第34話 そして、二度目
初めて
こんなに胃にストレスかかってたら穴が空いちゃうんよ。
せっかく胃薬を買わなくても良くなってきたと思ってきた矢先にこれである。勘弁して欲しい。俺は世の中の平穏であるように祈りながら家に帰ると……灯りがついていた。
「……え?」
意味がわからず俺は意味もなくきょろきょろと周囲を見渡した。
その行為にも意味はないが……思わず、探ってしまったのだ。
だって、俺は一人暮らしだ。
そして、合鍵を渡しているのは
父親という線も考えたが……駐車場に父親の車がない。
父さんは単身赴任に車を持っていっており、帰ってくる時はその車で戻ってくる。なので、その車がないということは父さんの可能性はない。
……もしかして、電気をつけっぱなしで出てきた?
いや、その線も薄い。
なぜなら、すでにカーテンが張ってあるからだ。
俺が朝起きて最初にやるのはカーテンを開けて、外の光を取り込むという超絶的に健康な動作。当然、習慣になっており今朝もそれをやってきた。
つまり、俺の家には
「え、
やめてくれよ、俺はそういうの苦手なんだって……。
しかし、自分の家だ。
そこに帰らない限り、家には帰れない。
「……くそ」
俺は恐る恐る扉を開くと、鍵がかかっており……俺は自分の鍵を使って、部屋の扉を開けた。
「なんで鍵がかかってんだ……?」
もしかして泥棒が家主が返ってきたときのために鍵をかけておいたとかだろうか?
それにしては電気をつけっぱなしなんて変なところで抜けてるなぁ……。
俺は不思議に思いながらも自分の家に上がると、リビングの方から走ってくる足音が聞こえた。
「お兄さん、おかえり!」
「おわ、
そこから現れたのは、俺の
相変わらず、ボサボサの髪と牛乳瓶の底みたいな眼鏡だ。
俺はほっと安堵して、思わず崩れ落ちた。
「……どうして結菜ちゃんが?」
「私がここにいちゃ駄目?」
俺の質問に逆に質問で返された。
「いや、駄目ってことはないけど……。鍵とかどうしたの?」
「これのこと?」
そういって結菜ちゃんはポケットから小さな鍵を取り出した。間違いなく、この家の合鍵だ。
「お義父さんからもらったんだ」
「……父さんから?」
「うん! あのね、今日結婚したんだって!」
「あ、そういう……」
それで大体理解できた。
「で、私は2人の邪魔だから出てきたの」
「そんなことないだろ」
「んー。でも、やっぱり気を使うじゃん? だから、今日はお兄さんのところに泊まるって行って出てきたの」
「そういうことね」
父さんもまさか中学三年生の義娘から気を使われるなんて予想もしていなかっただろうな。よく出来てるのか、よく出すぎているのか。全く分からない義妹だ。
「じゃあなんか美味いもんでも食うか」
「私お寿司が良い!」
「すっ……。良いぞ。父さんたちの結婚記念日だしな」
この間、ピザを頼んでお金が心許ないが……記念日となれば、それもしょうがない。
てか、俺は今だにお義母さんに会ってないんだけど。
まぁ、良いか。
結婚するのは父さんで、父さんには父さんなりの人生がある。
それは俺の人生じゃない。
「寿司は出前でも頼むか」
「え、回るやつじゃないの!?」
「回転寿司に行きたかったのか?」
「ううん。お寿司の出前なんて食べたことなかったから……食べてみたい!」
「じゃあ、頼もうよ」
実は俺も出前の寿司なんて頼むは生まれて始めてだ。でもこの間テレビでCMやっているのを見たのだが、とても美味そうで機会があれば食べてみたいと考えていたのである。
俺はスマホを取り出して、近くの寿司の出前に注文を取った。
結菜ちゃんは鯛が好きらしく、穴子を鯛に変えてもらったらオペレーターの人に「もう鯛入ってますけど」と言われて、少しだけご立腹の様子だった。
「鯛が2つ入っても良いじゃん!」
と、そんな理由で怒る人間を初めて見るので……俺は面白くて、少しだけ笑った。
寿司は1時間足らずで届き、俺たちは映画を見ながらそれらを食べた。
そして、その光景をわずかに客観視して……俺たちが兄妹になったら、こんなことを毎日するんだろうと思って、思わず微笑ましくなった。いや、流石に寿司を毎日食べることにはならないだろうが。
「じゃあ、お兄さん。先にお風呂借りますね。……って、どこに行けば良いですか?」
「ん? ああ、そこの奥だよ」
食事が終わってしばらく時間を潰した後に、彼女はそういって洗面所の奥に消えていった。俺はその間、横になってソシャゲで時間を潰す。
しばらく、そのままやっていると……1時間経った。
中々、結菜ちゃんがお風呂から上がってこないので、心配になってくる。大丈夫か、風呂で死んでないか……??
