第18話 コーヒーによって全てを勘違いしていました

「……やばいことになった」


 明りも付けずリビングにあるソファに腰掛けたまま俺は、文字通り頭を抱えていた。


「やばいことになったぞ……ッ!」


 コーヒーのせいで俺は全ての関係性が狂ってしまったのだと思った。元々、仲が良かった3人だったが、向こうから絶縁を言い渡されることも念頭に入れてちゃんとコーヒーの話をすれば……そう、話さえすれば、この問題は解決するのだと思っていた。


 また、いつもどおりのあの日常に戻るのだと。


「なんにも変わってない……ッ!」


 だから、勇気を振り絞って告白した。


 ルナちゃんに、芽依めいに、弥月みつきに。

 コーヒーのせいで記憶が無くなったんだと。

 そのせいで、告白したことを忘れてしまったのだと。

 

 だが、違うのだ。


「俺は弥月みつきに告白なんて……ッ!!」


 よもやもよもやだ。


 全て……そう、最初から全てを勘違いしていたんだ。

 てっきり、俺はコーヒーに酔った勢いで彼女たに告白したのだと思っていた。ルナちゃんについても、俺はコーヒーのせいだと思っていた。


 現実は告白してきたのは彼女たちからであり、俺はその全てにOKを出していたのか……?


「いや、待てよ?」


 待て。落ち着け。冷静になれ俺。

 

 コーヒーを飲んだことは彼女たちには伝えた。

 そして、その日の告白が無効になったこともちゃんと伝えた。


 だが、その状態で告白を返してきたのは2人だけ……ッ!

 弥月みつき芽依めいの2人だけだ……ッ!!


 そして、すでに弥月みつきの告白には返事を保留と返している……ッ!

 

 ならば、あとは芽依めいだけだ。

 芽依めいの告白を処理してしまえば、この状況から脱出できる。


 長く付き合うことになると思っていた胃痛ともおさらばだ……ッ!

 なお、この際ルナちゃんについては考えないものとするッ!!!!


「ね、ネットだ……ッ! こういうときはインターネットに答えがあるんだッ!!」


 現代っ子たる俺は文明の結晶体であるスマホを取り出してググる。

 とにかく芽依めいと俺の状況である『女の子から告白されたけどNoの選択肢がない』という限定的な状況シチュエーションの解決方法をググりまくった。


 だが……当然出てこないッ!

 そもそも付き合いたくないのであれば拒否をすればいいだけであり、その拒否が選択肢に存在していない以上、この状況の解決は不可能!


「終わった……ッ!?」


 いや、まだだ……ッ!

 まだ、芽依めいがなんて言ったかを思い出すんだ……ッ!


 コーヒーで記憶を飛ばしてから、逆に記憶をなくすことに恐怖を抱くようになった俺は……ここ数日の記憶をはっきりと思い出せる。そうだ。芽依めいは、俺がコーヒーを飲んで記憶を無くした次の日の朝に、俺が言った言葉を教えてくれた。


 俺はあの時、芽依めいに『約束を守りに来た』と……そう、言ったらしい。


「約束……。約束……」


 俺は約束を守りに芽依めいのもとに行ったのだろう。

 だが、それは一体だ?


 俺と芽依めいが小さいころに交わした約束は、それこそ1つや2つではない。

 もっとだ。もっとたくさんの約束を交わしている。


 俺が忘れているのも含めると、もはや分からない。


「……俺はどの約束を守りに行ったんだ?」


 それは、ふと浮かんだ純粋な疑問だった。

 

「……聞いてみるか」


 俺はスマホを取り出して、芽依めいに電話をかけた。

 コール音が2回鳴ったところで芽依めいの声が聞こえてきた。


「ハル?」

「少し話せないか、芽依めい

「う、うん。別に良いけど……どうしたの? ハルから電話してくれるなんて。嬉しいけど、なんかいきなりっていうか」

芽依めいに聞きたいことがあってさ」

「長くなる?」

「場合によったら」

「じゃあ、ハルの家に行っても良い?」

「……ああ」


 別に俺の家に来る必要はないのだけど、来たいというのであれば……それを断る理由にはならない。それに、ちゃんと面と向かって話した方がスマホ越しだとできない話もできるだろう。


 そう思っていたら、


「わ、分かった。準備していくから。……1時間くらい待ってて」


 芽依めいはそう言ってスマホを切った。


「いや、そんなに長くかかるなら通話のままで……って、切れてるし……」


 1時間後って22時じゃん。

 そんな夜遅くに来たら、大変だって……と思うが、それからスマホに電話をかけなおしても芽依めいは電話に出ない。


「……迎えに行くか」


 夜に女の子を1人で歩かせるわけにも行かず、俺は立ち上がった。

 

 ちょうど1時間後に到着するように向かうと、家の中から慌てて出てきた芽依めいと目があった。いつも仏頂面の芽依めいの顔が、俺と目があった瞬間にぱっと明るくなる。


「むっ、迎えに来てくれたんだ……」

「危ないしな」

「そ、そうよね。……うん。ハルがそんなに気が回るなんて思わなかったわ」


 芽依めいは話し合うだけと言ったはずなのに大きな荷物を背負っていた。大変そうだから、俺は彼女の荷物を持つと……そのまま、芽依めいは、俺にすっと手をだしてきた。


「ん?」

「はい」


 俺はわけも分からずその手をとると、芽依めいは満足げにうなずいて歩き始めた。ふわりと芽依めいの髪が風に舞うと、甘い匂いが鼻孔をくすぐった。


 ……シャンプーの匂いかな?

 甘い柑橘系のような匂いで、嫌な感じはしない。


 むしろその匂いのせいで、芽依めいのことを女の子だと意識してしまい……心臓がわずかに脈を早めた。


「聞きたいことって何?」


 そんな俺のことを知ってか知らずか、芽依めいは俺にそう尋ねてきた。だから俺は彼女に聞けなかったことを、ゆっくりと尋ねた。


「……俺の誕生日に、俺が芽依めいに何を言ったのか。それを知りたいんだ」

「あの日のこと? 別に良いけど」


 芽依めいは、昔を懐かしむように……つい、数日前のことを語りだした。


「あの日ね、私は泣きながら家に帰ってたの」


 噛みしめるように、ゆっくりと。

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