第9話 コーヒー飲んだら周囲が変わり始めました
「お前さ、なんか弁明することある?」
「どした?」
教室に入るなり、
「ハルが言ったんだぜ? 後輩とは付き合ってないって」
「言ったな」
「じゃあ、なんで一緒に登校してんだよ!」
声でっかいな。
流石は運動部で毎日声出ししてるだけはある……じゃなくて、
「別に付き合ってなくても一緒に登校することくらいあるだろ?」
もはやこうなったら、開き直ろう。
それが一番な気がしてきた。
「はァ!? 付き合ってなくても一緒に登校することくらいあるだろってか!?」
「ああ」
「死ねこの陽キャがッ!!」
恭介はそう叫ぶなり俺に飛びかかってきた。
「お、落ち着けって恭介!
「なにさらっと下の名前で呼んでんだッ! 仲の良いアピールかッ!?」
ああ、そういえば
「ま、まぁ。落ち着けって恭介。お前にも春が来るよ、な?」
「ハルだけに春が来るよってかッ!? あ゛!?」
「なんも面白くないぞ、恭介」
「言ったのはハルだろうがァああ!!!」
という、訳の分からない絡みもされつつも……俺は今日の昼が怖くて怖くて仕方なかった。
何も起きないと良いなぁ……。
考えるだけで胃が痛くなってきたので、漢方の胃薬をお茶で流し込む。ここ最近はストレスで胃がやばいので、ついに今日の朝薬局で買ったのだ。
「なんだ? 下痢か?」
「恭介さぁ、もうちょっと品のある言い方しろよ。普通に胃が痛いんだ」
「変なやつだなぁ。あんなに可愛い子と一緒に登校してんのに、何で胃が痛くなるんだよ。変なものでも食ったのか?」
「お前じゃあるまいし……」
俺はそう返すと、食道を通っていく薬の感覚を確かめる。
これで胃の痛みは軽減するはずだ。
だが、こんなものは対処療法に過ぎない。
ちゃんと根本治療しないと……。
「そういえばさ」
「ん?」
俺が荷物を置いていると、ふと思い出したように恭介が口を開いた。
「昨日、この学校の付近にめっちゃ美人がいたらしいぜ!」
「ふーん」
「なんだよその反応。お前だって興味あるだろ」
「いや、俺は今そんなものに興味を抱いている場合じゃなくて……」
「そんなものだと!? お前は知らないかも知れないけどな! 金髪の美人だぞ! 金髪の!!」
「金髪? 染めてんのか?」
「ばっか。外国人に決まってるだろ?」
「…………」
……ルナちゃんじゃね?
「その美人が……どうしたって?」
「それがさ。このあたりで人を探してるって言ってたんだってよ。しかも、白女の制服着てたらしいぜ。留学生かなぁ?」
いや、絶対ルナちゃんじゃん……。
白女と言えば、ルナちゃんが通っていると言っていた女子校の愛称だ。
俺たちの中で白女と言えば、そこしか指さない。
それで人探しって、ルナちゃんじゃん。
まぁ、あの娘は外国人だから目立つっちゃ目立つのか。
人探しってことは、俺に会う前かな?
「なんだよ。興味なさそうな顔しやがって。黒髪の清楚系が好きですってか? これだから童貞は……」
「お前も童貞じゃん?」
「ばばばば馬っ鹿。俺ァ、全然違うぜ?」
これを本気でやってるのか、冗談でやってるのかわからないのが恭介のダメな所である。なので、俺は普通にそれをスルーした。
ルナちゃんの噂は思っていたよりも広まっていたらしく、男子の間では頻繁にその話題が休み時間になるたびに出されていた。
だからかも知れないが、昼休みに俺の教室までやってきた
「ど、どうした?
「……別に」
この『別に』は何ひとつとして『別に』ではないということを、10年近くの付き合いになる俺は知っていた。
「……話くらい聞くぞ」
「昔のことを思い出して、ちょっとだけ嫌な気分になってただけ。ハルには関係ないわ」
「そうなのか?」
「そうよ。嫌な女を思い出してたの」
嫌な女て……。
「……ルナちゃん?」
「チッ」
おいおい、舌打ちかいな。
「気にすんなって……。昔の話だろ?」
「……じゃあ、ハルはさ」
「ん?」
「レストランに行って、自分がすっごい好きなハンバーグがあったとするじゃない?」
「ああ」
「そのハンバーグは人気だから1人しか食べれないの」
「うん」
「そのハンバーグを5年前から予約してずっとずっと順番が来るまで待ってて、ようやく自分のところに来るって時に横から入ってきたお客さんがそのハンバーグを取ったらどんな気持ちになる?」
「……そりゃ、むかつくよ。怒ると思う」
「そういうことよ」
どういうことなの?
という、ツッコミは飲み込んだ。
こういうときは合わせるに限る。
「そいや、どこで昼飯を食べるんだ?」
「こっち」
既に
段々と自分がクズになっていく感覚に胃が痛くなってきた。
昼ごはん食べる前に薬飲もうっと……。
「ここよ」
そういって連れてこられたのは、屋上に上がる階段だった。
当然だが、俺たちの学校の屋上へと繋がる扉は鍵がかかっており開かない。
だから、そこに繋がる階段には誰も来ないのだ。
「ここか。確かに誰も来ないもんな」
「そういうこと。ここなら、
「……まぁな」
2人きりというところを強く強調して、
俺はそれを流して、階段に腰掛けた。
今日の弁当は、昨晩に
たくさん作ってくれたので、余った分を弁当に詰めて持ってきたのだ。
「どう? 美味しい?」
「ああ。美味いよ。作ってくれてありがとな」
「ふふっ。そのために練習したんだから」
……練習、か。
「ありがとな、
「ううん。別に良いの。ハルからは、それ以上のものを……もらったから」
……あげたっけ?
顔を赤くしてそういう、
俺にはそれすらも……わからないのだ。
「だから、気にせず食べてね。ハル」
「……さんきゅ」
顔を赤くして、照れくさそうに
「悪い」
彼女が今日食べたお弁当だろうか。野菜が盛りだくさんで、彩りが良い。
「ね、ハル。私を見て」
「ん?」
「2人きりだから……私を見てほしいの」
「……そうするよ」
俺はルナちゃんにスタンプだけ返すと、スマホをしまい込んで笑った。
胃と心が酷く痛んだ。
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