第25話 2+1

 俺は神様を信じない。

 本当に神様なんてものがいるなら、俺の母親は死ななかったと思うのだ。


 だが、ここ最近……本当に、ここ最近、俺は神様のいたずらというのは信じ始めている。そうじゃないと、誕生日にコーヒーを飲んで3人の婚約者が目の前にやってくるなんて状況にならないだろう?


 だから、きっと神様というのはとびっきり性格が悪いやつだ。


「……せーんぱい。どうしたんですか? そんな焦ったような顔して」

「いっ、いや、別に! なんでもないぞ!」


 そんな俺の思考を現実に戻すかのように弥月みつきが悪戯な微笑みを浮かべる。


 なんでよりにもよってこのタイミングで弥月みつきがウチに来るんだ……ッ! 


 と、思ったが、弥月みつきはいつも朝になったらウチにやってきていた。そう考えると、彼女が、まだ午前中であるこの時間帯にウチに来るのは何一つとしておかしなことではない……ッ!!


 問題は芽依めいとルナちゃんがいるんだから弥月みつきがウチに来るはずがないと考えていた俺の甘さ……ッ!


 よく考えてみれば、前にも芽依めいが家にいるときに弥月みつきがやってきたことがあった。そう考えると、この状況は事前に想定可能ッ! 俺の認識の甘さがこの状況を生み出したのだッ!!


「またお腹の調子が悪いんですか?」

「いや、お腹の調子が悪いっていうか……!」


 今は家の中にルナちゃんと芽依めいがいる。ただでさえ、やばいのに弥月みつきも入ろうものなら地獄待ったなし。2人でさえ手に負えなかった状況に、3人目がやってきて上手くいくはずがないのだ……ッ!


「あー、もしかして。私に隠れて女の子でも連れ込んでいるんですか?」

「…………」


 冗談めかして弥月みつきがそういうが、当たらずとも遠からずというか、まさにその通り。俺は乾いた愛想笑いしか浮かべられない。


「でも、先輩でもこの時間に起きるんですね。休みの日はいっつもお昼まで寝てると思ってました」

「そ、そういう日もあるかな……!」


 俺がどう誤魔化すか冷や汗を走らせていると、廊下の奥から足音が聞こえてきて、


「ハル? いつまで玄関で話してるの?」

「……あっ」


 時すでに遅し。


 玄関口に立っていた弥月みつき芽依めいの視線がバッチリ会った。


「だっ、誰ですか!? なんで女の人が先輩の家にいるんですかッ!?」

「そ、そっちこそ誰よ! ハル、説明して!!」

「ハル先輩! 説明してください!!」


 俺は2人から詰め寄られると、全てを諦めて両手を上に上げると降参のポーズ。


「……こっちが部活の後輩の弥月みつき。こっちが俺の幼馴染の芽依めい


 俺はお互いにそれぞれの素性を簡単に説明すると、弥月みつきに視線をあわせて家の奥を指差した。


「で、部屋の中にもう1人いる」

「……どういうことですか?」


 弥月みつきのひどく困り果てた声に、俺は心の中で深く同意した。俺も知りたい。


 ルナちゃんも芽依めいもいるのに、弥月みつきだけを送り返すわけには行かず……俺は彼女を家の中へとあげた。


 彼女は最初、困惑の表情を隠しもしなかったが、ルナちゃんを見るとぱっと顔を輝かせて小走りで駆け寄った。


「わっ! すごい! 本物の金髪ですよ!! ハル先輩は女たらしだと思ってましたけど、まさか外国の方までたらしてるとは!」

「それ日本語あってんの……?」


 たらしてるってのは、果たして動詞になるんだろうか。


「ど、どなたですか……?」


 弥月みつきの登場に困惑しながら、ルナちゃんが尋ねる。


「ハル先輩の後輩の弥月みつきです!」

「ハルさんの後輩……」


 ルナちゃんはそういうと、弥月みつきを見た。

 そして、俺の方を向いて何かを言おうとしていたがそれよりも先に、弥月みつきが口を開いた。


「わー! 目が青い! 宝石みたい!!」

MeありがとうMerci……」


 ルナちゃんが小声で、お礼を言っていた。


「で、なんでハルの後輩がここに来るの?」

「……昨日、告白された」

「えっ!?」


 ルナちゃんと弥月みつきが戯れている間に、芽依めいの問いかけに答える。


「それって……」

「……ごめん。ちゃんと話すよ」


 俺はそういって、3人を食卓に集めて……ついに、正直に話すことにした。コーヒーを飲んでから、記憶が無くなったこと。目を開けたら3人から告白を受けていたこと。また、その記憶もないということ。


