第15話 無くした記憶の真実

 昼ごはんを食べ終わってから、俺たちは本来の目的であるショッピングモールへと足を運び、雑貨屋でお茶碗を選ぶことにした。休日だからか、店にはかなりの人がおり騒がしさに満ちている。


「先輩! こういうのどうですか?」

「ちょっと可愛すぎないか?」


 弥月みつきが俺に見せてきたのはピンク色のお茶碗。

 ちょっと俺が使うには女の子らしいというか……。


「何言ってるんですか。これは私のですよ」

「ん?」

夫婦茶碗めおとちゃわんってやつです。先輩のはこっち」


 そういって指差した先にあったのは青い色の少し大きな茶碗。

 なるほど。確かにこうしてみれば、弥月みつきの持っている方が女の子らしいと言えばらしい。


「夫婦茶碗ってなに?」

「え……っ? そこからですか?」


 まさか弥月みつきは俺が夫婦茶碗を知らないとは思わなかったらしい。

 俺もまさかこんなところで知らない単語を出されるとは思わなかった。


「夫婦茶碗のメオトってのは夫婦のことですよ」

「夫婦の茶碗ってこと?」

「そういうことです! ペアルックみたいなものですね!」


 お茶碗のペアルックか……なるほどね?


「どうですか?」

「んー。青はやっぱり弥月みつきの色って感じはするけどな」


 俺は男用の茶碗を持ちながらそう言うと、


「もー! ハル先輩、それ私の髪色だけで判断してるでしょ!」


 と、突っ込まれてしまった。


 まさにその通りなので苦笑いしかない俺だが、弥月みつきはどうやらまんざらでも無さそうな様子で、ピンク色の茶碗を置いた。


「じゃ、別のやつも見てみましょうか」

「そうだな。……というか、別に無理にお揃いにしなくても良いぞ?」

「無理じゃないです。私がしたいんです」


 弥月みつきは思ったよりも小さな声でそう言ったので、思わず聞き逃してしまうところだったが……それでも確かに彼女はそういった。


「だって、今まで……先輩とお揃いなんて1つも無かったですから」

「そりゃ……付き合ってもないのにお揃いなんて、しないだろ?」

「だ、だって……付き合う前に同じものを買ってたら先輩に重い女だって思われそうで嫌だったんです」

「揃えるって……例えば?」

「……スマホケースとか。文房具とかですよ」


 少し恥ずかしそうに弥月みつきが返してくる。


 世のカップルってスマホケースとか文房具とかを揃えるのか……。あ、そういえば恭介もこの間付き合ってた相手と同じスマホケース使ってたな。買って2週間で別れてたけど……。


「別にそれくらいなら、付き合ってなくても良いんじゃないか?」

「だ、駄目です! 痛痛しいですよ!」

「そうか? 可愛いと思うけどな」


 後輩が自分と同じ文房具とかスマホケースとか、わざわざ買って使ってくれてたら嬉しいもんだと思うけどなぁ……と、俺は他人事のように思っていると、


「ほ、本当ですか? 引きませんか?」

「引かないってそれくらいじゃ」

「そ、それなら後で先輩が使ってるやつと同じボールペン買っておきます!」

「そんな珍しいもんじゃないけどな……」


 俺が使えるのはどこでも買える安いやつである。

 あいにくと文房具に興味など無いのだ。


「知ってますよ、いつも部活で見てますから……」

「よく見てんな」

「あはは……」


 俺が呆れたように返すと、弥月みつきは乾いた笑いを返して……わざとらしく話題を変えた。


「あっ、先輩。見てください。指輪ですって」

「ほんとだ」


 ちょうど大きな指輪の広告が飾ってあり、透明な宝石があしらわれた綺麗な指輪だ。


「ハル先輩は結婚式するとしたら和風と洋風とどっちが良いです?」

「あい?」


 なんで指輪の話から結婚式の話に?

 と思ったが、広告を見直すと指輪がどこからどうみても婚約指輪だったので、俺は胃に鋭い痛みが走った。


「結婚式に和風ってあんの?」


 なんだよ和風と洋風ってパスタかよ。


「ちょっと先輩。ちゃんとしてください。神社で結婚式をやってるの見たことないんですか。まぁ、神社だと神前式って言いますけど」

「へー。結婚式っていうと教会でやってるイメージしか無かったなぁ」

「確かにそっちの方がイメージ強いですよね」

弥月みつきはどっちが好きなんだ?」

「断然、教会派ですよ!」

「なんで?」

「ウェディングドレスを着れるからです」

「なるほどなぁ」


 そういう選び方もあるのか。


「でも、ハル先輩」

「ん?」

「教会でやるなら、人前でキスしないと行けないですよ」

「……そうだっけ?」

「そうですよ。……先輩は、キスしたことあります?」

「ないな」


 俺がそういうと、弥月みつきが俺の袖を掴んだ。


 キスをしたことはない。

 無い……はずだ。


 俺の記憶は参考にならないのでちょっとあれだが。


「……しませんか?」

「……ここでか?」

「ちっ、違いますよ。そんなわけないじゃないですか」


 弥月みつきは顔を真赤にして頭をぶんぶん振った。


「また、後で……です」

「……なぁ、弥月みつき


 本当は、デートが終わってから言おうと思っていた。

 けれど、もう……俺は限界だった。


 俺の後輩を、中学の時からの後輩を騙し続けていられるほど……俺は、クズにはなれなかった。


「俺は……弥月みつきに謝らないといけないことがある」

「なんですか?」

「……ちょっと場所を変えないか」


 流石にショッピングモールの通路で話すようなことでもなく、俺たちは近くのカフェに入った。弥月みつきはカフェオレを、俺は……季節限定のフルーツジュースにした。


「それで、謝ることってなんですか?」

「……実はな」


 言いづれぇ……でも、言うしか無いよなぁ……。


「実は、俺は……誕生日の記憶がないんだ」

「……え?」


 弥月みつきは心底驚いた様子で、目を丸くする。


「体質なんだ。……カフェインを取ったら、酔っ払うっていう」

「……だから、先輩はコーヒーを飲まないようにしてたんですね」

「……すまない」


 俺は弥月みつきに頭を下げた。

 そのせいで、店内の視線が俺に集まった。


 だが、すぐに興味本位の観客たちは視線を逸らす。


「俺は弥月みつきに告白したことを覚えてないんだ」


 俺は頭を下げたまま、弥月みつきの言葉を待ち続けた。

 それは、一体どれだけの時間だったろうか。


 正確には分からない。

 けれど、弥月みつきがゆっくりと口を開いた。


「……頭を、あげてください。先輩」

「……っ!」


 俺が頭を上げると、そこにはわずかに微笑んだままの弥月みつきがいた。

 そして、


「先輩は勘違いをしてます。覚えてないから、仕方ないとは思うんですけどね」

「……勘違い?」

「はい。先輩……私が、先輩の家に初めてご飯を作りに行ったときに言ったこと、覚えてますか?」

「……結婚を前提に付き合うって話か?」

「それです」


 弥月みつきが俺の目を覗き込む。


「それ、先輩が言ったんじゃないです」

「……え?」

「私が、言ったんです」

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