第2話 ざまぁさん登場

「ちょっといいかしら?」

「お、なんだ?」


 羊皮紙の感触を楽しみながら、入学案内を読みふける義人の元へ、やや高飛車な声がかかる。


 顔を上げるとそこには、金髪のロングヘアーでステレオタイプの美人貴族お嬢様が立っていた。


 人形のように整った美しい顔立ち、日本人男性よりも高い長身とメリハリのあるボディラインを、白と緑を基調とした生地からして違う仕立ての良いドレスに包んだ少女が腕を組み見下ろしてくる。


「な『なんだ?』ですって!? アンタこのアタシを誰だと思っているのよ!? それとも極東の蛮族は英語もまともに話せないのかしら? 敬語って分かる?」

「いや英語なら話せるけどお前誰?」


 ただでさえ頭に血が上っていた少女がいよいよ血管を浮かび上がらせ怒髪をつく。


「アンタこのアタシを知らないの!?」

「そうよ黄色ザル!」

「さすが田舎の島国、エイリーン様の事も知らないなんて呆れるわ!」


 途端にエイリーンの背後に数人の女子生徒が居並び、偉そうに胸を張るエイリーンの代わりに解説を始める。それも得意げに。


「エイリーン様は世界に名高き召喚術大国アヴァリス四大貴族の一つ!」

「そしてヨーロッパ共通爵位において一等貴族の証、公爵の地位を持つ!」

「アバルフィール家の三女でしかも!」

「我らが一年C組のクラス代表を務める!」

「口を聞いてもらえるだけで幸運な!」


 全員同時に、

『雲の上の存在なんだからぁー!!!』

 わーわー ぱちぱちぱちー


 無駄な歓声と拍手、日本の公家や武家でもここまで露骨な自慢紹介は無かった気がする。


 それでも身分の高い親の七光とその取り巻き達、という構図はどこの国も変わらないなと義人は呆れる。


「(美人なのに残念な性格だ……)」

「それで、アンタの家だけど確か教諭の説明で正三位(しょうさんみ)の位(くらい)とか言っていたわね、それは三等貴族、つまり伯爵家並ってことでいいのかしら?」


「日本は家じゃなくて個人に位が授与されるからこっちとは違うけどな、まあ正三位はこっちでいうところの伯爵(アール)らしいぞ。

 正(しょう)五位(ごい)が五等貴族の男爵(バロン)、正(しょう)四位(しい)が四等貴族の子爵(バイカウント)、正(しょう)二位(にい)が二等貴族の侯爵(マーキス)、そんで正一(しょういち)位(い)が一等貴族の公爵(デューク)並だとよ」


「あらそう、それで、伯爵家のアンタに公爵家のアタシが話しかけているんだけど?」


 それでようやく察して、義人は頭を下げる。


「これは公爵家様、俺に何のようでしょうか?」

「まったく、最初からそうすればいいのよ、単刀直入に言うわ、この国、学園から出て行きなさい!」


 指を突きつけられ、義人は『何故ですか?』と聞き返す。


「決まっているわ、それはアンタが男で東洋人だからよ」

「はい?」


 マヌケな顔をする義人にエイリーンは演説を始める。


「かつて人類はこのヨーロッパで生まれ、そして世界に散るにつれて劣化し肌の色が濁っていった。黒人や中東人、東洋人がその劣った人種よ」

「へ? ヨーロッパはアダムさんとイブさんの子孫かもだけど、うちはイザナギさんとイザナミさんの子孫だから劣化して肌が黄色くなったわけじゃ」

「そう信じたいのは分かるけど蛮族共の妄言に付き合うヒマは無いわ!」

「(でも天照(あまてらす)さんが、まあこいつに言っても無駄か……)」


 反論を諦めた義人を、論破したモノと思いこみエイリーンは続ける。


「そして天上の神々と人の中間にその身を置く召喚術師こそ選ばれた人間、血統的に優れたヨーロッパ人の召喚術師こそまさに神の申し子にしてこのサモナーアカデミーはその総本山、創立から千年、選ばれし白人女性以外誰一人として足を踏み入れた事の無い聖地なのよ!」


