第43話 仲間


 自分を受け止めた相手を見て、エイリーンは目を丸くする。


「エ、エレオ!? アンタ逃げなかったの?」

「うん、だってこのままじゃ、エイリーンさん危ないし」


 死ぬかもしれない、という言葉はあえて使わずに答える。


「だ、だけどアタシは今まで散々アンタに……」


 言葉にはしないが、エイリーンもエレオに酷い事をしてきた自覚はあるのだろう。


 だがエレオは優しく笑う。


「ヨシトくんがね、エイリーンさんを助けるって言ってたんだ、もうエイリーンさんには十分仕返ししたって、喧嘩が終わったら友達だって、それに」


 義人の笑顔と言葉を思い出して、エレオはエイリーンを寝かせ立ち上がる。


「ヨシトくんなら絶対助ける。昔自分に酷い事をした人だからっていう理由でなんか絶対に見捨てない」


 それがエレオの本音だった。


 そしてそんな義人だからエレオは彼に惹かれ、彼を尊敬し愛した。


 義人と一緒にいるだけで、エレオはアイリーンへのわだかまりが消えていたのだ。


「待ってエレオちゃん!」


 叫んだのはチェリスだ。


 背中にレイラを背負ったハイディも一緒だった。


「二人とも、どうして、それにレイラさんも」


 ハイディに背負われるレイラが真っ先に答える。


「私が頼んだのだ、学年代表が逃げるわけにはいかないからな……ゴホッ……」


「ああもうレイラさんは喋らないでください、まぁわたくしはこんなスクープ捨てるわけにはいきませんし、現場から逃げだす記者なんて三流もいいところですよ」


「ボクはエレオちゃんの後を追っただけだよ♪ それでね」


 臆病な筈のチェリスがゴルゴンを見上げる。


「ちょっとそこの蛇野郎! あんたボクの可愛いエレオちゃんに免じて帰るとかいう選択肢無いの!」

「綺麗な娘ほど殺シタクナルナ」

「ふーん、そう……」


 チェリスの声が急に静まる。


 明るく可愛い声ではなく、冷めた、機械的な喋り方だ。


「ところでボクの家はワインの製造をしてて領地じゃたくさんの麦を作っているんだけど、基本は軍人一家でボクのパパはイタリア軍の大佐なんだよね」


 チェリスは肩を震わせ、体が淡い光を帯びて、ところどころがバチッっとスパークする。


「戦争は連戦連敗で臆病でヘタレで戦いが嫌いな、だけどボクが大好きなパパの言葉を教えてあげるよ」


 チェリスの霊力が爆発、地面に亀裂が入りユニコーンの力を具現させながら柳眉を逆立て、怒髪をついてチェリスが獣の咆哮を上げる。


「俺が戦う時は国を守る時ではなく愛する女を守る時! 我がイタリア軍は百戦百敗なれど女を守る戦いで逃げた事も負けた事も一度も無し、だから世界に誓おう!!

 愛する者を守る為に戦うなら俺は軍神となる!!! 

