第41話 閉じ込められた学生たち
「本土とはまだ連絡がつかないのか?」
「この嵐では電波が届きません、波も高く船は出せませんし、生徒達の力量では長距離飛行や遠泳は難しいので、治まるまではこの島に缶詰です」
国民の多くが学生で学生の自主性を特別に重んじる独立学園国家という性格のため、今回のシルフ杯には教員がいない。
代わりに上級生の風紀委員がこのように実行委員として参加しているが、それが仇となったようだ。
「やれやれ」
私室でレイラは風紀委員アイナードの返答に嘆息を漏らし、窓の外へと視線を投げる。
「私のスカイドラゴンならこの嵐でも飛べるが」
この雨の中、ズブ濡れになってまで行くことも無いだろうと首を横に振った。
「この嵐がやむのを待つか、それであの東洋人はどうしてる?」
学年はアイナードの方が上だが、王族であるレイラはあくまで格上として喋る。
「はい、地下の独房に閉じ込めています。本人はあくまで犯行を否定していますが、本土で彼の持ち霊について詳しい調査をすれば真実が分かるでしょう」
話を聞きながら、レイラはグラスにワインを注ぎ一口飲む。
「うむ、そうすればあのクズも退学に――」
「た、大変です!」
「なんだ騒々しい!」
ノックもせず部屋に飛び込んできた生徒に、風紀委員のアイナードが怒鳴る。
「す、すみません! でもみんなが、みんなが! えーっと、えーっと…………」
「「?」」
学年代表のレイラと風紀委員のアイナードが顔を見合わせる中、生徒は息を大きく吸いこんで、
「石になっています!!」
「なん……だと?」
絶句するアイナードの横で、レイラの落としたグラスが割れた。
「ッッ…………!?」
「……………………」
義人とエレオの唇が離れる。
エレオは両手を離し、強引に引き寄せた義人の頭を解放する。
「エレオ……えっと……」
突然の出来事にどうしていいか義人が悩むと、エレオは恥ずかしそうに目を逸らしながら口に指をあてる。
「わたしね……こんな髪と目だから、子供のころから化物って言われてたんだよね、目が怖いって、子供のくせに年寄りみたいな髪で変だって、でもね」
義人と視線を交わらせて、エレオは自分の胸に手を当てた。
「ヨシトくんの目が赤くなった時、ちょっと嬉しかったんだよ、わたしと、お揃いだから」
幸せそうにはにかむエレオに心臓が高鳴る。
「そ、それじゃ」
背を向けて走り出すエレオの背を追いかけたくなってしまう、そんな時に百合が息をついた。
「良い娘じゃのぉ」
イスにどっかりと座り、雨の降る外を眺めながら百合は感傷に浸る。
「前にも言うた通り、お主が人との間に成す子は純潔の人間じゃぞ」
「ここを出れば俺は高天ヶ原(たかまがはら)に行く身だ、あの子は連れて行けない」
「あの娘ならくっついてきそうなもんじゃが、それとも大切な人を作るのが怖いか?」
不老不死の義人は少し黙ってから、被りを振った。
「いや、大切な人ならもう日本にいくらでもいる。今更寿命の違いをとやかく言う気はないさ、むしろ俺が大切な人達を悲しませずに済む、なら俺の不老不死も悪くない」
悟りを開いたような顔に百合も黙ってしまい、独房には雨の音しかしない。
その静寂を破ったのは義人だった。
「それで百合、結局事件の犯人、あの影は誰なんだろうな? 人の影だったし召喚術師か?」
「そうじゃの、しかしあれからは人の匂いがしなかった。見た者を石に変えるならバジリスクかコカトリス、あれはそれほど強い存在ではないが人型になれる者がいないとも言い切れん……じゃがもしかするとあやつは……!?」
「あいつか!?」
霧の中で感じた気配に、二人は同時に顔を上げた。
「G組! I組全滅!」
「敵は三階へ向かっているようです!」
「くそ! 何がどうなっている!?」
現在、レイラ達は二度目の城狩りを行っていた。
各クラス代表がチームリーダーとなり、各クラスが一丸となって犯人を捕らえようと城を捜索する。
レイラ自身も自らが所属するA組を率いるが目にするのは全員石となった他のクラスの生徒達、そして耳にするのは伝播係りの全滅の報告。
「バジリスクやコカトリス如きにこんな真似が、まさか複数犯、だが義人と石化した生徒以外に欠員がいない……外部犯か…………」
その時、天井から響く爆音が耳をつんざいた。
急いで階段を上り、熱気に包まれた三階のダンスホールへ行くと、そこにはまた石となった生徒達。
焼け焦げた天井と壁、そして熱気に顔をしかめながらレイラは彼女の姿を発見した。
「アヴリル!?」
立ち並ぶ石像の中、血まみれになったアヴリルの姿に思わずレイラの声が上がる。