 自分の演説に聴き惚れうっとりとするエイリーン、周囲の生徒達は羨望の眼差しでそんな彼女を見つめ、涙を流す者までいる。


「さすがはエイリーン様!」

「いつ聞いても素晴らしい演説です!」

「一生ついていきます!」

「愛してますお姉様!」

「わたくし失神しそうです!」

「(この寸劇はいつまで続くんだろう)」


 義人の頭の中には、すでに今日見つけた中でも特別に可愛い女の子の事が六割を占めていた。


「これで分かったかしら? ここはアンタのようなクズが来ていい場所じゃないの、ホント、アンタには今すぐ島に帰って貰ってアンタが使ったこのイスと机から歩いた石畳や廊下の絨毯まで全部取り換えたい気分よ。

 小賢しいジャップごときが貿易や捕鯨許可なんていう経済駆け引きで歴史と誇りあるアタシ達の仲間入りを果たそうとは良く考えたものよね、さぁ分かったら出て行きなさい!」


 トドメとばかりに再度指を突きつけ言い放つエイリーン。


 本人からすれば悪を裁く正義の使者気分なのだろうが、義人からすればただバカな高飛車お嬢様である。


 しかしここで問題を起こすわけにもいかない、というよりも入学初日で自主退学などというシナリオはお断りだ。


「(ここを追いだされたら帰るところが……)」


 無いわけではないが、それは気がすすまない。

 そこで義人は、今まで以上に緩い顔で両手を揉み合わせ。


「そんな事言わないで下さいよお嬢様ぁ、わたしも国の代表として来ているんですからここで帰ったら立つ瀬がないじゃないですか。

 公爵家ともなればわたくしめの国じゃ将軍家も同じ、この正三位鷺沢義人、お嬢様の下僕として何でもするのでどうぞお情けを」


 限界まで下手に出た態度、城のおっちゃんや商人達がしていたゴマスリ技術のパクリである。


(まさかお主のこんな姿を見る日が来ようとはな)


 突然心の中に響く艶やかな女性の声に、義人は反論する。


(うるせぇな、俺はここで小さくなって無難に生きる事にしたんだよ)

(ふふ、いつまでも持つか)


「あら分かってるじゃない、じゃあさっそく命令を聞いてもらおうかしら?」

「はいなんなりとー」


 揉み手のスピードがさらに増して、



「この学園から出て行きなさい」



 エイリーンの目が細められ、義人を見下す。


 取り捲き達もエイリーンを讃えていた時の笑顔は消え去り、一様に冷たい視線で見降ろし、目で『出て行け』と訴えてきた。


「アンタには下僕の価値も無いわ、さっさとこの学園から出て行きなさい」


 何も答えず、否、答えられない義人は、笑顔を崩さないまま脱力感に襲われた。


(媚びを売ったところでこの程度とは、お主の作戦もおじゃんかの?)


 心の中の声に義人は溜息をつく。


(でもここで居場所を失うわけにはなぁ)

(それはそうじゃがの)


