第20話 日本数学無双
「みなさんこんにちは、皆さんの数学を受け持つメルナ・マスティーゼです」
月曜の午前、義人達の教室で教卓の前に立つ女性は白いブラウスに赤いリボン、茶色のロングスカートを履いて髪をお団子型に結った知的な眼鏡美人で、耳には銀のイヤリングをしている。
「おいエレオ、さっきの先生と違うぞ?」
「さっきのは文学の先生だから、教科が変われば先生も変わるよ」
「まるで大名の家庭教師だな、日本の寺子屋なんて一人の先生が全教科教えてるぞ」
「それはさヨシトくん、たぶん日本は勉強のレベルがその……なんじゃない」
一人で全部兼任できる程度のレベルとは口が裂けても言えない、エレオアーヌ・オードラン、空気を読む女の子である。
「この学園はヨーロッパ中の生徒が集まっていますから、皆さんのレベルを把握する為にも、まず皆さんの実力を見るための小テストをしようと思います。
安心してください、先生はクラスの調和を大切にする事をモットーとしていますから、まずは下のレベルの子に合わせてそれから皆で一緒にステップアップを目指しましょう、もっとも」
優しそうな目をスッと細めて、後ろの方の席に座る義人へ視線を投げる。
「あまりにもレベルが低すぎる子には合わせてあげられませんが」
メルナの意図に感ずいたクラスメイト達がクスクスと笑う。
「この国には学校すら存在しない国から来た生徒がいるようですが、その生徒には苦労をかけると思います、皆に追いつけるよう頑張ってくださいね」
クラス中が義人を振り返り、だが義人は怖じる事無く平和な顔で告げる。
「学校は無いけど寺子屋はありましたよ」
「寺子屋?」
「はい、字の読み書きとか数の足し引きができる武士っていう軍人が勉強を教えてくれるんです」
クラス中の生徒がドッと噴き出した。
なんというレベルの低さ『字の読み書きや数の足し引き』という言葉にはもう笑うしかないようで誰もが愉快に笑う。
二日前は超人的な強さを見せつけた義人ではあるがやはり野蛮人、暴力的な事はできても知的作業は遥かに劣ると嘲笑う。
やがて小テストが配られて、皆問題を解き初めるが、義人はその内容に首を傾げた。
テストが終わると周りの人と交換、義人は左右に座るエレオとチェリスの三人で交換し合って、メルナ教諭の解答を聞いて義人の答案を貰ったエレオの顔が引きつる。
「それでは続いて皆さんに問題です」
後ろから周って来たテストの束を受け取るとメルナ教諭は黒板に複雑な数式を書いて、
「これを解ける人はいるかしら?」
途端に、クラスのそこかしこからヒソヒソ話が聞こえる。
「うわぁ、お姉ちゃんの言ってた通りだ」
「あの先生絶対解けない難問出してくるらしいよ」
「それで解けないと『なんで君達はこんな問題もできないのかしら?』って顔するんだよね」
「やな先生に当たっちゃったなー」
うつむき解答を放棄する生徒達の姿を満足そうに眺めるメルナ教諭は、笑顔を崩さず組んだ腕をほどく。
「どうやら誰も分からないみたいね、じゃあ解答を」
「あの先生」
「はい?」
黒板に向いた顔を声のするほうへ向けると、義人が手を上げてこちらを見ていた。
「それ解いていいですか?」
嫌な数学教師に立ち向かう勇者は誰だと皆が振り返って、字の読み書き数の足し引き男だと分かると期待の顔はすぐに嘲笑へと変わる。
学校すら無い国の人間が何を言っているのだと、そもそもこの男は数学とは何かを理解しているのか、どうせ黒板に何か落書きして終わりだと皆が違う期待をする中、義人は立ち上がる。
「ちょっとヨッシー、やめたほうがいいよ」
「ああ、大丈夫大丈夫」
軽く流して黒板の前へ進み出る義人を、だがエレオだけは止めず、顔が引きつったままだった。
「どしたのエレオちゃん?」
「いや、だって……」
義人の手がチョークを持って黒板に途中計算と答えを書きこんでいく。
スラスラと滑らかに、迷うことなく、その過程には誰もが驚くところだがどうせ合っている筈が無いとメルナ教諭を見て、彼女の眼鏡がズルリと落ちた。
「合ってる……」
クラス中の女子の目が点になった。
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