第30話 VSイフリート
街の闘技場は校舎の物よりも広いが、フィールドが四分の一ずつ線で仕切られていて、他の三か所では別の生徒が反転結界を張って模擬戦をしている。
義人のいる仕切りの外ではこの闘技場の係員である決闘預かり役三人が反転結界を張る。
他のフィールドは一人だが、持ち霊がAランクならば三重、Bランクならば二重に結界を張る決まりらしい。
結界のすぐ外からエレオが義人を呼ぶ。
「あのねヨシトくん、さっきの話なんだけど……ヨシトくん受けるの?」
「どうかなー、確かにアヴリルはいい女だけど俺まだアヴリルの事よく知らないし、男女のお付き合いはやっぱまずお互いの事をよく知らないとな」
「だ、だよね」
不安が消し飛びホッとした顔で胸を撫で下ろすエレオ。
意味が分からず義人は首を傾げるがすぐにアヴリルの声で引き戻される。
「おらそこイチャつくなや! ダーリンはさっさとウチと向き合いぃ!」
「はいはいっと」
結界内で向かい合い、義人は刀に手をかける。
「いきなり行くでーイフリートォー! サードサモン!」
大胆に露出した腕や背中、そしてスカートのスリットから炎を噴き上がり、アヴリルの足元が炎に満たされて体が闘技場の敷き石から少し浮かんだ。
「イ、イフリート!?」
「そういえばエレオちゃん知らなかったっけ?」
応援陣の反応に義人も気付く。
「なんだそれ強いのか?」
「精霊の中じゃ文句無しの最強、有名な炎の魔神だよ、炎でできた体の大きさは自由自在で物理攻撃は効かないし、その炎は大地を焼き天を焦がしてこの世の全てを焼き尽くすって言われてるよ。
もちろん評価はAランク、だけど単純な力はエイリーンのヴァルキリーよりも上、超がつくほどの攻撃型でドラゴンに対抗できるって聞いてる」
「さーすがチェリス、よく分かっとるやないか、せや、ウチは最強や、せやから今の今までウチに敵う奴なんかおらんかった、ウチは強い男が好きやのに国一番の剣士や魔術師を自称するどの男もウチの前じゃ赤子同然。
つうわけでヨシト! ウチを満足させたってやー!!」
ドレスから噴き上がる炎がその勢いと熱量を増させて、アヴリルの手の平にも巨大な爆炎が球体を成す。
「噴火(エルプシオン)!」
人より巨大な火球が次から次へと放たれ、義人へ向かって突き進む。
その熱量は岩すら溶かしそうだ。
「喰らうかよ!」
一瞬で蛇腹剣を具現化、横へ薙ぐと足元から炎の波が噴き上がりアヴリルの火球を飲み込み食い尽くした。
「これや! ウチはこれがしたかったんや!」
炎の軌跡を残しながら上空へ飛び、空からアヴリルは叫ぶ。
「溶岩雨(ラバ・リウビア)!」
空から降り注ぐ数千度の雨、溶岩の一雫でも触れるわけにはいかない。
「全部叩き落とす!」
蛇腹剣をムチ状にして、義人が操ると刃と鎖が縦横無尽に暴れ狂い、溶岩を弾く。
義人の周囲の敷き石はみるみる黒く焼け焦げて、義人の足元だけが綺麗なままだ。
「炎隕石(リアマ・メテオリト)!」
アヴリルの全身が炎上、そのまま言葉の通り、隕石が如く高速落下して義人へ突っ込んでくる。
全身を武器にした突貫攻撃の威力は想像するに恐ろしいが義人は落ち着いて対処する。
「百合、ウロコ借りるぞ」
言った途端、義人の左手に蛇のウロコ模様の縦が出現、そのまま盾で殴り上げるようにしてアヴリルを迎え討った。
衝突のインパクトで一瞬腕が押し下げられたが、すぐにまた押し返す。
「ウ、ウチの必殺技を片手で!? どうなっとんねん!?」
「お前さ、この世で一番力持ちな動物ってなんだと思う?」
「なんや謎かけか? そんなん象、いや、体重が同じなら闘牛の雄牛に決まっとるわ、こんなふうにな!! おうし座彗星(タウロ・コメタ)!!」
アヴリルを包む炎が雄(お)牛(うし)の形を成して突撃力がさらに上がる。
しかし義人は鼻で笑い、蛇腹剣を体に巻き突かせると、空いた右手も使い両手で支える。
「答えはな……」
「大蛇だ」
盾をわざと消して、突っ込んできたアヴリルと手を合わせて組み合う。