 フォースサモン!!! ――オーバードライブ――」


 足元から顕現するユニコーンの背に乗り、チェリスは自分の全霊力をまとめて捧げる。


 霊力を供物として捧げ、召喚し戦ってもらうフォース召喚。


 だがチェリスは自身の残る霊力も全て使いユニコーンを直接強化したのだ。


 清らかな乙女の霊力を糧にユニコーンは本来以上の力にいななき、天に立つ敵を睨みつける。


「フォースサモン!! ――オーバードライブ――」


 同じようにして、グリフォンに跨(またが)るハイディも自分の全霊力を捧げる。


「霊力の出し惜しみで勝てるような相手ではありませんし、お共しますよ、そのかわりこの戦いが終わったら独占取材、頼みますよ」

「もちろん!!」


 チェリスとハイディは互いに勇気に溢れた戦士の笑みを交わして、ユニコーンとグリフォンは飛び立つ。


 二体の幻獣は加速し、ゴルゴンを左右から挟みうちにするようにして襲い掛かる。

 ユニコーンは全身に雷光を、グリフォンは全身に竜巻をまとって殺意の獣声を轟かせた。


「「行っけぇえええええええええええええええ!!!」」


 ユニコーンのツノと、グリフォンの爪が同時に迫り……ゴルゴンはその二つを無造作につかみ取った。


「「!?」」


 ユニコーンのツノを持つ右手と腕が雷光で焼かれ、グリフォンの両手の爪を受け止めた左手と左翼は捩じられながら皮膚に風の刃で無数の切り傷ができるが、だがそれだけだ。


 致命傷は無く、どちらもただ表面的な傷を付けたに過ぎない。


「ザコが」


 腕力に任せて二体の幻獣を地に投げ捨て、チェリスとハイディも落下。


 あまりの勢いに着地に失敗し、地面に叩きつけられるがなんとか立てる。


 だが、召喚獣によりかかり、立ち上がるとユニコーンとグリフォンの体が半透明になり、そして消える。


 今の戦いで総霊力を使ってしまったため、もう支払える対価が無いのだ。


 召喚術とは所詮、超常の存在たる幻想種に霊力を払う代わりに力を一時的に貸して頂くという契約に過ぎない。


 捧げる霊力が無ければ高位の存在たる幻想種が人間風情に付き合ってやる義理は無い。


 エイリーンもとっくに人間の姿に戻り、もう戦えるのはエレオしか残っていない。


 それに合わせて、さらに絶望の光景がチェリス達に突き出される。


 皆が絶句する視線の先には、無傷のゴルゴンがいる。


 エイリーンから受けた傷も、たった今、チェリスとハイディが全霊力と引き換えにつけた傷も、全て完治している。


「まさか……」


 そこでレイラが気付く。


 神話において、既にゴルゴンは英雄ペルセウスが退治している。


 ならば何故ここにゴルゴンがいるのか、それはゴルゴンが一体ではないからだ。


 ゴルゴン三姉妹、有名なメデューサとはその三女の名前で、ペルセウスが討ち取ったのはそのメデューサ、二人の姉は空の彼方に逃げたと言われる。


 そしてペルセウスが上の二人、二女エウリュアレと長女ステンノを倒せなかった理由は一つ、彼女達が不死だったからだ。


 不死殺しの鎌ハルペーで姉程の不死性を持たないメデューサはなんとか殺せたが、神の鎌ハルペーを以ってしてもエウリュアレとステンノだけは倒せなかったのだ。


 目の前のゴルゴンがこのどちらかならば、つまり、この神話の化物は最高レベルの不死性を持つ事になる。


 そんなのは無理だと、レイラを含めエイリーン達が諦めると、まだ霊力を残すエレオが進み出る。


「次はわたしが相手になります」

「逃げてエレオちゃん!」

「殺されてしまいます!」

「アンタ自分がどれだけ弱いか分かってるの!?」


 チェリス達に止められてもエレオは何も言わず、そして死神に呼び掛ける。


 自分の霊力ではフォースサモンを使っても長い時間、死神を召喚してはいられない、しかし一撃でゴルゴンを倒せるか分からないし、外せばなんのダメージも与えられない。


 ならば相手の特性を考え一番勝率が高い方法を考え、答えを出したのだ。


「サードサモン! そしてフォースサモン! ――ピンポイント召喚――」


 使うのはあくまでサードサモンまで、死神の衣を纏(まと)い、鼻から下を髑髏の仮面で覆い、そして手には不死殺しの死神の鎌(デスサイズ)。


 フォースサモン程ではないが、サードサモンよりも多く霊力を払う代わりにエレオは本物のデスサイズを手にした。


 それがこの戦い限定での死神との取引、死神の力を武器化し具現化するのではなく、死神の鎌だけを召喚したのだ。


 死神本体を召喚するよりもこれなら少ない霊力で済むし、サードサモンを使う事で身体能力を強化すれば死神の与える絶大な死をゴルゴンに叩きこめるかもしれない。

 そしてエレオは飛び立つ。


 空中で白髪赤眼の死女神が仲間を守らんと神話の怪物に鎌を振るう。


「人間ゴトキが!」


 エレオの鎌とゴルゴンの爪がぶつかり、お互いに弾き合った所でエレオは素早く鎌を切り返してゴルゴンの左腕を切りつける。


 浅いが確かに裂いた肉は再生せず、赤い血が滴り落ちる。


「いける!」

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