第14話 コーヒーを飲んだら後輩の思わぬ秘密を知りました

「ハル先輩の手って温かいんですね」

「そうか? 普通だと思うけど」

「温かいですよ」


 映画が終わって、周りの人たちが席を立っている最中……弥月みつきは俺の手を握りながらそういった。


「そろそろ私たちも出ましょうか」

「そうだな。邪魔になるし」


 映画を見ている間、弥月みつきとずっと手を握っていた俺は彼女からダイレクトに伝わってくる感情に驚きの連続だった。


 手をつなぎ始めた最初の頃はおっかなびっくりと言った様子だったのに、途中……物語がクライマックスになるにつれて段々と手に力が入っていき、キスシーンなんて手がしびれるほど強く握られていたのだ。


 目は口ほどに物を言うってことわざで言うものだが、手も口ほどに物を言うんだということを知ってもらいたいところである。


「先輩、お腹すきません?」

「もう昼か? どっかで食べるか?」

「食べましょう!」


 弥月みつきは笑顔でそういうと、俺の手を引いたまま俺を先導する。そういえば、ずっと弥月みつきにはリードされっぱなしだなぁ……と思いながら、俺は弥月みつきの後ろ姿を見た。


 後ろ姿からでも、弥月みつきが楽しんでいるのが伝わってくる。


 それを俺は、喜ぶべきかどうかが分からなくて……困った。


「そ、そういえばさ……弥月みつき

「はい?」

「昼、おごるよ」

「え、急にどうしたんですか? ハル先輩」

「いや……。やっぱり女の子にお金ださせるのは……」


 正直なことを言うと、俺は父親から高校生にしてはちょっと多すぎるくらいのお小遣いをもらってる。


 それが、単身赴任中の親父が俺を1人にしてしまって申し訳ない……という心境から送ってきているのか、それともカッコつけているのかは分からないが、とにもかくにも、俺はそこら辺の高校生よりはお小遣いが多いのだ。


 それはつまり、バイトをしなくても遊べるだけのお金をもらっていると言っても良い。

 しかも俺は遊びにお金をかけるタイプではないので、正直なところを言うと、まぁまぁの貯金がある。


 1度のデートとはいえ、映画を見てそこから昼飯なんて高校生にはかなり痛い出費だろうと思い……俺はそういったのだが。


「全然、大丈夫ですよ! ハル先輩」

「……そうなのか?」

「はい! だって、私……ネットでちょっとしたインフルエンサーですもん」

「……何それ?」


 初めての単語なので俺が彼女にそう聞き返すと、


「んー。簡単に言えば、先輩もSNSとかやってるじゃないですか」

「……やってない」


 俺がそういうと、弥月みつきは目を丸くして驚いた。


「えぇ!? やってないんですか!?」

「……うん」


 「だからどれだけ探しても先輩のアカウント見つからないんだ……」と弥月みつきは小声でつぶやくと、気を取り直して続けた。


「そ、そんな先輩でもSNSくらいは知ってるじゃないですか」

「流石にな」

「そこで、お金を稼いでるんですよ」

「へー! そんなことができるんだ。でもどうやってるんだ?」

「ほら、私って可愛いじゃないですか」

「そうだな」


 俺が弥月みつきの言葉に頷くと、彼女は顔を真赤にして俺の脇腹をこづいた。


「な、なんで頷くんですか。今のはツッコむところですよ」

「いや、でも……可愛いのは本当だしな」


 映画館でちょっとは寝たものの、相変わらず眠いのであまり言葉を飾っていられる余裕が無くなってきている。


「そ、そんな可愛い私だから……。企業からお願いされるんです。『こういう商品を使ってほしい』って」


 そして、ちょっと調子に乗ったのか顔を赤くしたままそう続ける弥月みつき


「それを使ったらお金が入ってくるのか?」

「そうですね。宣伝ですから」

「すげぇ……」


 なんだか知らない世界を覗いた気分だ。

 こんな近くにそんな仕事をしている人がいるなんて。


「だから、気にしないでください!」

「そ、そっか……。なら、うん。そうするよ……」


 俺が弥月みつきに頷くと同時に、彼女の足が止まった。


「ここいい感じのランチが食べれるんですよ! ずっと来てみたかったんです」

「おしゃれなところ知ってるんだなぁ」

「たくさん調べましたから」


 弥月みつきは予約していたのか、俺を連れて店に入ると店員に自分の名前を告げて席まで案内してもらった。


「……準備が、良いんだな」

「だって、せっかくハル先輩と初デートですよ。失敗なんて、したくないじゃないですか」


 そう言って可愛く微笑む弥月みつきに、俺は申し訳ない気持ちで胃が痛くなる。


「そ、そっか。初めてのデートだもんな」


 彼女が失敗したくないと思っている初デートで、俺は彼女に本当のことを告げると決めた。決めてしまった。


「先輩と結婚した結婚記念日とかに、今日のことを思い出しながらご飯を食べるんです。素敵ですよね」

「……そうだな」


 ……もしかしたら、今日言わないという手もあるかもしれない。

 だが、それをしたって結局は問題を先送りにしているだけだ。


 だから、言うしかない。


 弥月みつきには、怒られるだろうか。

 いや、きっと悲しませてしまうかもしれない。


「ハル先輩」

「どした?」

「名前呼んでみただけです」


 そういって小悪魔のように笑う後輩に、俺は少し面食らってしまう。


「そ、そういうの禁止な」

「なんでですか」

「可愛いから」

「…………」


 弥月みつきは俺の返答が予想外だったのか、少しあっけにとられた表情で、ぽかんと俺を見ると……すぐに気を取り直して、続けた。


「……も、もう! ハル先輩、もしかして可愛いって言えば私が喜ぶと思ってるでしょ!」

「そ、そんなことは無いけど……」

「今日は言いすぎです! 普段は全く言ってくれないのに」

「普段も言われたいの?」


 ふと俺が問い返すと、彼女は「しまった」と言わんばかりに表情を歪めて……ゆっくりと、頷いた。


「そ、そりゃ……言われたいですよ」

「じゃあ、普段からも言うようにするよ」

「だ、ダメです! 言わないでください!」

「どっちなんだよ」

「だって、ハル先輩が可愛いなんてめったに言わないから……。言わないからこそ、先輩の可愛いは貴重なんです!」

「どういうこと?」

「だから、簡単に簡単なんて言ったら可愛いの価値が落ちるんです! デフレです! 可愛さデフレ!!」


 意味がわかんねぇよ……。


「ま、まあ……そう言うなら……」

「で、でも! 今日みたいな特別な日にはちゃんと言ってください!」

「……分かったよ」


 俺は弥月みつきの言葉に頷いて……それは、これからも特別な日が来ることを意味しているのではないかと思い、戦慄した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る