第12話 コーヒー飲んだら全てを要求されました

「……恋人がいないのと……同じって?」


 俺が困惑しながらそう問い返すと、ルナちゃんは微笑んだままだった。


「だって、私とハルさんが最終的に結ばれるのは運命なんですよ。だから、大丈夫なんです」

「……何も大丈夫じゃなくね?」

「私もハルさんと最初に付き合えるとは思ってませんから……大丈夫です。ハルさんは優しいですし、ちょっと強引なとことかもあります。だから、すごくモテると思うんです」


 全くの見当違いだよそれ。

 残念ながら今まで俺はモテたことがないんだ……。


 俺はそう反論したかったが、ルナちゃんはそんな俺が異論を挟むよりも先に言葉を連ねた。


「だから、別にハルさんが他の人と付き合ってても私は何も思いません。……嘘です。本当は、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、嫉妬しちゃいますけど……でも、きっ! 気にしません!」


 絶対気にするやつじゃんそれ……。


 震えながらそういうルナちゃんに、俺は困惑する。

 手を繋いでるから、震えがダイレクトに繋がるのなんのって。


「最初も途中も……誰だって良いんです。でも、最後には私と結ばれるから、気にしません!」


 ……なるほど?

 ルナちゃんがあまりにも強く言い切るものだから、俺も納得をするというか納得せざるを得ないというか。


 だが、そこまで俺との関係を強く運命だと思いきることができるのは……ただ、凄いと思った。だが、自分がそこまで信頼に足る人間じゃないということもまた、俺はよく分かっていた。


「で、でも……。本当は、ちょっと嫌です……」

「え? 何が??」

「ハルさんが、私以外の人と付き合うのが……です」

「あ、あーね? なるほどね?」


 その話、まだ続いてたんだ。

 さっきのそれで終わったと思ってたわ。


「で、でも……ううん。大丈夫です。ハルさんが初めて手を繋いだ女の子は私ですから」

「…………そうだな」


 ルナちゃんの言葉に照れながら俺は返す。

 そう、俺が生まれてはじめて手をつないだ女の子はルナちゃんなのだ。


 でも、小学校の時の話だけどな、それ。


 小学生のころの話はノーカウントだろうと思ったが、どっちにしろ今手をつないでるので結局ルナちゃんなのだった。


 なんか照れるな……。


「で、でもやっぱり嫌です! ハルさんが他の女とキスしてたり、ハグしてたり、えっちしてたりするの……」

「…………」


 めっちゃその話するな、ルナちゃん。

 絶対、気にしてるやつじゃんか……。


 なんて俺の困惑は伝わらないまま、ルナちゃんは更に続ける。


「あ、でも。あれですね! 私で上書きすれば良いんです!」

「上書きて」

「上書きは、上書きです。いまも、してます」


 そういって、ルナちゃんはきゅっと優しく俺の手を握った。


「上書きもなにも……ルナちゃんのままだよ。俺のは」


 やっべ。今の自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

 俺は思わずルナちゃんから視線をそらすと、ルナちゃんも俯いたまま何も言わなくなってしまった。


 余計なことを言うんじゃなかったなぁ……なんて、俺は思わず反省してしまう。


 お互いに黙りこくってしまい、壁にかかっている時計の針の進む音だけがカチカチと俺たちの耳へと届く。俺たちはいったいどれだけ黙っていたんだろう。


 先に口を開いたのは、ルナちゃんだった。


「……じゃあ、全部ください」

「ん?」


 あまりにも真剣な顔してそういうものだから、俺は思わず聞き返す。


「ハルさんを、全部ください」

「…………んん?」

「ハルさんが……欲しいです。全部、欲しいです」

「……最終的に結ばれるのに?」


 自分でこういうことを言うのは違和感しかないけど、ルナちゃんを落ち着かせるために言葉にした。


「最終的に結ばれるなら、今でも後でも一緒じゃないですか?」

「なるほどな?」


 確かにそうじゃん。一理ある。

 と、俺は半分頷いてから……やっぱり首を傾げた。


 本当にそうか?

 だが、俺がそれよりも深く考えることをルナちゃんは許してくれなかった。

 

「私も、全部初めてですから……おあいこですよ。ハルさん」


 何がおあいこなの?


 俺の頭はもはや真っ白。

 そんな呆けた俺のことを優しく導くように、繋いでいないルナちゃんの手が俺の胸へと伸ばされて……優しく、撫でた。


 おわっ! なんかぞわっとするなこれ!?


「くすぐったいですか?」

「……ちょ、ちょっとな」


 やせ我慢してそう言ったのだが、声が震えていたので無意味だったかもしれない。


「ねぇ、ハルさん」

「……なんだ?」

「パパと、ママ……今日は帰ってこないんです」

「そ、そっか。大変だな」


 ご飯とかどうするんだろう?


「だから、今日はお泊りできます」

「いや、ダメでしょ。それは流石に」

「なんでですか」


 口調は尖っているのに、ルナちゃんは微笑んでいる。

 まるで、勝利を確信した狩人のように……ッ!


「だ、だって、俺も1人暮らしだから……そんな男の部屋に年頃の女の子が泊まったら変な噂とか、誤解とか」

「噂も誤解も言わせておけば良いんです。実際、のことをするんですから」

「はぇ……」


 あまりにもルナちゃんとの関係性が急展開するものだから、俺はもう頭がちゃんと回らない。今まで気が付かないようにしていたが、やっぱり俺は馬鹿なのかも知れん。


 そんな時、ルナちゃんのスマホが少しだけ鳴った。


 だが、ルナちゃんは俺の問いかけを無視して俺の首筋へと顔を伸ばして……。


「……良いのか?」

「良いんです」


 今の俺の「良いのか」は、スマホのメッセージを見なくて良いのかだったんだけど、多分ルナちゃんの返答の「良いんです」は違うよね?


 だが、今度はルナちゃんのスマホが激しく震え始めた。

 ちらりとみると、スマホの画面にママと書いてある。


 ルナちゃんはわずらわしそうにスマホを持ち上げて、電話に応答した。


「どうしたの? ママ。え、そんな……そうだったの」


 先ほどまで、上機嫌だったルナちゃんの表情が変わっていく。

 

「う、ううん。嬉しいけど……。うん。うん? 彼氏の家だよ」


 なに言ってるのこの人!?

 さらっと爆弾発言をするもんだから心臓がきゅっとなった。


「うん。分かった。今すぐ帰るね」


 ルナちゃんはそういって、電話を切ると……ひどく物惜しそうな表情で俺の手を離した。


「ごめんなさい、ハルさん。私、帰らないと行けないんです」

「……そ、そっか。お母さん?」

「はい。お仕事が早く終わったみたいで……いつもなら、こんなことは無いんですけど」


 ちょっと泣きそうになっているルナちゃんをどう慰めて良いのか分からず、俺は言った。


「なら、送ってくよ」

「今日は……惜しかったですけど。また来ますね」

「ああ、うん。まぁ……そうだな」


 俺はもうそれには何も言わず、ルナちゃんを駅まで送っていった。


「……運が良いのか、悪いのか」


 帰りの夜空を見上げながら、ぽつりと俺は呟いた。


 ……明日は弥月みつきとデートの日だ。

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