D組のクラス代表アヴリル・アルファーロ。
スペイン公爵家の娘で、精霊王オベロンという例外を除けば最強の精霊である炎の魔神イフリートを有する大型新人である。
単純な力比べなら、おそらく自身のスカイドラゴンに拮抗しうる学年唯一の存在であろう。
それほどの生徒が負けるとなれば、相手はどれほど強大なのか、犯人はおそらく大人の、プロの召喚術師で、それも超一流に違い無い。
戦いの天才たるレイラは気を引き締め、すぐアヴリルに回復呪文をかけるよう命令を飛ばす。
「が……学年、代表…………」
「大丈夫かアブリル!? 待っていろ、すぐに治療をする!」
「アカン、みんな逃げてぇ……あの蛇遊んどる……あんなん、ウチらが敵うわけ」
「蛇!? まさかヨシトか!? ヨシトが脱獄したのか!?」
喋らせない方がいいと分かっていても、思わず問い質(ただ)してしまう、回復呪文を使える生徒がアヴリルの治療に当たるが、アヴリルの意識はハッキリとせず、うつろな眼差しは焦点が合っていない。
「キサマは強いノカ?」
そこへ、地の底からすすり上がるような、不気味な声が挿し込む。
全員が振り返ると、石像の奥から一人の影が近づいてくる。
その姿に、誰もが悲鳴を上げて、手で眼を覆った。
「魔眼は使ワンサ、もう飽きたからな、ここからはキサマらを絶望の淵に落トシテ、それから石にシテヤロウ」
「そ、そんなまさか……だが貴様は退治された筈だ! 何故ここに……まさか!?」
答えに行きついたレイラが驚愕にアゴを震わせた。
ソレは不気味に笑う。
「妹が世話にナッタナ、ニンゲン共よ」
「ぐっ……」
「キサマらにチャンスをやろう、ワタシは魔眼を使わないデヤル、お得意の召喚術とやらでワタシを倒せ」
最大の武器である魔眼を使わない、それはこれ以上ないハンデだ。
だがそれは魔眼を使わずとも勝てるという自信の表れでもある。
それほどまでに圧倒的に強さを持つ敵に勝てるのか、一度そう自問して、レイラは弱気な自分をすぐに塗り替える。
「ならばその油断を命取りとしてくれる!」
しかしクラスメイト達は恐怖で足がすくみ、腰を抜かして座り込んでしまう者や、逆に足が硬直しすぎて倒れる事すらできない者ばかり、生徒の中で戦意を保つのはレイラ一人しかいない。
「セカンドサモン!!」
その手にロングソードを具現化させ、レイラは床を斬り付け、その音で生徒達がハッとする。
「うろたえるな! 奴は今自ら最大の好機を失った。遠慮はいらん、全員で行くぞ!!」
レイラの勇壮な声に生徒達は自らを奮い立たせる。
自分達には学年代表、最強のモンスター、ドラゴンを有するレイラ・アヴァリスがいると、そう鼓舞して一斉に叫んだ。
『フォースサモン!!』
モンスターが、精霊が妖精が魔獣が聖獣が、ありとあらゆる幻想種数十体が一斉に召喚されてソレに襲い掛かる。
だが……
「ザコが」
鋼の爪を横に一振りすると、それだけで巨人のカギヅメが通りぬけたように召喚獣達が引き裂かれた。
バラバラになり、床に落ちながら雲散霧消していく自分達の最終兵器(リーサルウエポン)にして最大の誇り(プライド)を滅ぼされ、今度こそレイラを除いた全員がその場に座り込んで死の予感に震えた。
ソレが徐々に近づき、A組の生徒達は泣き叫び、失神する者や必死に神に祈る者、失禁しながら這って逃げる者すら少なくない。
「いいだろう! ならばこのアヴァリス王国第三王女、レイラ・アヴァリスが相手になってやろう! 魔眼を使わない事を後悔させてくれるわ!」
スカイドラゴンの力を武器化したロングソードを正眼に構え、レイラは滾る闘士を込めて告げる。
「覚悟しろ、これから貴様が戦うのは未来の召喚王、我が召喚術の真髄を見るがいい!」
「フォースサモン!! ――ドラグーンモード――」
全身を包む光は形を成す前にレイラを連れて壁を突き破って嵐の外へと躍り出る。
レイラを追ってソレも羽ばたき外へ出る。
逞しい手足に長い尾、力強い翼と鋭い牙とツノ、伝説の金属ミスリルにも匹敵する頑丈な青いウロコに覆われた雄大なスカイドラゴンは、地上二〇メートルの高さに浮かび、その背にはドラゴンを模した鎧と長大な槍を持つレイラの姿があった。
その姿は、さしもの敵も雑魚と一蹴する事はない。
「さあ来い、龍騎士レイラがその首貰い受ける!!」
「ハハハハハハ!! オモシロイ!!」
「参る!!」
笑いながら襲い掛かる敵へレイラも飛びかかり、槍を突き出した。
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