第24話 狂乱の宴は終わらないっ!

 空気が凍るというのは、まさに今みたいな状況を言うのだと、俺は他人事のように思った。俺は無言。芽依めいも無言。ルナちゃんも無言。ただ、ルナちゃんと芽依めいの視線が俺に向けられる。


 当然、芽依めいが何を言ったかなんて聞き返すまでもない。ただ、俺は何も答えられなくなったのだ。


「ちょっと、芽依めいさん? ハルさんが芽依めいさんに気を使って無言になってるじゃないですか」

「なんでハルが私に気を使うのよ」

「だってハルさんは私のことが好きなんですよ? それなのに、芽依めいさんに誰が好きかなんて聞かれたら……困るに決まってるじゃないですか」

「なに言ってるの?」


 芽依めいのツッコミは残念ながらルナちゃんには届かず、彼女はさらに続けた。


「ハルさんは優しいですから、みんなを傷つけないようにしようとしてるんです。芽依めいさんに誰が好きなのって聞かれて、すぐに私の名前をあげたら芽依めいさんが傷つくじゃないですか」


 流石の芽依めいもこれには驚愕したのか、はたまた呆れ果てたのか……それは定かではないが、しばらくの間、閉口して、


「……すごい自信ね」


 とだけ、呟いた。

 それにルナちゃんは笑顔でうなずくと、


「だって、運命で繋がってますから」


 と、ドヤ顔で返す始末。

 る、ルナちゃんは純粋だから皮肉が通じないんだ……ッ!


 だが、そう思ったのは俺だけじゃないみたいで、芽依めいがルナちゃんに尋ねた。


「運命? そんなものを信じてるの?」

「はい。だって、私が帰国して初日にハルさんは道に迷っている私を助けにきてくれました。これが運命じゃなくてなんだって言うんですか?」

「偶然」

「はぁ……。偶然なんかじゃありませんよ。私とハルさんの絆が成し遂げた奇跡です」


 余りにも『運命』という言葉を確信しているかのように話すので、芽依めいは呆れたように言った。


「ルナってさ、朝の占いとか信じてそう」

「信じるわけないじゃないですか。あんな非科学的なもの」

「え?」

「だって占いですよ? 何が参考になるんですか」

「えぇ……」


 芽依めいはしばらく言葉に詰まってから、


「…………ハルは、運命とか信じる?」

「え、俺?」


 俺に話を振ってきた。


「ハルさんは信じてますよ。だって、小学生のときにそういう話をしましたから」


 したっけ?


「ルナに合わせてただけじゃないの」

「その場にいないのに知ったようなことを言わないでください」

「それを言うなら、私とハルだって約束したもの。結婚するって。運命よりも確実だわ」

「いつの約束ですか?」

「小学校に入る前くらいよ」


 芽依めいがそういうと、ルナちゃんはため息をついた。


「そんな昔の約束、効力を持ってるわけないじゃないですか。もしかして、芽依めいさんは子供の頃に親とした『嘘をつかない』って約束もまだ守ってるんですか?」

「なんでそんな昔の約束を守らないといけないのよ」

「えっ?」

「だって子供のころの約束でしょ? 今は関係ないじゃない」

「えぇ……」


 ルナちゃんは困り果てて、


「……………ハルさんは、約束とか守る人ですか?」

「え、俺?」


 俺に話を振ってきた。


「ハルは約束を守るわよ、ね?」


 芽依めいがドヤ顔で聞いてくる。

 その反対にルナちゃんが泣きそうになりながら、俺に聞いてきた。


「じゃ、じゃあハルさんは小学生のときに親とした約束を守ってるんですか」

「覚えてないなぁ」

「ほら! 昔の約束なんて守らないし忘れてるものですよ!」

「ハルは覚えてるもん……」


 小声でそういって、芽依めいは渋々座り込んだ。

 

 ……駄目だ! 事態の収集がつかねえッ!!


 俺を置いて周りだけがどんどんと状況を加速させていくので、俺はそれについていけない。何を言おうか迷っている間に、話がころころ切り替わる。


 だ、駄目だ……ッ! 話についていけねぇ……ッ!!

 俺の頭が悪すぎる……ッ!!!


「……2人ともいったん、落ち着いてくれ」


 俺はなにか2人に気の利いたことでも言おうかと思ったのだが、全然言葉が出てこずに……そんな、ありきたりなことしか言えなかった。


「私は落ち着いていますけど」

「私も落ち着いてるわよ」


 駄目だ、これは完全に落ち着いてない人間のセリフだ。

 例えるならそう……酔っぱらいに「酔ってますか?」と聞いて「酔ってない」と返されるようなアレ……!


