第7話 コーヒー飲んで酔っ払ったら全てに巻き込まれてました

「先輩、どうしたんですか? 顔が真っ青ですよ!」

「……いや、なんでもない。大丈夫だ」


 しまった……ッ!


 弥月みつきが来ることをすっかり忘れていた……ッ!!

 ま、まずいぞ……!


 家の中には不機嫌なままの芽依めいがいるし、弥月みつき芽依めいのことを知らないから大変なことになる……!!


「く、薬とか買ってきましょうか?」

「大丈夫だ……ッ!」


 胃の痛みに耐えながら、俺は必死に頭を働かせる。

 そんな俺の顔色を見て、弥月みつきが心配そうに声をかけてきた。


「で、でも顔色が悪いですよ……?」


 大丈夫……と、続けようとして、俺は閃いた。

 

 この状況……使うしかない……ッ!!


「いや、今日は腹が痛いからもう寝ることにする……。せっかく来てくれて悪いが、弥月みつきも家に帰って……」

「か、看病しますよ?」

「大丈夫だ。寝た方が早い。それに、あまり弥月みつきの世話になっても悪いから……」

「そ、そうですか……。先輩がそう言うなら……」


 弥月みつきは俺の説得で、納得したのか一歩引いた。


 すまん、弥月みつき……ッ!

 今度、ちゃんと説明するから……ッ!!


「お、お大事にしてくださいね。あ、あとこれ」

「……ん?」

「カフェオレです。元気になったら飲んでください」

「わ、悪いな……」


 弥月みつきは俺にカフェオレを手渡すと、そのままUターンして戻っていった。


「……た、助かった」


 俺はカフェオレを手に持ったまま、その場に崩れ落ちる。

 

 気づかぬ内に心臓が爆発寸前だし、胃の痛みも収まっていた。


「……ちゃんと言おう。マジで」


 このままでは、俺の心臓がいつまで持つか分からない。

 多分、胃はちゃんと機能してない気がする。


 俺は全ての元凶のカフェオレを手に持ったままリビングに戻ると、そこにはエプロン姿の芽依めいがいた。


「遅かったわね」

「ああ。ちょっとな……」


 俺は机の上にカフェオレを置くと、椅子に深く腰掛けた。

 

 生きた心地がしなかったというのはさっきのようなことを言うのだろう。

 間一髪というか、俺が閃かなかったら今頃どうなっていたことやら。


 やれやれ自分の才能が恐ろしい……と、調子に乗ろうとしていたが、事の元凶は全て自分にあることを思い出して、憂鬱になる。


 そんな俺の落ち込みを察してか、芽依めいが明るい口調で言った。


「今日のメニューはハンバーグよ」

「ハンバーグ? 作れるのか?」


 ハンバーグと言えば小学生の頃からの好物だ。

 全人類が好きな食べ物と言っても過言ではない。


 ハンバーグが嫌いな人間なんているわけがない。


「……練習したから」


 芽依めいはぼそっと呟くと、ひき肉をこね始めた。


「練習?」

「うん。練習」


 思わず聞き返した俺に、芽依めいはそっと答えた。


「だって、ハルがハンバーグ好きって言ってたから……」

「……覚えててくれたのか?」

「当たり前でしょ」


 芽依めいは「ふん」と鼻を鳴らして、そう言った。

 ありがたい。ありがたいけど、言っておかないといけないことがある。


「なぁ……芽依めい

「何?」

「……実はな、俺……昨日の記憶がないんだ」


 ここまで黙っていて罪悪感から口が重くなってしまったが、意を決して俺はそういった。芽依めいはしばらく黙ってひき肉をこねていたが、視線をあげて、ゆっくりと口を開いた。


「どうして?」

「コーヒー飲んだら、記憶がなくなって……」

「その体質、まだ治ってなかったの?」


 芽依めいの返答に、俺は深く頷いた。

 そういえば、芽依めいには昔言ったことがあった。


 俺はコーヒーを飲むと、酔ってしまうということを。


「そう。じゃあ、仕方ないわね」


 芽依めいはひき肉をこねながら、静かに微笑んで…そう言った。


「……信じて、くれるのか?」

「だって、昔からそうでしょ。ハルがコーヒー飲んで体調悪くするの」

「でも……記憶が無くなるなんて……」

「ハル」


 まさかこんな荒唐無稽なことを言っても信じてくれるなんて……。


 俺が困惑していると、芽依めいは優しく俺の名を呼んだ。


「ハルが嘘つくなら、もうちょっとマシな嘘つくわ。それに、ハルがカフェインで酔うのは昔からでしょ」

「……それは、そうだけどさ」


 何故か真実を告白した俺が困惑し続けていると、芽依めいは呆れたように微笑みながらひき肉から手を離した。


「そう、ハルは昨日の記憶がないのね」

「そ、そうなんだ。だから、その……約束というか……付き合うってのは……」

「昨日のハルはやけにカッコいいというか男らしいと思ったの。なんか不思議だと思ってたけど、コーヒーで酔ってたのね」

「……悪い」

「別に、謝ることじゃないわ。ハルは悪くないんだし」


 俺が思っていたよりも優しい言葉で、芽依めいは慰めてくれた。

 思わずその優しさに甘えそうになっていた時に、芽依めいは続けた。


「なら、今日からね」

「……ん?」

「だって、昨日のハルは記憶がないんでしょ? だから、私たちが付き合い始めるのは、今日からってことになるじゃない」

「え? いや……。ん? そういうことになるのか……??」

「流石に記憶がないままの告白を、告白にはならないじゃない。だから、今日から」

「……んんん???」


 待て。俺と芽依めいが付き合うのは確定なのか?

 そうなるのか??


「なぁ、芽依めい。それは……」

「ダメ」


 芽依めいが優しく微笑む。


 俺は、なにか勘違いしていたのかもしれない。

 

 俺は、コーヒーのせいで芽依めいに迷惑をかけたのだと。

 いや、芽依めいだけじゃない。

 弥月みつきにも、ルナちゃんにも同じ様に迷惑をかけてしまったのだと。


「ダメよ、ハル。断るのは、ダメ」


 ……逆だったのだ。

 全てが、逆だったのだ。


「私は、5年も待ったわ。ずっとね、ハルに振り向いてほしかった。でも、ハルは私と距離を置いちゃった。だから、ずーっと待ってたの。でも、やっと。やっとね。ハルが、私に振り向いてくれた」


 これは、俺が巻き込む物語じゃない。


「だから、私とハルは結婚するの」


 俺が、物語だ。

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