第8話 告白に選択肢がないのは世間では普通のことなんですか

「……夢?」


 朝、目を覚まして俺は思わずそう言った。


「……いや、夢なわけが……ないよな……」


 コーヒーを飲んで記憶を飛ばした日とは全くもって訳が違う。

 全ての事の顛末が頭の中に残っている。


 ……夢じゃない。

 夢じゃないのだ。


 俺は昨日、芽依めいから改めて告白された。


「……まっすぐ言ってくれるのは、嬉しいけどさ」


 選択肢にNOが無かったのは、何なんだと思うが世の中の告白というものはやっぱりそういうものなんだろうか? そういえば、俺が読んできたラブコメとかドラマは大体告白OKしてるわ……。


 ってことは、やっぱり世間一般的には告白されたらOKしかないのか。


「いや、そんなことある?」


 そのままの勢いで芽依めいの告白に納得しそうになっていたが、やっぱり冷静になった俺は疑問というか、疑念が残った。


 しかし、今まで一度も告白されたことのない俺が何を思ってもそれは想像というか妄想に過ぎず、仕方がないので身体を起こしてリビングに向かおうとすると蒼い髪の少女が駆け寄ってきた。


「ハル先輩! 大丈夫ですか!?」

「み、弥月みつきか。大丈夫って……?」

「昨日、お腹が痛いって言ってたじゃないですか!」


 そういえばそんな嘘もついたな……。


「大丈夫だ。一晩寝たら元気になったよ」

「良かったです! 昨日は心配したんですからね」

「……心配かけて、悪かったな」

「今日のご飯は消化に良いお粥です。味は薄いですけど、我慢してくださいね」

「今朝も作ってくれたのか?」


 俺がそう聞くと、彼女はこくりと頷いた。


「だってこれからは毎日作るんですから」


 また、胃が痛くなってきた。

 そうだ。そう言えば弥月みつきにはまだ何も言ってないんだった……。


 早いとこ、本当のことを言わないと……。


「そういえば、先輩」

「ん?」

「土曜日、どこに行きますか?」

「……土曜日?」

「やだなぁ。昨日約束したじゃないですか。お茶碗買いに行こうって」

「あ、ああ。そういえば、そうだったな。うん。そうだった」


 昨日の芽依めいの告白の衝撃が強すぎて、記憶が全部吹っ飛んでたわ。

 いや、俺の記憶飛び過ぎだな?


「別にお茶碗だろ? そんな良いもの買ったって壊れるし、近くのショッピングモールとかに入ってる雑貨屋とかで良いんじゃないか?」

「じゃあ、土曜日はそこ行きましょう。デートですね、デート」


 いまデートって言うのやめて。

 胃が痛くなる……。


 と、俺に原因がある手前そんなことを言うわけにも行かず……俺が黙りこくっていると、彼女はお粥を茶碗によそって、渡してくれた。


「はい、どうぞ。出汁だしはちゃんと取ったので味は染みてるはずですよ」

「……ありがとな」


 いつ、本当のこと言おう。

 俺はお粥をスプーンですくって、口に運びながら……そんなことを考えた。


「どうですか? ハル先輩、美味しいですか?」

「えっ? あ、ああ。美味しいよ」


 本当のことを言うとストレスで全く味がしないのだが。


「良かったです。ちょっと味が薄いかなぁと思ってたんですけどね」


 ……や、優しいなぁ。弥月みつきは。

 俺は良い後輩を持ったなあ……。


 と、俺が感極まっていると、彼女はふと顔をあげた。


「もう、先輩。顔についてますよ」

「なにが?」

「ご飯粒」


 弥月みつきは俺のほっぺに付いていたご飯粒を指で拾うと、口に運んだ。


「寝起きの先輩、可愛いです」


 そして、とびっきりの笑顔でそういった。


「……そ、そういうのやめろよな」


 俺は顔を赤くしながら、どもる。


 よくそんなことが出来るな!!!

 恥ずかしくて無理だわ……と、俺は顔をうつむかせたまま、黙り込む。


 あー、ダメだ。ちゃんと言わないと……。


「ハル先輩。今日は一緒に登校しましょうね」

「……ん?」


 いま弥月みつきはなんて言った?


「どうかしましたか?」

「登校?」

「はい。だって、私たち付き合ってるんですから一緒に登校するのが当たり前じゃないですか」

「…………ん」


 口にお粥を放り込んだまま、俺は何もリアクションが取れなくなった。


 そういえば、昨日芽依めいが似たようなことを言ってなかったか。

 そして、芽依めいの中で俺と芽依めいは付き合ってることになってるんじゃないのか。


「…………」

「うぇっ!? どうしたんですか、先輩。急に立って」

「ちょっとトイレ」


 俺はそういうなり、スマホを持ってトイレに駆け込んだ。

 そして、素早くメッセージアプリを開いて芽依めいに連絡を取ろうとした瞬間に。


「なんこれ……」


 尋常じゃないほどのメッセージが届いているのに気がついた。

 普通に未読が200件近く溜まってる。


 アプリを開くと、大部分が……というか200件の内197件がルナちゃんからだった。


「い、いや。待て。今はこっちじゃない……ッ!!」


 こっちも大変だが、物事には優先順位というものがあるのだ……ッ!


 俺は素早く芽依めいとのトーク画面を開くと、いつもでは考えられないほどの素早さでトーク画面に文字を打ち込んだ。


『悪い! 今日は先に行っててくれ!』


 俺がメッセージを送ると、1秒と経たずに既読がついた。


『は?』

『すまん!』


 俺が謝罪のメッセージと一緒にスタンプを送ると、すぐに返信が来る。


『しょうがないわね。先に行っておくわ』

『ありがとう』

『また、昼休みね』


 ……よし、これでひとまず危機は去った。


 とにかく問題を先送りにした感じは否めないが、そんなことに気を取られている場合じゃない。


 今度はルナちゃんのトーク画面を開く。


 ……なんでこんなにメッセージ送ってきてんの?

 

 と、心配になりながらも、そういえば昨日連絡先を交換してから一つも返信してなかったことを思い出す。それでルナちゃんも心配になったんだろう。俺はトーク画面を開いて、すぐに返した。


『ごめん! 体調が悪かったから、見れてなかった』


 よし、こっちもこっちで大丈夫……と、俺が思った瞬間、俺のメッセージに既読がついた。


 いや、読むの速すぎるだろ……ッ!


『大丈夫ですか!? お薬買っていきましょうか?』


 と、ルナちゃんから返ってきた返信メッセージに、


『大丈夫。寝たら元気になったから』


 そう返して、深くため息。


「……どうなるんだよ、これから」


 トイレの中で吐き出した戸惑いに、答えが返ってくるはずもなく……俺は静かに目を閉じた。

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