第13話 コーヒー飲んだらデートすることになりました

「ハル先輩。おはようございます!」

「おはよう」


 朝から元気な弥月みつきとは対象的に、顔色がどちゃくそに悪い俺はなんと昨日一睡もできなかった。だって、女の子とのデートなんて初めてだし、そもそも今日ちゃんと弥月みつきにコーヒーの件を伝えるつもりなので緊張で寝れなかったのだ。


「顔色悪いですよー? もしかして、私とのデートが楽しみで寝られなかったんですか?」

「そんなところ」

「えっ!? 本当ですか!?」


 冗談で軽口を叩いたら、予想以上に彼女は驚いた様子で声を震わせていた。


「せ、先輩。私とのデートが楽しみすぎて寝れないなんて……もう、何歳なんですか」

「今までデートなんてしたことないしな……」


 眠いからか、頭が回らずちゃんと受け答えできてるか心配になってくる俺。


「わわっ! じゃあ、先輩は初デートなんですね!」

「あんまりおっきい声で言わないで……。恥ずかしいから……」

「何で恥ずかしいんですか? 私も初デートですよ!」

「えっ? そうなの? 普通に意外だわ」

「普通なんですか? 意外なんですか?」


 弥月みつきにジト目で突っ込まれた。


 普通に意外だったんだよ。


「だって、弥月みつきって可愛いからさ」

「か……っ? ハル先輩、もしかして今日は大胆ですね?」

「今まで誰かと付き合ってるんだろうなって」

「……そんなわけ、ないじゃないですか」


 弥月みつきのその小さな声は、あいにくと俺の耳には届かずに。


「なんて?」

「私が付き合うのはハル先輩が初めてだって言ったんです!」


 俺は弥月みつきに引っ張られるようにして、ショッピングモールに向かった。


「中学のときはハル先輩とこうやっておでかけするなんて思ってなかったです」

「確かにそうだな。弥月みつきってごりごりの陽キャだったもんな」

「別にそんなもんじゃないですよ」


 弥月みつきとは中学のときからの付き合いだ。

 俺は運動部のノリが嫌で文化部に入ろうと中学生の時も文芸部だったんだが、弥月みつきもそこに入ってきたんだ。


「あんときはびっくりしたけどなぁ。1年にいた可愛い子が部活に入ってくるなんて」

「本当に思ってるんですか? ハル先輩だけでしたよ。文芸部に私が入ってびっくりしてなかったの」

「……まぁな」


 そりゃ、弥月みつきのことは可愛いと思うし美人だとも思う。

 だから、周りの連中が騒ぎ立てるのもよく分かる。


 ただ、俺は幼馴染に芽依めいがいるのだ。

 芽依めいもびっくりするくらい可愛いので、小学生の時に毎日一緒に登校してた分……慣れたというかなんというか。


「それに、ハル先輩だけでしたもんね。部活で話しかけてきてくれたの」

「そうだったっけ?」

「そうでしたよ。他の人たちはいっつもハル先輩が私と話した後でした」


 ……ああ、なんだかふと思い出してきた。


 あの時は、部活仲間が戸惑っていたのだ。

 

 1年生の可愛い子が、同じ部活に入ってきたって。

 だから、誰もどう話しかけて良いのか分からずに腫れ物に扱われるようにして、弥月みつきは扱われていた。


 俺はそれと全く同じ光景を、芽依めいで見たことがあった。

 彼女も性格はともかくとして顔が良いから、それでグループに馴染めないことがよくあったのだ。


 だから、俺は見ていられなくなって弥月みつきに話しかけたんだと思う。


「そういえば、そんなこともあったな」

「あれすっごい嬉しかったんですよ、先輩」

「そんなこと無いだろ」


 クラスの端っこの方でひっそり隠れて本を読んでるようなオタクに話しかけられて嬉しいわけがない。……そうだろ?


「ハル先輩って、時々びっくりするくらい自分のこと卑下しますよね」

「……卑下するっていうか、釣り合ってないっていうか」

「何がですか?」

「俺と、弥月みつき


 俺がそういうと、弥月みつきが少しだけ笑った。


「そんなわけ無いじゃないですか」

「そうか?」

「そうですよ。むしろ、逆です」

「逆?」

「私が先輩に遠く及ばないんです」

「なんでだよ」


 いつもは何でも応えてくれる弥月みつきのことだから、きっとその問いかけにも応えてくれると思ったのに……。


「内緒です♪」


 弥月みつきは微笑むと、それには応えてくれなかった。



「ハル先輩! 映画行きましょう!」

「え? ああ、良いけど……。茶碗とかは?」

「そんなもの後で良いじゃないですか。もしかして、女の子とデートに来てるのにお椀だけかって終わらせるつもりだったんですか?」

「……いや。それだけで良いのかなって思ってたけどさ」

「というわけで映画を見ましょう! デートと言えば、映画ですよ」

「そうなのか?」

「そうなんです」


 弥月みつきが強く言い切るものだから納得しかけたが、そもそも弥月みつきも初デートって言ってなかったけ?


「だから、映画に行きましょう」


 あまりにも弥月みつきからの押しが強いので、根負けした俺は映画館へと先に足を運んだ。しかし、映画なんて普段全く見ない俺からすると、今何をやっているのかどころかチケットの購入方法も曖昧なレベル。


 なので、全部弥月みつきに任せたのだが。


「ハル先輩、ここにしましょう」


 そういって弥月みつきが指差したのは、シアターの中でもかなり前方にある隣り合った席。別に映画館の席なんて、こだわりもなんにも無い俺なので頷くと、弥月みつきは「……やった」と、小さく漏らして席を2つ分予約した。


「あれ? ちょっと高いのか?」


 だが、値段を見たときに俺は思わず首を傾げた。


 こんなに映画って高かったっけ?


 と、疑問に思ったのだ。だが、そんな俺の問いかけに弥月みつきは素早く教えてくれた。


「はい! カップルシートですから」

「か……なにそれ?」

「え? 知らないんですか? カップルが2人で並んで同じ映画を見れる席ですよ!」

「へー……」


 しばらく映画に来ない間に、めちゃくちゃ映画ってのは進化していたらしい。

 いや、カップルで同じ席に座ってみるのを進化とは呼ばないか……。


「どんな感じなってるんだ?」

「実は私も知らないんです」

「そうなの?」

「だって言ったじゃないですか。私も初デートなんですから」

「……ああ」


 そういえばそうだった。

 慣れてるからてっきり……


「もう入れるみたいですね! 行きましょう!」


 弥月みつきが選んだのは、邦画のよくわからない恋愛映画だった。

 テレビでCMやってるのを何度か見ただけで、興味も何もなかったのだが……こういう機会でもないと一生見る機会がなさそうで、少し楽しみ。


「わっ。先輩、見てください! これ、本当に2人席ですよ!」

「ほんとだ。しかもこれ、衝立ついたてがあるから隣で何してるか見えないんだな」

「えへへ。先輩、何しますか?」

「映画を見るんだよ」


 なんてツッコんでで、俺がその席に腰掛けると隣に弥月みつきが腰掛ける。

 その時、ふわりと彼女の方から甘い匂いが漂ってきた。


「楽しみですね、先輩」

「……そうだな」


 そして、ゆっくりと弥月みつきの手が俺の手に重ねられる。

 びっくりして、わずかに引きかけた俺の手を弥月みつきはしっかり握ったまま離さない。


「……楽しみだよ」


 俺は冷静を装ってそういうのが、精一杯だった。

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