第33話 コーヒーを飲んだら部員が増えそうになりました

 ガタガタ、と音を立てて部室の扉を開けて中に入ってきた弥月みつきは中にいる俺を見つけて顔を輝かせると、隣にいる芽依めいを見つけて露骨に不機嫌そうな顔を浮かべた。


「……なんでここに芽依めい先輩がいるんですか?」

「文芸部の見学だって」

「……はい? 見学?? 部活の???」

「らしい」


 放課後、今日は部活の活動があるということで、部室に向かおうとしたのだが……向かう途中で、芽依めいに呼び止められた。そして、『部活に行っても良い?』と聞かれたのだ。


 俺としては反対する理由も特になく、『弥月みつきと喧嘩しないなら』と返して、部室につれてきたのだ。で、しばらく俺は芽依めいと部室で喋っていると、遅れて弥月みつきが部室にやってきたのだ。


「だ、駄目ですよ。ハル先輩」

「何が?」

「うちの部活、2人で定員マックスです」

「そんな分かりやすい嘘、私にばれないとでも?」


 弥月みつきが適当に言った嘘は、あっさり芽依めいに見破られてそう言われていた。だが、弥月みつきは気にした様子もなく、ちらりと芽依めいを見た。


「それで、芽依めい先輩は何しに来たんですか」

「部活の見学だけど」

「じゃあ、ハル先輩の横からどけてください」

「なんで?」

「そこは私の席なんで」

「席決まってるの?」

「はい。決まってます。ハル先輩の横が、私です」

「じゃあ、そっち側に座れば良いじゃない」


 そう言って芽依めいは俺の隣を指差したが、残念なことに俺が座っているのは席の一番端。というわけで、そちら側には椅子も机もなんにも無い。


「なんにも無いじゃないですか」

「床があるわよ」

「もう!」


 なんて言いながらも、弥月みつきは椅子を移動させて俺の真隣に座ってきた。


 うわ、これ芽依めいとルナちゃんに挟まれたのを思い出すなぁ!!

 苦々しいというか、重く苦しい思い出である。


 あの場は弥月みつきの登場でぐちゃぐちゃになって、気がついたらお開きになっていたが……今回もまた、同じようになるとは限らない。なので俺は身構えていたが、俺の予想に反して、2人は本を開いて読み始めていた。


 あ、そこはちゃんと本を読むんだ……。


 これなら良かった……と、心の底で胸を撫で下ろして、弥月みつき芽依めいをそれぞれ見る。弥月みつきは相変わらずよく分からない文学作品を、芽依めいはこの間やっていたドラマの原作小説を読んでいた。


 こういう時にどんな本を読むのかってので性格が分かるよなぁ……と、思いつつ俺も読みかけのラノベを開く。こうして見ると、なんか俺だけ場違いな感じがするよ。


 窓から夕暮れの日差しが差し込み、部室の中をオレンジに染めていく。校庭からは運動部の掛け声が聞こえてきて、上階からは吹奏楽部の音声が聞こえてくる。それら全てが1つになって、学校の音を奏でていく。


 それらに、交わるように俺たちのページをめくる音もその中に加わって、1つの楽器になっていく。


 しばらく、俺は本を読むのに夢中になっており……気が付かなかったが、ふとなんだかよく分からないが弥月みつきと俺の距離が近いんじゃないかと思ってしまった。その距離というのは、心理的な距離ではなく物理的な距離である。


「……?」


 不思議に思って本から視線を上げると、さっきに俺と弥月みつきの間に空いていた30cmの距離が10cmになっている。ぴったりと、触れ合うまでに近づいてきた弥月みつきの腕が、本を持っている俺の手に当たる。


「……おい?」

「どうかしたんですか?」

「……いや」


 弥月みつきは意図していなかったのか、素の顔をあげてきたものだから……俺も自分の勘違いかも知れないと思い直し、少しだけ席を芽依めいの方にずらそうとして、その手を弥月みつきに止められた。


「別にこのままでもよくないですか?」

「狭くないか?」

「私は困ってないです」


 つまりは移動するなということだろうか。

 