 だから、告白されても、すぐには頷けないということ。


 そのことを、俺はただ正直に話した。

 話すしか、無かった。


 今まで黙っていたという心苦しさが、喋りを加速させた。


 そんなに長くは話さなかったと思う。5分か、10分か……とにかく、それくらいだ。だが、俺以外の誰も喋らずただ黙って俺の話を聞いていた。


「黙ってて……ごめん」


 俺は最後にそういって、頭を下げた。

 

 3人には絶縁されたっておかしくないことをした。

 だから、正直……この話で全てを失っても俺は良いと思った。


 それが報いだとも。

 だが、最初に返ってきたのは俺の思っていた言葉とは違うものだった。


「だから、先輩は私の告白にOKしてくれなかったんですね」

「……悪かった」

「良いんです。むしろ、先輩が保留してくれたことで……安心しました」

「安心?」

「だって、私にもまだ可能性があるってことですよね?」

「…………可能性」


 弥月みつきの言葉を俺は繰り返す。


「はい! だから……やることは一緒です。先輩が私のことを好きにさせれば良いだけなんですから」

「……怒らない、のか?」


 俺が弥月みつきにそう聞くと、彼女は微笑んだ。


「怒ったら、私と付き合ってくれるんですか?」

「……それは」


 そんなことにはならない。

 弥月みつきに怒られても当然だとは思うが、だからと言って償いとして彼女と付き合うのは……それは、おかしな話だと思うのだ。


「でしょう? だから、怒りません。怒ったってなんにもなりませんから」


 弥月みつきの言葉に重ねるように、ルナちゃんが言った。


「ハルさんが……正直に言ってくれたことは嬉しいです。でも、私は……」


 そこまで言って、ルナちゃんは明らかに弱気になると首をぶんぶんと横に振った。


「大丈夫です! 私とハルさんは運命で繋がってますから!」

「……うん」

「それにハルさんが私を家に入れるときに、拒否する権利もあったんです。でも、ハルさんは拒否しなかった。大丈夫です。ハルさん、私はハルさんのことを信じてます」

「俺は……信用されるような人間なんかじゃ」

「そりゃ……ちょっとは、嫌です。私だけを見てほしいです。でも、大丈夫。最後には私とハルさんが結ばれるから、大丈夫です」


 何が大丈夫なのか俺にはさっぱり分からないまま、ルナちゃんはそういうとにっこり笑った。


「……ハルに女が近づかないようにしてきたのに、全部裏目に出ちゃったわ」

「それ本当にやってたの?」


 ルナちゃんが言ってたのを聞いた時は、ルナちゃんが芽依めいの悪口でも言っているのだと思ったが……芽依めいから言い出したので一気にガチっぽくなった。


 なんでそんなことを……。


「しょ、小学生のときはね。ハルが誰かと付き合うのが嫌だったから。……でも、中学生に入ってやめたの。そんなことをしなくても、ハルは私と約束したから……それを護ってくれるって思ったの」

「……悪い」

「まさか、その間にこんなことになるなんて思ってなかったわ」

「俺も思ってなかったよ」

「けどね、こんな状況になって……もしハルが他の2人のどっちかを好きになってたら、ハルは私の告白を断ってた。そうでしょ?」


 いや、拒否権無かったじゃん……と、思いながらも俺はうなずく。

 誰かと付き合っていたら、流石にそのことを芽依めいに言っただろう。


 意志薄弱も薄弱な俺だが、流石にその一線は超えなかったと思う。

 いや、思いたい。……でも、俺のことだからどうかなぁ……?


 いまいち、自分を信じきれない。

 これも全部、コーヒーが悪いんだ。


「でも、ハルは受け入れてくれた。それって、やっぱり私のことが一番好きってことよね?」

芽依めいさん?」


 ルナちゃんがツッコむと、芽依めいは笑った。


「冗談よ。でも、話してくれてありがとう」

「……悪い」


 俺が再び頭を下げると、弥月みつきはルナちゃんと芽依めいを見た。


「でも、まさか先輩のことが好きな人がこんなにいるとは……」

「それはこっちのセリフよ。ハルは私だけに優しんだって思ってた。……でも、思い上がりだったわ」

「ハルさんはみんなに優しいんです。それがハルさんの良いところですから」


 3人がそろって褒めてくれるのだが……逆に俺はそれで胃が痛くなり始めた。まさか、褒められて胃が痛くなるなんてことになるとは、俺も思っていなかった。


 だが、俺が正直に言ったことについて3人が怒らなかったというのは……完全に予想外だったし、その結果として芽依めいとルナちゃんの敵対的な姿勢が無くなったのは良いことだろう。


 俺がそう安心し始めた矢先、


「でも、私が一番先輩のことが好きなんですけどね」


 弥月みつきがそう言って、再びの口火を切った。

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