「まぁ、この場に似つかわしく無いのはアンタだけじゃないけどね」


 エイリーンと取り捲き達の顔が一斉に同じ方向へ向けられ、その延長上の女子が慌てて入学要領のパンフレットを被って自分を隠そうとする。


 隠れられるはずもないのだが、おそらく反射的にやってしまったのだろう。

 逆に反射でそのような行動に出る辺りから彼女の性格が窺(うかが)える。


「エレオアーヌ・オードランさん?」


 ワザとらしく尋ねながらエイリーンとその一行が大名行列のように移動して、一番後ろの窓際、もっとも目立たない席に座るその女子へ詰め寄る。


「お、お久しぶりです、エイリーン様」


 緊張しながら目を泳がせるエレオアーヌは白人だが、義人の次に目立つ存在だった。

 彼女の体からは一切の色が抜け落ちていたのだ。


 金髪や茶髪、栗毛や赤毛の目立つこのクラスで彼女の髪は頭から髪の先に至るまで純白に輝き、雪のように白い肌は白人である事を差し引いてもさらに白い。


 色素の無い瞳は血の色が透き通って、美しい鮮血の赤(ブラッディ・レッド)を成していた。


 アルビノ、世にも珍しい生まれつき色素を持たない人間である。

 当然に髪だけでなく、眉やまつ毛も白い。


 潤む大きな紅い目を縁取る長く白いまつ毛と、左目の泣きボクロが印象的な美少女だが、その顔は怯えきっている。


「何よこの髪、お婆さんみたい、アンタいくつ?」

「こ、今年で一六歳になります」

「一六? 七六歳の間違いじゃない?」


 エイリーンに合わせて笑い始める取り捲き達、それと一緒にクラスの他の女子達からも小さな笑い声が漏れる。


「フランス五等貴族の男爵家の分際でよく顔が出せたわねぇ」


 その時、クラスの中で笑っていない何人かの女子の肩ピクリと反応する。

 おそらく、エレオアーヌと同じ男爵家の娘だろう。


「社交界じゃ親と一緒に頑張って背伸びしてたみたいだけど、まだ身の程を弁えられないみたいね」

「あの、あの…………」


 震えるエレオアーヌを可笑しそうに見下して、エイリーンは詰め寄る。


「まあそれでも、世間的には男爵家も一応は貴族だし、入学試験もパスしたみたいだからここにいる事だけは認めてあげるわ、そのかわり、せいぜいアタシ達の為に働きなさいよ、このできそこないの婆さんレディーが」



「おいおい身長もおっぱいも負けてるからってひがむなよ」



 世界が凍りつくこと五秒。

 クラス中の視線が義人に集まる。

 そこには先程までの緩んだ顔ではなく、自信に溢れた笑みがあった。


「ア、アンタはいったい何を言っているのかしら?」


 その時のエイリーンの表情は、苦笑にしても笑顔というには無理があった。


「エレオアーヌだっけ? ちょっと立ってくれるか?」

「え、あっ、はい!」


 慌ててエレオアーヌが立つとその差は歴然。


 女子としては身長が高い方に入るエイリーンだが、エレオアーヌはさらに一〇センチは高そうだ。


 とはいえ、それに気付くとすぐに猫背になって身長を誤魔化そうとするところを見ると本人は気に入っていないのだろう。


 それに、ドレスの胸部を押し上げる膨らみはエレオアーヌのほうが一目で勝っていると分かるし、灰色のドレス越しに見てとれる、キュッとすぼまったウエストも、エイリーンより細いかもしれない。


 すぐに自分の胸を腕で抱いて隠すがもう遅い。


 ルックスに絶対的な自信を持つエイリーンだからこそ、図星だったのだろう、ビキビキと額に血管を浮かび上がらせる。


「こんの黄色ザル! チビで貧弱でみすぼらしいアンタらジャップが偉そうな事言ってくれるじゃ……な……い?」


 立ち上がり、義人がこちらへ近づくごとにエイリーンの顔から余裕が無くなっていく。

 こうして、初めて目の前に立たれてようやく実感するが、義人はデカイ。


 エイリーンより頭一つ分高いその身長は白人男性と比べても決して見劣りするモノではないし、むしろヨーロッパの中にあっても長身の部類に入るだろう。


「俺、人間相手に身長で負けた事って数える程度しか無いはずなんだけどなぁ」

「う、うるさいわね、アンタ、アタシの下僕なら黙っていなさいよ!」

「あるぇー? さっき下僕の価値無いって言っていませんでしたかお譲さまぁ? 駄目ですよ高貴な人がそう簡単に発言変えちゃ」


 人をバカにした態度にエイリーンは拳を震わせる。

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