第2-10話 正気の狭間で

「まずはハルさん。ルールを決めましょう」


 さて、何か始まったな……と、俺が思っている間にルナちゃんはそう言って人差し指を立てた。


「まず1つ。この家ではハルさんの面倒は全て私がみます」

「うん?」


 どういうこと?


「家事、食事、お風呂。全部私がやります」

「いや、流石にお風呂は……」

「じゃあ、お食事と家事は私がやります」

「うん」


 料理を作るってことかな?


 と、俺が心の中で首を傾げたのもつかの間、ルナちゃんは綺麗なまま、次に中指も一緒に立てて、ピースの形をつくった。


「食事は全部私が食べさせるので安心してください。ハルさんはただソファーの上に横になっているだけで良いんです」

「……ん?」


 あれ? 食事って料理をするんじゃないの?

 ルナちゃんがご飯を作ってくれるってことじゃないの??


 あ、いや、でも料理をするんだったら料理するって言うのか。


 え、じゃあこの子は何すんの……?


 俺がルナちゃんの言葉を噛み締めて恐怖にふるえていると、彼女はにこやかに続けた。


「大丈夫です、ハルさん。今日のご飯はお寿司ですから! もう注文してあるので!」

「いや、ごめん。何が大丈夫なのか全くわからん」

「分かんなくても大丈夫です! あとはなるようになります!」


 駄目だ。完全に押し切られた。

 どうしようこれ。


「最初は口移しで……って考えたんですけど、冷静になってみたらあんまり最初から飛ばしすぎるのも良くないなと思って」

「???」


 ブレーキかけて出てきた案が寿司を食べさせるなの?

 ブレーキかけなかったら口移しなの??


 頭ン中どうなってんの???


 と、俺が溢れ出る疑問に食い殺されそうになっている間に、呼び鈴が鳴った。


「頼んでたお寿司が届いたみたいですから、取ってきますね。ハルさんはここで待っててください」


 そして、全くもって何も理解できていない俺をおいてルナちゃんはインターホンに向かっていった。オートロックを解除して持ってきてもらうんだろうか。金持ちってすげぇや……じゃなくて。


「食べさせるって……。俺はルナちゃんに食べさせてもらう代わりに、俺がルナちゃんにお寿司を食べさせるの?」


 今日の昼間に弥月みつきとやった食べさせあいみたいな感じで?

 

 俺の頭の中にある飯を食べさせるという案がそれしかなかったから、俺はルナちゃんに弥月みつきの発想を借りてそう尋ねたのだが彼女は静かに首を横に振った。


「そんな訳ないじゃないですか。私が、私だけがハルさんに食べさせるんですよ?」

「めんどくさくないの?」

「なんでそんなこと言うんですか!!」


 興味本位で聞いたら、逆にちょっと大声で返されて俺は困惑。

 いま怒るようなことあった?


「めんどくさいなんて思うわけないじゃないですか! それに、世の中の小学生はお姉さんからご飯を食べさせてもらってるものなんです」

「そんな馬鹿な」

「フランスではそうです!」


 絶対違ぇわ。


 さらっと嘘を吐きながらも、ルナちゃんはその一線を全く譲る気がないというのが分かって俺はげんなり。こうなると梃子てこでも動かないのが俺の周りにいる女の子たちだ。カフェインを飲まされないだけマシだと思おう……と、俺が半ば諦めムードを出しているとお寿司が到着。


「……桶に入ってる」

「ハルさんが来るからちょっと奮発ふんぱつしちゃいました!」


 そういって胸の前でぐっと拳を握りしめるルナちゃん。

 こうして見ると可愛いんだが、これからされることを考えるとそれを可愛いとは思えない。ただただ怖いだけである。


「さぁ、ハルさん。こっちに来てください」

「え? あ、うん」


 どうやら食事はソファーで取るらしく、俺は先ほどまで座っていた赤いソファーに案内される。


 ……あれ? でも、キッチンの方に食卓はあったよね?

 なんでソファーなんだ?


 と、俺が不思議に思っているとソファーに座ったルナちゃんは、ぽんぽんと自らの膝を叩いた。


「さぁ、ハルさん。頭を載せてください」

「……ふ、不思議なことを言うんだな。そこに頭を載せたら、俺は寝ることになるが」

「はい。膝枕です」

「いや、だからそれは見て分かるって」

「膝枕で、ご飯を食べさせたいんです」

「な、なんで……?」

「だって、そうされるとなんだか愛が深いみたいじゃないですか」

 

 何いってんだこいつ……。


 俺はルナちゃんを見ながらドン引き。

 だが、そんなことなど意にも介さないのがこの子。


「さぁ、早く。早くこちらに!」

「うわっ! 腕を引っ張んなくても行くって! 力強……」

「強くないです普通です」


 俺が呆然と立ち尽くしていると、ルナちゃんが腕を引っ張って無理やりソファーに座らせた。そして、そのままルナちゃんが自分の膝を指し示す。はやく頭を乗せろということか。


「……あのさ」

「どうしたんですか?」

「そのままだと、白女の制服が汚れない?」


 白女はその名の通り、制服も白を基調としたとても清楚なもの。

 だが、その反面とても汚れが目立ちやすい。


 俺が彼女のスカートに頭を載せたり、もしくはそんなところで寿司なんて食べようものなら彼女の制服が汚れてしまうではないか。俺は彼女に食事を食べさせてもらうというのが怖くて仕方ないのでそういって誤魔化そうとしたのだが、


「はい。それがどうかしたんですか?」


 全く気にして無さそうなルナちゃんに返されて撃沈。

 

「だって考えてもみてください、ハルさん。どうして、女の子はキスマークを彼氏に付けたがると思うんですか?」

「……女の子って彼氏にキスマークを付けたがるものなの?」

「はい。私の周りではそうです」

「ほんとかよ……」


 しかし、反論できるほど俺は女の子の知り合いが周りにいない。悲しい。


「分かりましたか?」

「いや、分かんねぇ……」

「周りに知らせたいんですよ。自分のものだって」

「な、なるほど……?」


 あぁ、そういえば芽依めいも似たようなこと言ってたな……。


「だから、汚れも一緒です」

「いや……。違うと思うけど……」

「私の制服が汚れてたら周りの方が心配してくださいますよね。きっと心優しい方は『制服汚れているよ』と教えてくださるはずです。そんなとき、私はこう返します。『夫と遊んでいたんで……』と」

「いや、その返しは絶対におかしい」

「だから、はやく寝てください。私に膝枕をさせてください!」


 ひ、人の話を聞かねぇやつだな……と、思いながら俺は渋々彼女に膝枕をされながら寿司を食った。寿司はうまかった。クソが。

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