第6話 コーヒー飲んだら死期を悟った

 小学生のころにした約束なんて無効だろう。

 覚えてないんだから。


「なんて言えたら、楽だよなぁ…………」


 俺はソファの上に身をあずけると、脱力しながら唸った。


 そんなこと、言えるわけがない。

 あの時の、ルナちゃんの泣きそうな顔を思い出すとそれだけで身がすくむ。


 時間はもう18:00。

 既に日が沈みかけており、暗くなっている時間帯だ。


「俺のせいなんだけどさ……」


 こうなった理由が俺にあるのは分かってる。


 いや、コーヒーが悪いのか?


「てか、コーヒー飲んだだけでそんなに関係性が変わるもんかよ」


 俺がソファの上でぐだっていると、スマホが震えた。

 電話だ。


 誰だろう……と思って見てみると、そこには弥月みつきの名前が。


「もしもーし! ハル先輩ですか!?」

「ああ、俺だけど……」

「今日、何が食べたいですか?」

「え?」

「今夜もご飯作りに行こうと思ってるんですけど、何が食べたいです?」

「……な、何でもいいよ」

「はーい。じゃあ、なんか適当に作りますね」


 そういって、電話が切れた。


 ……え、今夜も来るの?


「来てくれるのは、ありがたいけどな……っ!」


 いや、ちゃんと言おう。

 うん。そうだ。


 弥月みつきにはちゃんと言うべきだ。

 確かにルナちゃんとの『約束』は覚えてないとか、コーヒーのせいとか言えないけど……それでも、弥月みつきにはちゃんと言うべきだ。


 まだ、付き合ってから1日とちょっと。


 これくらいなら付き合ったうちにも入らない。

 だから、弥月みつきもまだ無かったことにしてくれるはずだ……!


 俺、今まで誰とも付き合ったことがないから分かんないけどな……!!


 と、俺が決意を強く固めた所で、部屋の片付けでもしようと思ってソファから立ち上がると……チャイムが鳴った。


「はーい」


 弥月みつきにしては速すぎる。

 なんか宅配便でも頼んだっけ……?


 と、思いながら扉を開けると、そこには芽依めいが立っていた。


「……どした?」


 ひやりと背筋に冷や汗が走る。


 芽依めいは制服を来たまま、両手にエコバックを抱えている。

 その中には、さっき買ってきたばかりの野菜たちがたくさん入っていた。


「ハルは料理できないでしょ」

「……まぁ」

「だから、作りに来たの」

「い、いや。気を使わなくても別に良いぞ?」


 これから弥月みつきが来る。

 そこに芽依めいがいたら、何が起こるかなんて想像もしたくない。


 俺はまるで浮気がばれそうになるクズ男の如く、必死に弁明した。


芽依めいだって、家でご飯があるだろうし……」

「ないわ」

「え?」

「お母さんにはちゃんと言ってきたから」

「……そっすか」


 いや、待て……ッ!

 諦めるな……ッ!


 諦めるな……俺……ッ!

 諦めなければなんとかなる!!


「しゅ、宿題とか……予習とかは?」

「もう終わったわよ」


 そいや芽依めいは頭良かったわ。


「ほ、ほら……。流石に夜に男の家に一人ってのは」

「ハルのことはお母さんもお父さんも信頼してるから大丈夫って」


 クソ!!

 普段から良い子にしてたツケが回ってきた!


 こんなことなら、不良にでもなればよかった!!!


 しかし、後悔とは先に立たないから後悔なのである。

 俺はまだ言い訳を探していたが、芽依めいは深くため息を付くと呆れたように言おうとして……何度か口ごもると顔を真赤にして言った。


「……え、えっちな本とかあるんだったら……今のうちに隠しておきなさい。ちゃんと、みないようにしてあげるから……」

「ね、ねえよ。そんなもの……」


 今どきエロ本を紙で買うやついねえだろ……という俺のつっこみは、俺の胸の内へと消え、万策尽きた俺は降伏の白旗を上げる代わりに芽依めいを家の中へと案内した。


 仕方ない。こうなったら弥月みつきに連絡しとこう。

 これで2人の接触を防ぐしかない。


「……ふうん。意外と綺麗にしてるのね」


 芽依めいは家の中に入ると、リビングを見回してそういった。


「ま、まぁな。掃除とかもちゃんとしてるし」

「冷蔵庫どこ? 食材を先にしまいたいわ」


 俺が芽依めいをキッチンへ案内している途中、彼女はふとコンロに置かれた味噌汁の残りを見つけた。


「ハルってちゃんと料理するの?」

「え?」

「だってこれ」


 それは今朝、弥月みつきが作ってくれた朝食の残りの味噌汁である。


 ……やっべ。まだ片付けて無かった。


「ま、まぁな! 俺だって味噌汁くらい作れるようにならないと行けないしな!」

「ふうん。意外とちゃんとするのね」


 とっさに嘘を付いたが、後々考えると自分の傷口を広げただけのような気がする。


 俺は冷や汗だらだらになりながら、必死に話題を変えた。


「そ、そういえばルナちゃんって覚えてるか? ほら、小学校のころに転校してきた」

「……ああ、そういえばいたわね。そんなの」


 先ほどまで上機嫌だった芽依めいの機嫌が一気に悪くなる。


 俺、話題そらして地雷踏んだ?


「ど、どうした?」

「別に。昔のことだから全然覚えてないだけ。ただ」

「ただ……?」

「か弱いふりして男に色目を使うのが上手い女って思ってるだけよ」


 めっちゃ悪い印象で覚えとるやん……。


 てか、ルナちゃんは学校の中で馴染めなかったから男に色目なんて使ってない……はずだ。だって、男でルナちゃんと喋ってたの俺だけだったし……。


「それがどうかしたの?」

「それがさ。こっちに転校してきたらしくて」

「ふうん」


 それは確かにいつもの彼女の相槌だったが、いつにも増して声色が酷く冷たかった。


「ど、どうした?」

「別に。それで、どうかしたの」

「い、いや……。それで、今日たまたま会ってさ……」


 俺がそういうと、芽依めいは少しだけ胸を張って答えた。


「そう。じゃあ、ちゃんと教えてあげないとね。私とハルが付き合ってること」

「そ、それは別に教えなくても良いんじゃないかなぁ……」


 ダメだ。完全に話題選びに失敗した。

 もっと、別の話を持ってこないと……ッ!!


 と、俺が頭の中で必死に考えているとインターホンが鳴った。


「ちょ、ちょっと出てくる」


 俺はここぞとばかりに芽依めいの返答も待たずに、玄関に向かった。


「あ、ハル先輩! ご飯作りますね」


 がちゃ、と扉を開けるとそこにはいつもの後輩がいて。


「……み、弥月みつき

「あれ? 先輩、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


 俺は本能的に、終わりを察知した。

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