頭上から体重をかけ、さらに炎でこちらを焼き焦がすアヴリルが有利に見えるが、義人は手の平を火傷しながらアヴリルを敷き石に叩きつけて素早く蛇腹剣を手に取る。
「まっず!」
跳ね起きて跳び退き義人との距離を測る。
その時、義人の目が紅い蛇の目になっている事に気づくと、アヴリルはさらに全身の炎を猛らせて身を震わせた。
「やっぱ凄いわアンタ、さすがウチが見込んだ男や! ウチをここまで燃え上がらせるなんて! 燃え上がらせるなんて! 喰らいや、情熱のぉー! 炎の嵐(リアマ・トルメンタ)!!!」
それは至極単純な攻撃だった。
義人へ向かって、視界を覆うほど巨大な、嵐のような炎が襲い掛かってくるのだ。
ただ高温で巨大な炎をぶつけるだけ、故に逃げ道はなく、触れた瞬間灰にされてしまうだろう。
対して、今や蛇の牙すら持つ義人は両手首を縦に合わせて蛇の口に見立てると、手の平から地獄の業火を噴き出した。
巨大な爆炎と爆炎の激突の衝撃と熱に一枚目の結界がひび割れ、決闘預かり役の人が全力で結界を張り直し続けて、結界は崩壊と再生を繰り返す。
「嵐が駄目ならこれでどうや? 炎の大嵐(リアマ・テンペスター)!!」
アヴリルの炎が倍化、一枚目の結界が完全に崩壊して、二枚目の結界もヒビだらけだ。
義人の炎を侵食し、イフリートの炎がすぐ目の前まで迫る。
(これは凄い炎じゃな、ところで義人、あの娘はお主の強いところが見たいわけじゃが?)
(まぁ、一本の半分ならバレないか)
「アヴリル! 上に飛んでかわせ!」
「へ?」
その瞬間、周囲の者の目には義人の背後に、家屋よりも巨大な蛇の頭が見えたような気がした。
あくまでイメージ、幻、そんな気がするというレベルだが、その蛇が口を広げ、吠えた。
ジシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
ソレは炎などと呼べるシロモノではなかった。
破壊光線、この呼び名が正しいだろう。
全てを蒸発させてしまう超高熱の奔流が、炎の魔神の力を消し飛ばしてアヴリルに襲い掛かる。
義人にあらかじめ予告されていたからか、驚き体が硬直してしまったアヴリルはすぐに我を取り戻した。
足元を爆発させ、死に物狂いで弾丸のように飛び上がりるアヴリル。
大蛇の咆哮は魔神の炎でも止まらず、フィールドを抉り、結界三枚を貫き、コロシアムの壁を蒸発させ、周囲のレンガをドロドロに溶かしてようやく消えた。
エレオとチェリスは当然として、客席の客も、係りの決闘預かり役も、他のフィールドで試合をする生徒も、誰もが石像となり空いた口が塞がらなかった。
超常の力を持つ召喚術師同士の戦闘行為は危険過ぎて、周囲に被害が及ばないように内向きに効力を発揮する反転結界を使い、それでも抑えられないBランク、Aランクの強力な召喚術師の戦いでは二重、三重の結界を張る。
それでも、Aランク召喚術師が本気になれば貫けるだろうが、ここまで完膚なきまでに破壊し、コロシアムの壁に穴まで空けるというのは規格外過ぎた。
上空へ逃げたアヴリルも、眼下に見えるフィールドの傷跡に顔面がひきつって、喉が硬直してしまう。
空中で腰を抜かすアヴリルが今、地上に立ったならば体を支えられず尻餅(しりもち)をついているだろう。
そして試合は終わる……
「大蛇百合(ゆり)よ……その毒牙を示せ!」
剣の状態にした蛇腹剣を手に飛翔し迫る義人へ咄嗟の反応ができず、アヴリルは交差際に成す術(すべ)もなく斬られ、そして自分の体が無傷である事に気付く。
「? 今、斬らへんかったか?」
同じく空に立つ義人は武人の顔を緩めて、朗らかに笑った。
「今のこいつは蛇腹剣じゃなくて毒牙、今お前の体には毒を撃ち込ませてもらったよ」
「毒!? いやや、うちまだ死にとうな……い……」
とろん、とまぶたが落ちて、アヴリルの体は落下。
それを義人が優しくお姫様抱っこで受け止めて、滑るようにして降りた。
これで義人はC組とD組、二つのクラスのクラス代表に圧勝した事になる。
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