第2-12話 夢のかけら
「灯りを消しますよ」
「……ああ、うん」
「なんでそんなに離れてるんですか? ベッドから落ちちゃいますよ、ハルさん」
ルナちゃんからできるだけ距離を取って寝ようと思ったのに、まだ明るい内に俺がベッドの隅の方に移動しているのがルナちゃんにバレてしまい無理やりくっつけられる俺。そして、そのままルナちゃんが灯りを消したものだから部屋の中は完全に暗闇になった。
そして人間、目という感覚が奪われると次は聴覚や嗅覚が異様に強くなるもので、俺のすぐ横にルナちゃんが寝転がったベッドの音と、甘いコンディショナーの匂いが鼻をくすぐった。ひぇ。
「ねぇ、ハルさん」
「な、なに?」
「私、寝るときにずっと思ってたことがあるんです。朝目が覚めたら、ハルさんが横に寝てないかなって。今日はその夢が叶うんですね」
「そ、そっかぁ……」
いや、これに俺はどうリアクションすればいいの?
「ハルさんは、私を夢に見ることはありますか?」
これ無いっていったら怒られるやつだよね?
俺知ってるよ。
「そ、そうだな。……うん。見ることは、あるよ」
「本当ですか!?」
ルナちゃんを傷つけないようにと適当に嘘を言ったのだが、急にルナちゃんはベッドから起き上がるとそう言って俺の腕をぎゅっと握った。痛いです、ルナちゃん。
「やっぱり私たちは運命だったんですね!」
「え、あ? そうなるん……」
言葉は途中までしか言えなかった。
ただ、そこから先は暴力的なまでに甘い匂いと、柔らかい唇に襲われたから。
「大好きです。ハルさん」
「……あ、ありがとう」
ゆっくりと唇を離して彼女はそう言うと、落ち着いたのか俺の真横に再び横になった。そして、なぜか俺の手を握ったまま。
「…………」
「どうかしましたか?」
「いや、手が……」
「手が?」
「なんでもないです」
なんて言えば良いのか分からず閉口。
こういうときに強く出れない性格を治したい。
「そういえば、ハルさんは記憶を無くしているからこれはファーストキスになるんですかね?」
「………………」
い、言えねぇ。
実際にはファーストキスじゃないし、記憶を無くしたと嘘を付いた後のキスも初めてじゃないなんてとてもじゃないが言えない……ッ!
「そ、そうなのかもな……」
違うと言えない俺は濁すことしかできない。
しかし濁し方があまりにも中途半端すぎるからバレると思ったのだが……実際はそんなことはなく、ルナちゃんは上機嫌のままルンルンで俺の手を握っている。
「ハルさんが私と結婚したら、子供は何人ほしいですか?」
「きゅ、急にどうしたの?」
「だって、大事なことですよ? 私が生むんですから」
「いや、まぁ、そりゃ……」
俺は産まないだろうけど。
「私とハルさんの2人だけもいいですけど、大家族も憧れますよね」
「大家族って……。今、大家族だとお金がかかるんじゃないの? 子供を大学に行かせようと思ったら……」
「大丈夫ですよ、ハルさん。ハルさんと私が結婚することになったら、ハルさんはパパの会社を継ぎますから」
「ん?」
「あれ? 聞こえなかったですか? ハルさんが、パパの会社を継ぐって言ったんです」
「俺が?」
「はい」
「ルナちゃんのパパの会社を?」
「はい」
「なんで?」
「パパが言うには、『夫婦の収入比率は男女で6:4が最も長続きする』らしいんです。だから、ハルさんが6。私が4になるように収入を調整すると」
「え? ん??」
なんだ? ルナちゃんは何の話をしているんだ?
「最初はハルさんに仕事を継いでもらうんじゃなくて、私がパパの仕事を継いでハルさんに楽をしてもらおうと思ったんですけど、パパが『男は仕事をさせないと浮気をする』って聞かないもので」
「い、いや。ちょっと、待って……。全然話についていけない……」
「あれ? どうしてですか? どこか説明が足りないところがありましたか?」
「そ、そうじゃなくて……。あまりに話が急というか……」
「そうですか。じゃあ、いったんキスしましょう」
俺が困惑していると、訳の分からない理由でキスをされた。
過去一意味不明なキスなんだが。
「それとも、ハルさんには何かやりたいことがありましたか?」
「……やりたいこと」
「はい。将来の夢みたいなものです。私はありますよ? ハルさんと結婚することです」
「…………」
やりたいこと?
ふとルナちゃんから投げかけられて俺は少しそれに意識を引っ張られた。
「…………」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
何かやりたいこと、将来の夢。
そんなものを自分の中から探して、探して、探そうとして、そして……何も無いことに気がついた。
……俺の、やりたいこと?
「そんなに難しい顔をしないでください、ハルさん。大丈夫です。私がハルさんがこれから先の人生で何一つ困ることの無いようにしますから」
「……なんで」
小さく、俺が問いかける。
「なんで、そこまでしてくれるんだ?」
「だって、好きな人を助けたいと思うのは普通のことじゃないですか」
ルナちゃんはそういうと、ベッドに横になったままでにっこり笑った。俺はそんな彼女に何も言うことができず、じぃっと彼女を見た。すると彼女はそのまま俺に顔を近づけてきて、俺はまたキスされるのかと思ってわずかに頭を後ろに下げると、ルナちゃんが不機嫌になった。
「もう、なんで避けるんですか」
「キスするのかなって思ったから」
「はい。するんですよ?」
それが当然だろ、と言わんばかりにルナちゃんはもう一度俺にキス……をするのではなくて、俺の唇を甘噛みした。
「……っ!」
やわらか……っ!?
え、唇を甘噛みされるのってキスとこんなに変わるの?
キスが柔らかい唇同士の触れる感覚だとしたら、こっちは包み込まれる感じ。
全く別じゃん……!!!
「ふふっ。どうですか?」
「ど、どこで知ったのこんなの……」
「インターネットですよ。ネットにはなんでも載ってるんです」
「そ、そっか……。なんでも載ってるのか……」
いや、でも修羅場の抜け方と俺の夢は載ってなかったよ。
「はい。だから、もう一度しましょう」
なんて言うよりも先に、俺はルナちゃんに唇を塞がれた。
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