「あ、あんまり喧嘩はよくないって……な?」

「喧嘩なんてしてないわよ。ただ、この思い込みの激しい女の思い込みを解消しようとしてるだけ」

「そうですよ、ハルさん。喧嘩なんてしてません。ただ、芽依めいさんが勘違いされているようなので、その勘違いを解消できたらなぁって思ってるだけです」

「それを喧嘩って言うんだよ……」


 傍から見てて、いつ手が出るんじゃないかと冷や冷やしていた。

 

 あ、でもこれって俺が悪いのか?


「ハルさんがそういうなら喧嘩はしません」

「じゃあ、ルナは家に帰ったら?」


 ルナちゃんがきっぱり宣言したと同時に芽依めいがそういった。


「帰ってってなんですか。ここは芽依めいさんの家じゃないですよね?」

「でも、将来的にはハルと私はここに住むわ」

「私とハルさんが住むんですよ?」


 なんで喧嘩しないっていった側から喧嘩を始めるんだよ。


「ハルはどっちと住みたいの?」

「喧嘩しない方」


 俺が芽依めいの質問に答えると、2人は顔を見合わせてそのまま黙り込んだ。


 あれ? もしかして解決法見つけちゃった?


「運命も約束も……俺には、過ぎたものだよ」


 そして、そう漏らして……立ち上がると、お茶を取りにリビングに向かった。その瞬間、反射的に2人が顔を見合わせて。


「今のハルさんの言葉、どういうことでしょうか?」

「……分かんない。でも」

「でも?」

「でも、ハルにとって私たちが重い……の、かも」

「重いって、私もですか?」

「そう」


 ……聞こえてんだよなぁ、と思いながらも顔にも言葉にも出さず、俺は緑茶の葉っぱを急須にいれる。


「……わ、私って重いんですかね?」

「……そうね」

「や、やっぱりですか……?」

「流石に小学生のときに書いた婚姻届を持って『運命』って言うのは……重いわ」


 ルナちゃんはショックを受けたように黙り込む。

 そんなルナちゃんに芽依めいは恐る恐る尋ねた。


「……あのさ、ルナ」

「はい?」

「その……昔の約束って言って結婚を迫るのって、重いかしら……?」

「……はい」

「……やっぱり?」

「だ、だって……小学校に入る前にした約束ですよね? 普通は忘れているっていうか……それで、結婚を迫るのは……その、重いですよ」


 そして2人仲良く黙り込んだ。


「……どうしましょう、芽依めいさん」

「……なにが?」

「重い女は嫌われるっていいますよね」

「……言うわね」

「わ、私。それだけは気をつけようと思ってたんです。だって、ほら。私、ハルさんのことが好きすぎるから……重くなるって」

「気をつけてたの?」

「はい」

「気をつけて……それだったの?」

「はい……」


 電気ケトルに入れた水が沸騰し、俺はお湯を急須に移す。


「そ、そういう芽依めいさんはどうなんですか。気をつけてたんですか?」

「そりゃ……私は、幼馴染だから。……幼馴染って、ずっと一緒にいると恋愛対象にならないって、知ってる?」

「え、そうなんですか?」

「家族みたいになるから対象外になるんだって……だから、わざと距離を置いてたの。でも、そこまで頭が回ってなかったわ」

「な、なるほど。芽依めいさんは自分が重くなってるっていう自覚がなかったと……」

「悲しいことに、そうなるわね……」


 2人で顔を突き合わせて話していると、なんだか姉妹みたいに見えなくもない。


「……気をつけましょう」

「……気をつけるわ」


 そして、2人は顔を離した。


 何だかんだでこの状況はなんとかなりそうでほっと息をついた瞬間、家のインターフォンが鳴った。


 ……なんで、このタイミングで?


 とは言っても、俺の家でインターフォンが鳴ることはそう多くない。宅急便が来たときか、芽依めいが来た時。あとは……。


「ちょっと出てくる」


 俺は2人にそう言うと玄関の扉を開けた。


「あ! ハル先輩! おはようございます!」

「……弥月みつき?」

「はい! ハル先輩のことが大好きな後輩の弥月みつきです!」


 そこには、小悪魔のような微笑みを浮かべた後輩が……立っていた。

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