しかし、亡き母親から女の子は風呂が長いんだよと昔に言われたような気もしないこともない。そういえば、
心配になったからと言っても風呂場まで確認しに行くわけにも行かないので俺はスマホを握ったまま困り果てていると、
「お兄さん、次どうぞ」
結菜ちゃんがお風呂からあがった。
「良かった。風呂の中で死んだかと心配してたぞ」
「あはは。そんなに長かったですか?」
「いや、冗談だ…………」
風呂から上がった結菜ちゃんは、結菜ちゃんじゃなかった。
「……誰?」
ボサボサだった髪は何をどうやったのか
はっきり言って、見たことないレベルの美人がそこにいた。
えっ!? だ、誰!!?
俺は思わずスマホを握っている力が抜けて、すとん……と俺の顔に落としてしまう。痛い。
「あ、そういえばこっちの姿を見せるの初めてか」
「え、なにこっちの姿って」
そんな変身する妖怪みたいなセリフを美人が結菜ちゃんの声で呟いた。
あ、いや。これ結菜ちゃん!? お、俺の義妹がこんなに可愛いわけがない……ッ!
なんか大体予想はついてたけど、人ってこんなに変わるのか……!?
女の子って怖い……。
「私だよ? お兄さん」
「……ゆ、結菜ちゃんか。風呂入るだけでこんなに変わるんだな……」
「まぁね」
確かに一度見せてもらった結菜ちゃんのお母さん、つまり俺のお義母さんは……クソ美人だった。確かにその遺伝子を継いでいるのであれば、彼女の顔も可愛いに決まっている。完全に騙された……っ!
「それより、お風呂入ったらどう?」
「あ、ああ……」
俺は狐につままれたかのように困惑しながら、風呂に入った。
「……あんなに変わるかね…………?」
確かに女の子は化粧で変わるとは聞いていたが、あそこまで変わるなんて聞いてない。いや、確かに元々ポテンシャルは高かったのかも知れない。それを隠していたわけだ。
能ある鷹は爪を隠す……?
いや、そんなレベルじゃなかった。
しかし、不思議とどうして……とは思わなかった。
優れた容姿は、時として仇になることを俺はよく知っているから。
「……いや、結菜ちゃんは結菜ちゃんか」
しかし俺は、深く悩むこともなく……ただ、答えを出した。
姿かたちが変わったところで、彼女の中身が変わったわけじゃない。
そんな簡単に人が変わるわけじゃないことを……俺はよく知っていた。
俺は風呂からあがってリビングに向かうと、そこにはお風呂から上がったばかりで薄着の格好をした結菜ちゃんが座って紅茶を飲んでいた。
「あ、お兄さん」
……いや、スタイルめちゃくちゃ良いな。
そこには中学生離れした大人びたスタイルを見せつけるかのように、椅子に真っ白い片足をあげて……もう片方をすらりと伸ばしたまま、紅茶に口を付ける。
「眼鏡してないみたいだけど、見えるの?」
「あれは
「え」
「してたらなんか賢く見えるでしょ?」
そういって不敵に微笑んだ結菜ちゃんは俺に飲みかけのカップを突き出した。
「お茶飲みます? ほら、お兄さん。コーヒー飲めないって前に言ってたから」
「ああ、じゃあもらおうかな」
「はい、どうぞ」
……からかわれてんな。
俺はそんな彼女のいたずらにのっかるように、カップを手にとって紅茶を飲んだ。一口だ。そんなに多く飲んだつもりはない。
だが、そこからの記憶がない。
無いのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます