第40話 独房


 あれから三時間後、義人は城の地下独房の中にいた。


 鷺澤義人犯人説はまたたくまに広がり、義人を快く思っていない生徒達は『やっぱりそうか、ずっとそうだと思っていた』と口々に言って、さらにシルフ杯を大無しにした事の責任追及が必要だと騒いだ。


 義人が犯人と決め付けられている現状で、退学は免れないだろう。


「ふぅ……」


 地下とは言っても、天井近くに外へ通じる窓がある。


 当然、鉄格子つきだが。


 窓の外は豪雨、静かな筈の独房は滝のような音でうるさくてしょうがない。


「まっ、あの状況じゃ疑われてもしょうがないよな」


 諦めたような口調で、義人はイスに座り、壁を眺めた。


 腕には召喚術の力を抑える魔法の手錠、オマケに召喚術師用に作られた頑丈な独房を無理矢理突破すれば、たちまち全世界に指名手配されるから真犯人を探しにもいけない。


 ようするに、八方ふさがりだ。


 そこへ、一人の生徒が訪ねてきた。


「ヨシトくん」

「エレオ?」


 牢屋の外に立っていたのは、紛れも無くエレオである。


 ただでさえ儚げな空気をまとう彼女だが、今はいつにもまして寂しげな感じがする。


「チェリス達は?」

「ヨシトくんの友達だからって、今取り調べ中、わたしが最初に調べられたから、さっき終わって……」


 独房とは言ってもここは刑務所ではない。


 ここへ通じるドアの前の見張りも風紀委員だが同じ生徒、頼めば入れてくれるだろう。


「ヨシトくん……ヨシトくんは、犯人じゃないんだよね?」

「当たり前だろ」

「その、風紀委員の人から聞いたんだけど、じゃあなんでヨシトくんは平気だったの?」


 当然の質問に、義人は観念したような表情で息を吐き出した。


 どうせこのままでは退学だ、なら、ここで出来た数少ない友達には嘘をつくのはやめようと、ずっと喉の奥につかえていたものを吐き出した。


「俺が強過ぎるからさ」

「強過ぎる?」


 エレオは小首を傾げる。


「俺がエイリーンやアヴリル倒すの見ただろ? あれでも俺は本気の半分も出しちゃいな

い、俺の持ち霊の、ヤマタノオロチはそれほど強力な幻想種なんだ」


「ヤマタノオロチ?」


 ようやく告げられた義人の持ち霊の名に、またもエレオは聞き返す。


「日本最強の怪物だよ、俺はそいつと契約、はしないで融合したんだ」


(百合、もういいぞ)

(……うむ)


 義人から溢れだす翡翠色の輝きが人の形を成して喋り出す。


「わしがオロチじゃ」


 説得力を持たせる為に成年体の姿で現れる。


「!? お、女の人!?」

「わしはオロチ、日本神話最強の怪物じゃ、わしはな、義人と魂の一部を融合させ癒着(ゆちゃく)しておる」


「融合……え、それじゃあヨシトくんの召喚術って」

「俺のは召喚術じゃない、普通の召喚術っていうのは霊力を供物に捧げてこの世界のどこかにいる契約した精霊から力を借りたり、召喚に応じてもらって呼び出す技術だ。

 でも俺は違う、俺の持ち霊のオロチはずっと俺の中にいる」


「確かに、別の場所におるか、すぐ側にいるかの違いでわしが義人に力を貸し、その力で義人が戦うという点においてはお主らと変わらん、だが同じ結果を得るにもその過程には大きな差があるのじゃ」


「じゃあヨシトくんが詠唱破棄できるのは」


「うむ、わしが義人の中にいる以上、義人は詠唱し持ち霊と交信なぞせずともただ内にいるわしに頼めばよいのじゃ『力を貸してくれ』とな」


 それで男なのに召喚術師と同じ事ができるのかと、エレオは納得して頷く。


「それで本題だけど、ああいう魔眼系っていうのは普通同格以下の相手にしか効かないんだよ、幻想種は人よりも高位の存在、だから人間は問答無用で石になったんだろうけど、俺はこいつと融合しているから体は幻想種に近くなってて純粋な人間とは言い難いし、蛇の目を持つオロチには魔眼耐性もある」


「じゃ、じゃあその事をちゃんと説明すれば」

「無理だ、そんな事すればまた追い出される」

「追い……だされる?」


 何を言っているのか分からないという風に、エレオはジッと義人をみつめる。


 言えば軽蔑されるかと思いながら、それでも義人は本当の事を言いたくて、口を開く。


「俺さ、留学っていう名目で国から追い出されたんだよ」


 義人の言葉で、横に立つオロチが自分を責めるように目を伏せた。


「Aランクすら超えるような幻想種と契約どころか融合、召喚術師と違って強過ぎる力を無制限に仕える半人半妖の化物なんて、危険過ぎてそりゃ国に置いておきたくないよな」


 タイムリミット、それが召喚術師の弱点だ。


 一個人で軍隊並の戦闘力を誇る世界最強の存在たる召喚術師。


 ならば何故彼女達が世界の覇者になれないのか?


 それは至極単純で、銃の弾丸同様霊力の量に限りがあるからだ。


 幻想種はそれこそ一個大隊が相手でも退治することは容易ではないが、召喚術師はあくまで霊力を供物に捧げ、その力の一端を借りているに過ぎないし、本体をまるごと呼び出すにはそれこそ莫大な霊力が必要だ。


 故に召喚術師が一個大隊と戦えば途中で霊力切れで負けてしまう。


 術さえ使えなければ彼女達はただの人間なのだ。


 そのため召喚術師を保有する軍隊も一般兵や兵器の動員は必須。


 アヴァリス建国時の独立戦争にしても、何万という召喚術師達が交代で戦い、なんとか勝利をもぎとったに過ぎない。


 だが義人は違う。


 強力な幻想種の力に人間の意志が介在し、無制限に使えるとなれば、それこそ権力者達の地位を脅かす悪魔の力でしかない。


「だからさ、俺は隠さなきゃいけないんだよ、オロチが神話最強の怪物である事も、融合している事も、そして…………」


 あらためて告白する。


「俺が人間じゃないって事も」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る