第23話 コーヒー飲んだら修羅場になりました。その2

「そもそもハルさん、なんでこの人はハルさんの家にいるんですか?」


 前提を確認するかのようにルナちゃんはそう言って芽依めいを指差した。


「私がハルの恋人だから」


 それ以外になんかある?

 とでも言いたげに、芽依めいはそういうと少しだけ服をずらしてキスマークをアピールしはじめた。今それを見せたら話がややこしいことに……ッ!


「いや、それは貴女がそう思ってるだけですよね? ちゃんとハルさんからの返事をもらったんですか」

「それは…………」


 芽依めいは「当たり前でしょ」と言いたげに胸を張りかけて、段々と尻すぼみ的にその自信を失っていった。


「……も、もらってるわよ。多分」


 残念ながら俺は言ってない。

 俺の告白に拒否権は用意されていなかったからだ……ッ!


芽依めいさんのことだから、ハルさんの退路を断って無理やり告白したんじゃないですか? ハルさんがOKしないと、もう学校に通えないような秘密をバラすぞって脅して」

「そ、そんなことするわけないでしょ!」

「どうなんですか、ハルさん」


 え、ここで俺にくんの?


 俺はちらりと芽依めいを見る。

 彼女はあたふたしながら俺を見ていたが……俺は嘘を着くわけにも行かず、正直に話すことにした。


「……別に、秘密をバラすぞって言って告白されたわけじゃないけど」

「ほら!」


 芽依めいが勝ち誇ったかのように言う。


「でも、断るのはダメって言われたな」


 俺がそういうと、ルナちゃんは「ほら!」と、ドヤ顔で言った。


芽依めいさんの昔からの悪いところですよ。自分の希望を叶えるために他人に無理強いする。小学生のときからなんにも変わってないじゃないですか」

「そ、そんなこと言ったって……! ルナの婚姻届だって、どうせハルの前で泣き落としでもして書かせたんでしょ! どうなの? ハル」


 え、ここでも俺にくんの?


 とは言っても、さっき芽依めいからの告白を正直に言った手前……ルナちゃんに関しても嘘をつくわけにも行かないので正直に言うことにした。ていうか、君たち普通にお互いの名前呼んでんじゃん。


 絶対、覚えてるだろ。


「……まぁ、そうだな。無理やりってことは無いけど、俺が書くって言うまで、泣いてたな」

「ほら!」


 芽依めいは口に出しながら、ルナちゃんを指差した。

 

 ルナちゃんが転校するという前日。彼女は顔を赤くしながら、教室に紙の切れ端とペンを持ってきて……「名前を書いてくれ」とそう言ってきた。その紙には婚姻届と書いてあり……漢字は読めなかったが、意味は分かった俺はサインしたくないということを彼女に伝えると、ルナちゃんは泣き出したのだ。


 それは、今まで俺が見てきた彼女の中で一番の大泣きで……俺は、それ以上泣く彼女をみたくなくて、サインした。


 というか、お互いにお互いのことを知らない設定はどこに言ったのだろうか。

 もう守る気は無いんだろうか。


「おかしいと思ったの。ハルが婚姻届を書くなんて」

「で、でも! サインしてもらったのは本当です! だって私のことが嫌いだったらサインなんてしないじゃないですか! ハルさんは私に脈アリなんです!」

「ハルは優しいからサインくらいするわよ」

「でも、結婚ですよ。優しさだけでできる範囲を超えてます。ハルさんに私の愛が伝わってたんです」

「泣いてただけでしょ? ハルの優しさにつけこむっていうのよ。私はハルが大事だから、そんなことはしないけど」

「ハルさんが優しいのは分かりますけど、それでもサインしてくれたのは私のことが好きだったからなんです! そうですよね、ハルさん!」

「何言ってるの? ハルは優しいからサインしただけで、本当に好きなのは私よ。だって10年以上前の約束を覚えてくれてたんだもん。ね、ハル?」


 このタイミングで俺に振られて俺はなんて答えたらいいの?


 俺は芽依めいを見て、ルナちゃんを見て、また芽依めいを見た。


「……ちょっとトイレ」

「ダメです。今は私のことが好きだって知ってますけど、あの時はどっちが好きだったかだけ、言ってください」

「そうよ、ハル。今は私のことが好きだって知ってるけど、小学生の時はどっちが好きかだけ言ってよ」


 詰んでんじゃん。


 と、思って俺は逃げ出せなくなったことに己が運命を恨み、天井を見上げて……ちらりと、母親の遺影が目に入った。


 それを見て……ふと、俺は昔のことを思い出した。

 当時、俺が彼女たちにどんな感情を抱いていたのかを。


「……正直なことを言うと」

「うん」

「はい」

「俺は、2人とも……好きだったんだよ」

「どういうこと?」

「どういうことですか?」


 両端から刺すような視線が飛んでくる。


「好きっていっても、1つじゃないだろ? 俺は2人とも、友達として……好きだったんだ。俺はあのとき、母さんが死んで……辛かったんだ。でも、学校じゃ泣けないし家に帰って泣いたって親父を困らせるだけだ。だから、泣かなかったし、泣けなかった」


 今では消化できた。

 でも、当時の俺にそれは……とても、重たい出来事だった。


「だから、放っておけなかったんだよ。俺には……2人が。なんだか、泣けない俺みたいでさ」


 誰にでも、どんな人にでも悩みがある。

 それを抱えて、生きている。


 たまたま、芽依めいもルナちゃんも……俺がそういった悩みを抱えていた。だから、俺は彼女たち助けようと思った。俺は彼女たちの中に、俺を見ていたのだ。


「だから、2人とも……好きだったんだよ」


 良しッ!

 なんとかいい感じにまとまったなッ!!


 と、俺は湿っぽい雰囲気を出しながら語り終えると、すぐさまトイレに向かった。もう5年以上も昔のことなので詳しく覚えていない話だ。でも、多分そんな感じだったと思う……という内容をそれっぽく話したので詳しく詰められると間違いなくボロがでる。


 なので、俺はすぐさま避難した。


「……どうやって解決するんだ。この状況」


 2人が俺を責めなかったのは、完全に予想外だったが……このままでは、事態がどのように進むか予想すらもできない。誰か助けてくれ。


 俺はスマホを手に持ったまま、しばらく放心し……「修羅場 抜け方」とかで調べても、答えはでない。当たり前か。


 俺は困り果てたままリビングに戻ると……相変わらずの沈黙状態だったが、先程とはわずかに空気の質が違った。


「あ、ハルさん。おかえりなさい」

「ハル、おかえり」


 2人に出迎えられて、その間に座った。


「ハル。さっきは変なこと聞いてごめんね」

「ハルさん。さっきは変なことを聞いてすいません」

「いいよ、別に」


 2人からの謝罪を俺は受け入れて、朝ごはんの続きを食べるべく箸を持った瞬間に、芽依めいが静かに……そして、感情のない声で、


「……ハルは、今は誰が好きなの?」


 そう、聞いてきた。

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