 なんてことを思っていると、芽依めいは椅子を持って俺の真隣に持ってきた。

 そして、弥月みつきよりも距離を近く……なんて、ものではない。椅子と椅子をくっつけて、俺と芽依めいの間にある距離は0になった。


 そして、そのまま何も無かったかのような顔して本を読むものだから……俺だけが完全に置いていかれている。


 いや、明らかに距離が近いなぁ……なんてことを思っても、俺はそれぞれ両端を抑えられているため、動けない。なので泣く泣く自分の席に座って、ラノベの続きを読み始めた。だが。


芽依めい先輩」

「何?」

「ハル先輩との距離、近くないですか?」

「幼馴染だから」

「いや、椅子の話です」

「そう? 私とハルはいつもこんな感じよ」

「なんでそんな分かりやすい嘘をつくんですか」

「本当よ。寝るときもこんな感じ」

「はい、嘘です。私はいつもハル先輩を起こしに行ってますから」

「毎日は来てないじゃない」

「付き合う前から毎日起こしに行ってたら恋愛対象にならなくなっちゃいますから」


 全っ然、ラノベの内容が頭に入ってこねぇ。

 いま一番の盛り上がりシーンなのに……。


「ま、何でも良いです。ね? ハル先輩」


 と、言いながら、その「ね?」の部分で、弥月みつきは俺の腕に自分の腕を絡めてきた。いや、これじゃあ本が読めないじゃん。と、思っていたら芽依めいも同じように俺の腕をとった。


 ちょっとお2人さん?


「なんにも出来ないんだけど」

「じゃあ、ハル先輩。私の本を一緒に読みましょう」

「いや、弥月みつきが読んでる本は難しくて読めないんだよなぁ」

「ハル。私の本ならどう?」

「あ、まぁ……芽依めいのなら」


 俺は本なんて漫画とラノベしか読まないような人間だ。

 文学は難しくて手が出ない。


 だが、それでもドラマになるような小説だったら読めると思う。

 俺も時々はラノベだけじゃなくてそういうのも読むし。


「じゃあ、ハルのために最初からにするわ」

「部室でいちゃつくのやめてください」

「何を言ってるの? 弥月みつきがイチャついてたんじゃない、ハルと」


 俺の名前を最後に持ってきて、やけに強調する芽依めい

 やめて、心臓に痛いから。


「別にいちゃついてません。私とハル先輩はいつも部室でこんな感じです。もっと言えないようなこともやってます」

「やってないよね?」

「やってます」


 俺は否定したが、その言葉にかぶせるように弥月みつきはそういった。こうして見ると、弥月みつきの姿が一生懸命威嚇する小動物みたいに見えないこともない。


「ハルの顔が変わらなかったから、弥月みつきが嘘をついているのはすぐに分かるわよ」

「え、なんですか。それ」

「私、ハルと付き合いが長いからハルが嘘をついたかどうか分かるの」

「な、何なんですかそれ!」

「ハルも私で出来るわよ」


 そういって、ちょっとドヤ顔を浮かべる芽依めい


 できるか、そんなこと。

 と、言おうとしたが……芽依めいが何を考えているのか何を思っているのかなんて、いちいち聞くまでもなく分かってしまうことがよくあるので、確かに彼女の言う通りかも知れない。


「ちょ、ちょっと。なんでハル先輩が黙るんですか? 本当にハル先輩も、芽依めい先輩の嘘とか見破れるんですか?」

「……まぁ」


 嘘をついても芽依めいに見破られるので、俺は頷いた。


「ほらね?」


 そういって、その大きな胸を張る芽依めい

 そのせいで制服が凄いのなんのって。


 だが、俺の返答に弥月みつきの顔が露骨に歪む。

 ちょっと悪いことしたかな……。


 そう思いながら、俺は言い訳を紡いだ。


「あ、でも。別に、弥月みつきでも出来るぞ」


 弥月みつきがどんな嘘をつくのかなんて、彼女に振り回された経験があれば簡単に分かる。


「ほ、本当ですか? あ、でも……嬉しいような、嬉しくないような……」


 弥月みつきはひどく、複雑そうな顔を浮かべた。

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