族だからと言って本当のお金持ちとは限らない。


 例えば男爵家や子爵家など爵位の低い貴族の場合は一見優雅に見えて、実はパーティーを開く費用、招かれたパーティー会場へ行く旅行費、使用人の給料や広い屋敷の維持管理費や格上の貴族への贈り物費など、貴族として対面を保つ為の費用がかさんで、本当に自分の自由に使えるお金はほとんど無い家もある。


 当然、対面を保つため、お金に困っているなどは誰も表には出さないが、この店内にもそういう家の娘はいるだろう。


 貴族では無く、有力商人や聖職者の娘や身分は低いがたまたま才能に恵まれ特待生として入学した生徒に至っては完全に淑女として表情がアウトだ。


「何だよその顔!? まさか金貨も砂金も駄目なのか!? 買い物っていつも金でしてるから紙幣部屋に忘れてきちまったんだよなー、宝石は……贈り物用だからチップとして払えるの持ってきてないしなー」


 初めて出た単語にエレオとチェリスが頭に疑問符を浮かべる。


「「宝石?」」

「ああ水晶とか紫水晶とかばら輝石とかな」


 言って、義人が数個取りだしテーブルに雑に置いたのは美しくカットされ磨き上げられた水晶と……“アメジスト”と“パイロクスマンガン”であった。


 店内に衝撃が走る。


 爵位に関係なく、なまじ貴族で宝石を何度も見ているからこそ分かる。


 これは超一級品だ。


 宝石とは種類が同じでも品質には雲泥の差がつく。


 同じ宝石でも出土した時の品質の違いで値段は何倍も差がつくものだが、特に水晶とパイロクスマンガンは彼女達の常識を超えるほどの品質だった。


 水晶の透明度、濁りの無さはさることながら、赤紫色のパイロクスマンガンの放つ輝きは伝承に伝わる賢者の石を連想させてしまう。


「あと虹柘榴石(にじざくろいし)もいくつか」


 皆には宝石名が日本語なのでなんの事を言っているのか理解できないが、もはや恥も外聞も無く、店内の全員が義人達のテーブルの周りを囲み、食い入るようにして覗きこんでいる。


 果たして義人のふところから今度は何が飛び出すのか、貴族の娘から使用人までが見守る中、義人は虹色に光る石を取りだした。


 それは不思議な石だった。


 サイコロをいくつも融合させたような多面体で直角の角で埋め尽くされた表面は他の宝石とは一線を画していながら、その何十という面、一つ一つが違う色に輝き、一面で二色や三色、七色を放っている面があって、見る角度を少し変えるだけで全ての面の配色がガラリと変わる。


 神の宝石、そんな印象を受けるソレを見て全員が吐血した。


 実際にはしていないがそれぐらいのインパクトに襲われたのだ。


 全員の魂がぶっ飛んで、立ったまま茫然として気絶しかけて空いた口が塞がらず、チーンという鐘の音が相応しい光景だった。


 “レインボーガーネット”世界最希少宝石の一つでメキシコでのみ僅かに発見され、オークションにかけられヨーロッパでも王族や一部の博物館でしか所有していない逸品である。


 しかも、義人の取りだしたソレは博物館で見たモノより大きさも輝きも明らかに上であった。


「ヨ……ヨシトくん、そ、それどうしたの?」


 震えながらレインボーガーネットを指差すエレオに義人は軽い口調で、


「もらった、なんか大和って地域の、つってもわかんないか、とにかくそこに鉱脈があって掘ったらこれ出て来るんだよ。

水晶系とかばら輝石とかただの柘榴石(ざくろいし)はたくさん出てくるけど虹柘榴石ってあんま出無いんだよな、俺もおもしろそうだったから試しに掘ってみたけど柘榴石ばっかゴロゴロ出て質のいい虹柘榴石見つけるのに半日かかったぜ……お前らどうしたんだ? さっきから顔がおもしろくなっているぞ?」


 しばらく全員が石化事件に巻き込まれたように石化して、ようやくエレオとチェリスが生身に戻る。


「だ、駄目ですよ伯爵、日本と違ってヨーロッパの支払いは紙幣ですから」

「そうだよ伯爵、ほらほら早くこれ仕舞って、伯爵のチップはボクが払っておきますから」

「ん、そうか? 悪いな」


 金や宝石をふところに仕舞うと周囲の生徒達はフラフラになりながら席に戻り、エレオの機転によりいくら女の園に紛れ込んだ男と言えど、いくら下等な日本人と言えど、圧倒的過ぎる幻の財宝大国ジパングから留学してきた伯爵様にメイドは恭しく跪(ひざま)き、


「お待ちください伯爵様、今すぐ料理をお持ち致します」


 手の平を返したような対応だった。


 どうあっても、やはり人間とはお金に弱いらしい。


 現に捕鯨許可や貿易、燃料や食糧補給の中継地点としての利用という経済的利益の為に日本人を受け入れている事からも分かるが、金の力とは伝統の上をいくのである。


 この状況が理解できていないのは義人一人だけだ。






 それは、義人が生徒会に連行された日の夜に起こった。

「へ? シルフ杯の後ってダンスパーティーやるのか?」

「ヨシトくんワルツとか踊れる?」

「敦(あつ)盛(もり)なら歌って踊れるぞ」

「じゃ、じゃあわたしが教えてあげるね」

「それも大事だけどヨッシー衣装は?」

「俺がいつも着てる着物は正装用だぞ」

「チェリスちゃん」

「エレオちゃん」

「「買いに行こう……」」

 こうして今週の土曜日は街へ出かける事になった。


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