第16話 コーヒー飲んだら告白されました
「その告白は、私が言ったんです」
「……どういうこと?」
「あの日、コーヒーを飲んでから先輩が少しだけ大胆になったじゃないですか」
「……そうだな」
あの時は誕生日に後輩の女の子から誕プレもらえるとかなんとかで浮かれたからだと思っていたが、現実はカフェインで俺が酔ってるだけだった。
「覚えてますか? 私が先輩に誕生日プレゼントで何が欲しいか聞いた時のことを」
「それは……覚えてる。俺が……彼女が欲しいってふざけた時だ」
「そうです。それを聞いたときに……私、チャンスだって思ったんです」
「チャンス?」
「だって……私、ハル先輩のこと、ずっと好きでしたから」
「……んな馬鹿な」
「馬鹿じゃないです。本当です」
だが、
誰よりも彼女の冗談と、本音の間に挟まれていた俺だからこそ……それが、分かった。
「初めて……そう思ったのは、中学校のときでした。……私、髪の毛の色が派手じゃないですか」
「……そうだな」
彼女は生まれ持っての蒼髪だ。
「だから、染めてるんじゃないかってすごい言われて……あまりクラスの中で馴染めなかったんです。それに、先生からも私は染めてるんじゃないかって疑われて……。居場所が、無かったんです」
中学生なんて、やんちゃな子は教師に反発したがるものだし……その中で、髪の毛を染めたいと思うのも当然のことだろう。
だが、教師たちはそれを許さない。しかしそこに、クラスの中に髪を染めているかと思うような髪色の人間がいれば……それは、格好の餌食になる。
「うちの中学って、部活が強制だったじゃないですか」
「そうだな」
「運動部にいる女の子たちは、私のことをすごく……その、馬鹿にしてたりイジってきたりして入りたくなかったんです。だから、文化部ならと思って、ハル先輩のいる部活に入りました」
「……俺はてっきり、本が好きだったのかと」
「それもありますけどね」
でも、と
「文化部の中でも……一番人が少なそうな部活に入ったんです。そしたら、ハル先輩がいた」
「…………」
「文化部に入れば……イジめとかは無くなるんだろうなって思ったんです。でも、あそこでは……ずっと、無視されました」
「部活の中でも浮いたときに、私はずっとそうなんだろうなって思ったんです。ずっと、こうして誰にも受け入れられないんだって」
「……そんなことは、ないだろ」
「はい。ハル先輩がいましたから」
そう言われてしまい、俺は黙り込む。
なんて返せば良いのかが分からない。
「先輩だけだったんです。ハル先輩だけが、私を私として見てくれたんです」
「……そんな、大したことじゃ」
ない。そう言おうとした俺の言葉を彼女は遮った。
「大きなことなんです」
周りの目も気にせずに、
「すごく大きなことなんです。私は、先輩がいたから学校に通えたんです」
「…………」
知らなかった。彼女がそんな風に思いつめてるとは。
本当に俺は……知らなかった。
「先輩がいたから、私は学校で1人じゃないと思えたんです。先輩がいたから、私は救われたんです。だから、高校でもハル先輩と同じ場所に行きたいと思って志望したんです」
「……そうだったのか」
俺は低く、唸るようにそう言った。
「その時から、ずっとです。ずっと先輩のことが好きでした」
「……でも、私には勇気がないから。無かったから、ずっと告白できなかったんです。中学で、先輩が卒業するときに告白しようと思いました。もし、高校生になって先輩に彼女ができたらって思ったら……。それがずっと可愛い子だったら、私は勝てないから」
「
彼女は、時折本当に低い自尊心を見せる。
頭がよく、顔もよく、性格も良い彼女が……どうしてそうなるのか、俺は今までずっと不思議だった。だから、いつもこうして彼女には「そんなことはない」のだと、言い続けてきた。
彼女がそうなった理由が、よく分かった。
「ほら、先輩。そういうところですよ。そういうところが、駄目なんです」
「……駄目だったか?」
「駄目というより、ずるいです。なんで先輩は、恥ずかしげもなくそうやって言えるんですか」
「…………」
「そんな先輩のことを好きなるのは……仕方ないじゃないですか」
「……だから、あの時チャンスだって思ったんです。先輩が誕生日プレゼントで彼女が欲しいって言ったときに、もうここしかないんだって。ここを逃したら、私には言い出す機会がないんだって」
「それは……思いつめすぎだ」
「そうかもしれません。でも、嫌だったんです。いつか先輩が他の人と付き合うかも知れないって思いながら、部活で先輩と一緒に過ごすのが。もしかしたら、誰かから告白されるかも知れない。もしかしたら、先輩に好きな人が出来るかも知れない。それが、嫌だったんです。私にとって、部活の時間が……一番、好きな時間でしたから」
「……
「中学3年生のときは、本当に怖かった。先輩が高校で誰かと付き合ってるのかと思うと、夜も眠れませんでした」
「……誰とも付き合ってなかったんだけどな」
「だからすごく安心しました」
なんか引っかかるな、その言い方。
「同じ恐怖を、高校でも味わいたくないんです。だから、本当に……もう、この時を逃すわけには行かなかったんです。私は、先輩しか見てきませんでした。だから、この先も先輩以外を見たくないんです」
「……そ、そうか」
「だから、先輩に言いました。『私と付き合ってください』って」
「……そしたら?」
「『良いよ』って」
……言っちゃったの?
俺が? 酔ってる状態で??
「だから私、嬉しくなって続けたんです。なら、『結婚を前提に付き合ってくれますか』って」
「…………そしたら?」
「『良いよ』って」
「俺が言ったの?」
「言ってました」
「……何をやってんだ俺は」
俺は頭を抱えてしまった。
マジで俺は何をやってるんだ。
「でも、先輩は覚えてなかったんですね」
「すまん」
「良いんです。そうやってちゃんと言ってくれる先輩が好きですから」
「……そりゃ、どうも」
「それで……その、先輩」
「どうした?」
長く、本当に長く彼女は自分の過去とあの日の出来事を語ってくれた。
それが俺にはありがたく、とても嬉しかった。
「ちゃんとした告白の返事を、もらってもいいですか?」
「………んん?」
「だって、ハル先輩は私から告白されたことも……その告白を受けたことも覚えてないんですよね」
告白、という言葉を
……よく見れば、俺たちのテーブルにいくつもの視線が向けられている。
「……そ、そうだな」
いつからだろうか。一体、いつから彼女はこれを考えていたのだろうか。
俺にあの日の記憶がないと言った時からだろうか。
それとも、もっと前……カフェに入ったタイミングだろうか。
自分自身の過去、そして俺への思い。
それらを衆人の中で晒し、視線を集める。
「だから先輩。改めて、言いますね」
俺は……俺は、本当に駄目だった。
コーヒーで酔ってしまい、
彼女は後輩だから拒否をしなかった。むしろ、酒によって後輩という弱い立場に結婚を迫ったのだと……俺は、そういう風に思っていた。
けど、違う。
これは、俺が彼女を巻き込んだんじゃない。
「私と、結婚を前提に……付き合ってくれませんか?」
俺が
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